こどもはあの日、魔王になった。~孤児院が爆破されたので国に復讐しようとしたら、なぜか魔王と呼ばれるようになりました~

ぶっちょさん

第1話

 昔、それこそ記憶もあいまいな、ほんのちいさな赤ちゃんだった時。

 脳みその隅っこにこびりついた、ほとんど紙くずのような記憶の中に、その光景はある。

 ほんのりときいろにみえる視界の中、わたしは誰かの腕の中に抱かれて、木のおもちゃ――ガラガラだったかもしれない――を振られ、それを見上げている。腕の中はまるで春のひなたのようにぽかぽかしていて、あくびなんかをしたかもしれない。体を包む柔らかな布は、花のようないい匂いがした。

 わたしがその小さくてふにゃふにゃな手を伸ばすと、わたしを抱く誰かの頬に指先が触れる。その誰かは、手を優しく握り、指先と桜貝のような爪にそっと唇を触れさせ、薄く笑みを浮かべた。

 そして、わたしの耳元にその口を近づけ、こういうのだ。


「わたしのいとしご。こまったことがあれば、かみさまにいのりなさい」


 と。


 記憶の中の声は、もはや経年劣化で何も聞こえない。しかし、あのときたしかにそう空気を揺らしたことだけは確かに覚えていた。


 ああ、かみさま。


 私は今日も、満点の星空を見上げてちいさな手を組む。周りからすやすやと寝息が聞こえる中、私はベッドの上に座り、カーテンを開け、窓越しに空を見上げるのだ。

 月の光と、小さな星々の輝きが、部屋の中に一条の筋になって差し込んでくる。白いシーツは、まるで雪が降った日の夜のような色になった。隣でお腹を出してぐうぐう眠っているマガの、そのさらけ出された白いお腹にも月光は反射して、お腹が上下するたびに、濃い影を生み出していた。


「かみさま、今日、ふもとのおばあさんの病気が治ったと聞きました。どうか、この先も彼女が健康で過ごせますように。そして、私たちも、穏やかに過ごせますように。お守りください。……」


 夜空では星が瞬いて、それはまるで、天上におわすわたしたちのかみさまが、ちゃんと見守ってくれているようだった。

 私はそれをみとどけてから、カーテンを閉め、少し考えてからマガに布団をかけ直してあげて、布団の中に潜り込む。夜の冷気を吸って、すっかり冷たくなってしまった布団の中で、私はそっと目を閉じた。

 ううん、と誰かがうめくのが聞こえて、かと思うと、マガが寝返りを打って私を抱きしめてくる。彼女の低めの体温が、今日はあたたかく思えた。心臓の音、小さな寝息、それらが思考を支配して、私はどんどん暗闇にとかされていく。


 どうか、明日もいい日になりますように、と。


 こころから、かみさまにお祈りしながら。

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