第8話 世界の歪みを探して(後編)

「午後、例のクライアント先、同行お願いできますか?」


社内チャットの通知を見て、藤原は一瞬だけ迷った。


送信者は、朝倉涼。

同じ営業部の同僚で、年齢もほぼ同じ。仕事ぶりはそつがなく、社内での評価も高い。


(この間一緒に行ったばかりなのに、もう自分でアポ取っているのか……)


別に嫌いなわけじゃない。むしろ、話すと穏やかで落ち着いている。

けれど、何かが引っかかる。会話の端々に、視線の動きに、仕草に、どこか「世界を俯瞰している人間」のような余裕が漂っている気がしてならない。


(あいつは、もしかして……)


藤原は無意識のうちに、心の奥にある疑念に触れてしまう。

(——この世界の“最適解”を、最初から知ってるんじゃないか?)


午後、クライアント先へ向かうタクシーの中。

朝倉は窓の外を眺めながら、「この辺、変わりましたよね」と何気なくつぶやいた。


「昔から変わらないと思ってた場所でも、少しずつ姿を変えていくんですね」


ただの感想だったのかもしれない。けれど、藤原にはその言葉が妙に引っかかった。

まるで、“変化を当然のように受け入れられる人間”の言葉に聞こえた。


(この世界の変化を、あいつは知ってるんだ)


(もしかして……転生する前の世界と、比較してるのか?)


クライアント先では、朝倉はいつものように落ち着いて対応していた。

相手の発言の先を読み、必要な提案をスムーズに差し込む。


藤原が言葉に詰まったときには、さりげなくフォローまで入れていた。


(俺が転生者だったら、ああできるのか?)


社に戻った後、藤原はデスクに戻るとそっと深く息をついた。

無言のままPCを開き、予定表に目を通す。


そのとき、ふと朝倉の後ろ姿が視界に入った。

その背中に、どこか「知っていて当然」の余裕があるように見えた。


(きっと、何かを選んだんだ。俺とは違う世界で、あいつは“やり直し”の選択肢を手にした)


でも、すぐに思考のブレーキがかかる。


(……いや、俺は何を考えてるんだ)


あんなふうに自然に動ける人間を、ただの嫉妬で「転生者」と決めつけているだけなんじゃないのか。

成功している人間を見て、自分の不甲斐なさをごまかすために「この世界線は改変された」と思い込んでいるだけなんじゃないのか。


でも、頭で理解していても、心がついてこない。


——もし本当に、この世界が誰かの都合で書き換えられていたら。


その“誰か”は、きっと朝倉涼のような人間だと思ってしまう。

そんな歪んだ確信だけが、藤原の中で静かに膨らんでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る