この世界は転生者のものだった(と、思っていた)

@chuntiansan

第1話 地味に、うまくいかない日々(前半)

月曜日の朝は、いつも少し曇っている気がする。

実際の天気じゃなくて、目に映る風景すべてに、薄い靄がかかったような感覚。


藤原晴、三十歳。

都内の中堅メーカーで働く営業職。

特に何も問題はないが、特筆すべき成果もない。


毎朝同じ時間に電車に乗って、同じ駅で降りて、同じオフィスビルへ向かう。

パソコンを立ち上げ、メールを確認し、誰にでも言えるような無難な雑談をし、誰にでもできるような数字を積み上げる。

そんな日々を、もう何年続けているのか分からない。


「おはようございます、藤原さん」


後ろからかけられた声に、振り返ると、そこには朝倉涼がいた。

中途入社で同じ営業部、同じ歳。

それなのに、なぜか“違う”人間。


朝倉は爽やかな笑顔を浮かべながら、コーヒーを片手に席へと向かっていった。

周囲の社員も自然と彼に視線を向ける。ちょっとした相談、軽い雑談。

空気が、彼を中心に回っているのが分かる。


その姿を見て、藤原はふと考える。


——あいつ、転生者じゃないか?


別に冗談のつもりじゃない。

実際、あの男は“入社当初”からすでに完成されていた。

言葉選び、立ち振る舞い、社内政治。すべてが無駄なく洗練されていた。

まるで最初からこの会社の攻略本を読んで来たみたいに。


普通、そんなことあるか? 社会人経験って、もっと試行錯誤のはずだろ。


そのくせ、本人は「いや〜、たまたまです」なんて飄々としてる。

——“記憶を持ったまま転生してきた”と考える方が、よっぽど理屈に合う。


「藤原さーん、打ち合わせの準備いいですか?」


若手の女性社員に声をかけられ、現実に引き戻される。

書類を確認しながら、軽く頷く。ちゃんと仕事はしてるつもりだ。遅刻もしないし、締切だって守る。


でも、何かが決定的に足りない。

“期待される人間”になれた試しがない。

かといって、ミスして叱責されるわけでもない。

藤原晴という人間は、ただ風景の一部としてそこにいるだけだった。


午前の会議が終わったあと、オフィスの外のベンチでひとり、コンビニのパスタを啜った。

微妙に冷たいソースの塊が舌に乗るたび、言いようのない虚しさがこみ上げてくる。


ふとスマホを取り出し、掲示板を開いた。

「転生者スレ 230」——匿名のやりとりが淡々と続いている。


 【543】名前:名無しさん

 同期に1人だけ異常に運が良い奴がいる。あれたぶん、転生者だわ。


 【544】名前:名無しさん

 わかる。急に異動で出世した奴いたけど、こっちは何年も雑用止まり。


 【545】名前:名無しさん

 この世界線、まじでズレてる。俺、別ルートの記憶ある気がする。


……うん、わかるよ、その感じ。


画面を閉じて、ため息をつく。

別に本気で信じているわけじゃない。

でも、何も信じないよりは、少しだけ心が軽くなる。


“世界のせいなら、自分のせいじゃない”って、思えるから。

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