第3話 冷酷皇子さま
フェリオス皇子との婚約は何の障害もなく決まり、十日後にはロイツ聖国を
「本当にいいのかい、ララ。あんな怖い国へ嫁ぐなんて……」
「ごめんなさいお祖父様。私、どうしてもフェリオス様に嫁ぎたいんです。あの方に一目ぼれしてしまったんです!」
きゃっと小さく叫んで、両手で顔を隠す。
あー白々しい。バカバカしい。
でも今は我慢。
お祖父様は寂しそうにほほ笑み、最後に私をぎゅっと抱きしめてくれた。
騙してごめんねお祖父様。
でもこれも、あなたを――ロイツ聖国を守るためなの。
「では行ってきます。皆さん、お元気で!」
にこやかに手を振り、大聖堂を後にする。
門前にはすでにエンヴィードからの迎えが待っているので、あまりのんびりもしていられない。
「別れは済んだか?」
馬車の横に立つ青年が低い声で言った。
フェリオス・アレス・エンヴィード――私の婚約相手だ。
見上げるような長身、現実離れした美しい顔。肖像画もよく描けていたとは思うけど、実物の美貌がすさまじすぎて威圧感がある。
私の後ろで、カリエが小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。
先の戦争でフェリオス皇子は前線の指揮をとったらしい。地形や気候を読み、容赦なく敵を葬る姿は神というより悪魔のようだったと聞く。
私だって本当は怖い。
前回はこの人の手で殺されたんだから。
フェリオス皇子はお祖父様に一礼してから私を馬車に案内した。私、カリエ、皇子が乗り、扉が閉まると同時に馬車が走り出す。
ロイツを離れるのは寂しいけれど、今の私に泣く余裕はない。それにお祖父様に頼んで
金子を積んだ
内緒です。
まさかお金ですなんて言えないし。
それにしても、さすが軍事大国エンヴィードの騎士たちだ。ロイツの騎士では重すぎて運べなかった櫃を、エンヴィードの騎士が二人で持ち上げたのには感心してしまった。この二国で戦争が起こったら、間違いなくロイツは負けると思う。
私とカリエが並んで座り、向かい側にフェリオス皇子が座っている。腕を組んで目を閉じた顔はとても麗しい。睫毛が長すぎて影ができている。
まあ、私の睫毛だって長いんですけどね!
「殿下、お訊きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
フェリオスは目を閉じながら答えた。
やっぱり寝ていたわけではなかったようだ。
「私に婚約を申し込んだのは何故ですか?」
「陛下は東大陸の統一を望んでいる。エンヴィードの支配を受けていないのはロイツだけだが、世界中に信者を抱えるロイツに理由なく攻め入るわけにはいかない。だから政略結婚を持ちかけた」
ああ、そういう背景があったのか。
やっぱり婚約を受け入れて正解だったわ!
しかし面と向かって「政略結婚だ」と婚約者に告げる皇子様ってどうだろう。
一目ぼれなんて嘘をつかれるのも嫌だけど、こうも正直に言われると……。
黒い軍服に包まれた体は戦争の達人と言うには細いようにも見える。でもそれは単に無駄な部分が全くないからであって、彼の腕が振るった剣によって死んだ私はフェリオスの恐ろしさを知っている。
前回の人生、巫女姫の身代わりとなって大聖堂に残ったとき、彼は一突きで私を死に至らしめた。そのときの容赦のない剣と憎悪に燃える瞳を思い出すとゾッとする。
フェリオスと巫女姫は一度も出会っていないはずだ。
なのに、無表情の彼が怒りをむき出しにして姫を殺しに来たのは何故だろう。
それに姫が婚約を断ったあと、戦争が起こるまで半年の猶予があったのも気になる。
婚約を断られた直後に戦争を起こすのならまだ理解できるけど、半年も待ったのはどうしてなの?
「じきに到着する。あなたにはハートンの城に住んで頂く」
「え? 皇都ではないのですか?」
「俺は陛下からハートンを拝領した。ハートンの王族は全て死んだからな」
「…………」
死んだと言うより、あなたが殺したんですよね?
フェリオスは戦争を早めに終わらせるため、王族を皆殺しにして首を城門前に並べたらしい。その効果は抜群で、絶望したハートン軍の兵士たちは全員投降し、あっという間に戦争が終わった。
上手な戦だと褒める人もいるし、圧政に苦しんでいたハートンの国民も喜んだと聞くけど。
本当に、怖い人に嫁いでしまったなあ……。
視線を窓に向けると、国境付近に粗末な家がずらりと並んでいる。瓦礫やレンガを積み、天井には布を張っただけのすぐに壊れそうな家だ。
「あの家はなんでしょう?」
「戦争によって家や職を失った難民たちだ。ハートンは一部の貴族が利益を独占しているせいで、なかなか復興が進まない。いっそ貴族も殺せばよかったかもしれん」
怖っ……!
無表情で言うから余計に怖い!
私の横でカリエが震えている。肩がぶつかっているせいか、私にもその振動が伝わってきた。
ああ、揺れる。
カリエ落ち着いて!
私とカリエは目的地に着くまでずっと手を繋いでいた。敵国で暮らすことになった私たちはお互いだけが心のよりどころだったし、目の前にいる皇子様がとにかく怖かったのだ。
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