(2)
しばらく歩道の中心で立ちつくしていたが、その間も、誰も通らなかった。三件がほぼ同時に潰れるのもおかしい。商店街がシャッター街になるのもおかしい。
気がつくと、承黎の足は、吸い寄せられるように、いつものコンビニエンスストアへ向かっている。
スーパーも八百屋も閉まっていた今、残されたのはコンビニしかない。食材は変えず、冷凍食品や出来合いのものしかないが一日くらいそれで良いだろう。呆然としながら、走るが、すぐに立ち止まり、考えてしまう。途中からは開き直り、ゆっくりとそちらに向かっていた。
店内には、明かりが灯っている。蛍光灯の白い光が、夜の闇に浮かんでいる。
心配していたが、駐車場の前で安堵の息を着いた。ようやく食料を手にできる。駆け寄るように、自動ドアの前まで来て、承黎は息を呑んだ。
自動ドアは、開かない。
手をかざしても、作動音すらならない。確かに電気は点っているため、閉店しているということは無いはずだ。
単に扉の調子が悪いだけだろう。妙に納得出来ないがそれは先程の出来事からであろう。
手で開けようとして、ガラスの中が目に入る。
ガラス越しに見える店内は、もはや商品の陳列棚ではなかった。空っぽの空間に、レジカウンターだけが無残に残されている。床には、埃が放置され、天井からは、細い蜘蛛の糸が垂れ下がり、そのままなっていた。かつては煌々と輝いていたはずの冷蔵庫のガラス戸は、内側から白いシートで覆われ、不気味な白さを放っている。
奥から作業員が出てきて、電気を取り外している。明るかった電気も見ている間にみるみるうちに外されていった。装置から外れた電気管は光を放たない。汚れたはしごから、最後のひとつを取り外した作業員が降りてきた。
「えっ……?ここまで……」
声が、意図せず喉の奥から絞り出される。コンビニエンスストアまで、閉鎖されている。絶望が、冷たい水のように承黎の全身に染み渡ってゆく。膝ががくがくと震え、その場に崩れ落ちそうになる。目の前が、ぐにゃりと歪んだ。自分たちの生活から、あらゆる選択肢が奪われてゆくのを目の当たりにした。
買い物袋を握りしめた手が、小刻みに震える。袋の中は、空のままだ。当たり前の事実なのに受け入れるには重い。軽いはずの袋が、ずしりと重くなった。夕食の食材は、何も手に入らなかった。
今日の夕食をどうすれば良いのか。忘れていたが、明日の朝食は────。具体的な問題が、重くのしかかる。今から隣町にはゆけない。近くの公園の時計を見たが、時計は八時を指していた。絶対に閉店時刻に間に合わない。
夜風が吹き抜ける。コンビニエンスストアの看板が、闇の中で虚しく輝いている。その光は、まるで嘲笑のように、承黎の目に映った。もう、この街には、何も残されていないのか。
重い足取りで、承黎は家路を辿る。アスファルトの冷たさが、足の裏から絶望に混ざりじわりと伝わる。
空虚感に駆られながらも、何とか家に辿り着くと、重い玄関扉を押し開ける。
足元にある、靴おきに目を落とす。姉や母が帰っているかは分からない。奥の靴まで確認して、帰っているのか知る元気は無かった。
「何も買えなかったなあ……」
声は虚しく響き、誰の返事もない。暗い廊下に吸い込まれ、足元にかかる重みは大きくなってゆく。姉も母も、自室にいるのだろうか。突き当たりのリビングは薄暗く、ひっそりとしている。電気をつける気力も起きず、しばらく立ちつくす。
「承。どうしたの、電気もつけないで」
姉の絢子の声でハッとした。気づけば電気は明るくなり、姉が覗き込んでいる。
「ご飯、私が作ろうか?ほら、バッグちょうだい」
絢子は語り掛けてくるが承黎の耳には届かない。手の感触がなくなったと思っていたら、彼女がバックを広げて口をぽかんと開けていた。
「何も買えなかったの。スーパーも、八百屋さんも潰れてて。コンビニも閉店してた……」
「商店街の奥にあるちっちゃな八百屋知ってる?そこも行った?」
「行った……」
短い会話を交わしたあと、承黎は呆然と冷蔵庫の前に向かう。あの光景が忘れられない。シャッターがずらりと並んだ商店街。一つ一つコンビニエンスストアの電気が取り外されてゆく。
何とかあるもので夕食を済ませるしかない。
冷蔵庫の奥に眠っていた乾麺と、缶詰の野菜を取りだし、電子レンジで温める。
冷凍庫の賞味期限が切れたばかりの冷凍食品は食べるしかない。もう一人の姉、典乃は家にいないため、帰りに買って貰えないかと電話するが、もう家の近くにいると話していた。
皿にもりつけ人数分並べる。姉は普通の様子で「残ってるの使ったんだ」と話していたが承黎の心は満たされない。
味などほとんどしなかった。ただ、空腹を満たすためだけに、機械的に口に運ぶ。商店街の光景が目に焼き付き、食事など目に入らない。やがて典乃と母が帰宅し、全員で食べたが、会話に加わることはしなかった。
三人はこの街で平気なのか。笑いながら会話をしている。承黎はあまり早く食べられず、皆が食べ終わった後も緩慢に口に運ぶ。
食卓には家族が去ると、重い沈黙だけが漂っていた。
食事を終えた後、承黎はとぼとぼと自室に戻った。部屋の電気をつけず、月明かりが差し込むだけの窓辺に座る。身体の奥底から、鉛のような疲労感が湧き上がってくる。しかし、眠ることはできない。胸の奥に渦巻く、得体の知れない不安が、彼女を眠らせない。
パソコンを開く。画面の光が、承黎の顔を青白く照らした。指先が、キーボードの上を彷徨う。なぜ廃れるのだろうか。不思議に思い、調べてみることにした。なにか理由があるかもしれない。
「新興住宅地 急に廃れる」
承黎は、検索窓にその言葉を打ち込み、エンターキーを押した。新興住宅地とはいえないが、そこまで古くもない。名称が思い浮かばなかっため、そう入力した。インターネットの向こう側にある、広大な情報の中には何か答えがあるかもしれない。
一縷の望みをかけ、画面が切り替わるのを待っていた。
画面が切り替わる。心臓が、強く、不規則に鼓動する。ドクン、ドクンと、耳の奥で響く。マウスを握る手に、じっとりと汗が滲んだ。スクロールバーに指をかけ、ゆっくりと画面を下に動かしてゆく。
無数の検索結果が、目に飛び込んでくる。類似の事例。地域名。ニュース記事。その中に、何度も繰り返される文字があった。
「浦町ニュータウン」
聞いたことのない地名だ。しかし、それが、この街で起こっている現象と、何か関係があるかもしれない。承黎の胸に僅かに期待がよぎる。
一番上のサイトのタイトルをクリックする。
画面が、スクロールしている。新しいページが少しずつ現れてくるが、文字は出てこない。
その先にあるのは、希望なのか。それとも、さらなる絶望なのか。
揺れ動く中、
承黎の視線は、画面に釘付けにされる。
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