第4話
晴天。すがすがしいまでの青空である。眼下に広がる丘は、すべてが青々とした新緑の絨毯で彩られていて、ところどころ名もない小花が咲き、新緑の中文字通り花を添えている。全身を撫でる風は心地よく、まさに行楽日和、といった風情であった。
孤児院はこの丘の中でも最も高い場所に建っている。母屋の前にちょっとした庭があり、そのさらに前には朱塗りの大きな門がある。古く、ところどころ錆びの浮いた門ではあったが、その巨大さは見る者を圧倒し、欠点をくらませてしまう。
ドゥリディスと子どもたち、およそ二十人は、その門の前でアナたちを待っていた。待っていた、といっても、お行儀よく立っていたわけではなく、門の周辺を走り回っていたり、花を摘んでいたりと様々ではあったが。
――しかし、アナとマガが出てくる気配はこれっぽっちもない。
腕時計をしきりに眺めていたリーコスが、鋭く舌を鳴らす。彼の足は一定のリズムを刻んでいた。
「遅い!」
「まあまあ。怒ったところで変わりませんよ」
「俺は十分で来いと言ったんです。それをアイツら」
「リーコス。うるさい」
「ハ⁉」
ドゥリディスの車いすを押す女――名をカロンという――は、マスクのくちばしをリーコスに向け、端的に言い放った。言われたリーコスは、その半分しか見えていない顔を赤くしたり青くしたりして、何か口の中でもごもご言った後、すぐにしゅんと黙り込んでしまった。その周囲を子どもたちが囲み、すぐ花を供えられる。リーコスお花屋さんね、とは誰が言ったのか。
新緑の上を、一様に真っ白な服に身を包んだ子どもたちが走り回っている。まるで季節外れの雪の精が遊びまわっているようだった。
それから、ほどなくして。
「ごめんなさい!」
「いやー、髪に思ったより手間取ったんだよ、悪いね」
みつあみのおさげを揺らし、誰よりも白く質素な服を身に着けたアナと、ワンピースの袖をまくり上げたマガが姿を見せた。アナはおろしたての白い靴を履いている。頭のてっぺんからつま先まで、身に着けているのは白一色である。
「遅い! まったくお前たちは……」
「はいはい、ごめんってば」
小言のために口を開いたリーコスを制し、マガはドゥリディスにアナを掲げみせる。自分の手柄を自慢する猫のように。カロンが車椅子を動かし、マガの前に進み出る。ドゥリディスは手を伸ばし、彼女の頭を優しく撫でた。じわ、とマガの耳が赤くなる。
「偉いですね、マガ。よくやってくれました」
「まあね」
次いで、彼はアナの手をそっと握り、まっすぐ目を見た。はちみつ色の瞳にじっとのぞき込まれるのは、心の奥底までを見透かされているような気分になる。しかし、不思議なもので、彼から目をそらすことはできなかった。
「アナ」
「……はい」
「次からは気を付けましょう。できますね」
「うん」
「よろしい。……では、集合をお願いします」
アナの頭を撫で、振り返って彼は言う。
リーコスが周囲に散らばった子どもたちを呼び寄せる。わらわらと集まってきた子どもたちは、ドゥリディスの後ろに行儀よく二列をなした。アナとマガは、その最後尾につく。
「ペアはいるか? 確認しろ」
号令とともに、隣り合った子どもたちがつないだ手を上に上げる。アナはマガに抱かれたまま、二人で勢いよく手を挙げた。
「先生。そろってます」
「ありがとう、リーコス。では、行きましょうか」
きしみながら、ゆっくりと車椅子がすすみはじめる。のろのろと進み始めた行列は、ふもとに広がる街と、その中心にある教会を目指し行進する。土のあらわになった小径は、子どもたちや車輪に踏み固められて硬くなっていた。
最後尾がゆっくりと進みはじめる。マガの腕の中は、ほのかな温かさと緩やかな振動がここちよい。なんとかして起きていないといけないと思ったが、耐え切れず、アナはそのまま、深いまどろみに落ちて行った。……
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