第20話

 休憩を決めると、ラクスはかつての自室へ向かった。そこはまだ誰の手も入っておらず、ラクスが出て行ったままだ。

 ベッドに座るとバルヴァラも隣に腰を下ろし、続いてころん、と横向きに転がった。ラクスの膝に頭を乗せて。


「おいっ。誰の膝を勝手に使ってんだ!」

「お前のだ」

「ふざけんな重てえどけッ」

「我は欲しくもない魔石探しに付き合ってやっているのだ。これぐらいの得があっても良いだろう」

「欲しがれよ! お前、元々城が欲しくて俺の所に来たんだろーが!」

「今はお前がいるから、要らん」

「くっ……!」


 ラクスはギリギリと歯噛みをする。

 どうにも無駄なことをしている気分になってきた。エリシアの魔石を見つけ出しても、バルヴァラは移り住まない気がする。

 一瞬、もう探すのを止めようか――とも思ったが、魔石は複数持っていて悪いことはない。


 城を失っても魔王候補の資格を失うわけではないが、合格条件が『城を完成させる』なので、達成ができなくなる。

 他の魔王候補から奪うことは認められているので、万が一誰かに追い落とされ、城を失ったときの保険として持っていても悪くない。

 それはキティもいなくなるという事なので、できる限り避けたい事態だが。


「大体お前、この城に住んでいたのだろう? 心当たりはないのか」

「あるところは探し……って、撫でるな変態ッ!」


 腿の内側を撫でる女の手に、ぞわりときた。バルヴァラの肩を掴んで強引に引き起こす。


「つまらん」


 唇を少し尖らせて拗ねたように言うと、バルヴァラはベッドの上に寝転がり直した。


「楽しまんでいい。あぁ、ったく」


 これ以上黙って座っていることに身の危険を感じて、ラクスは立ち上がる。バルヴァラと二人で静かに休憩しようという方が無理だった。


「どうした?」

「休憩終わり。探してくる。お前は休んでていい」


 むしろ付いてきてくれるな、という気持ちで言ったのだが、残念ながらバルヴァラは不満そうにしながらも身を起こしてしまう。


「もう心当たりは探したのだろう? また闇雲に探すのか?」


 手をベッドに突き半端に上半身を起こしたバルヴァラの姿勢は、彼女を見下ろしたラクスの目にその豊かな胸の谷間を強調して映してくる、中々凶悪なものだった。

 ここまで押し倒されて見上げるのが常だったので、バルヴァラの方が見上げてくる構図というのは新鮮でもある。


「ラクス?」


 きょとんと首を傾ける仕草には、やはり女性ならではの愛らしさがあって、ふと、エリシアに対して抱いたのと同様の欲望が首をもたげた。


 強い女だからこそ、愛と欲に溺れさせ、籠絡するのは快感だろう――


「っっっ、嫌だ――ッ!!」


 考えるでもなく当り前のように過ってしまった思考に、ラクスはつい、頭を壁に打ち付けた。ゴッ、と目を覚まさせてくれるイイ音がする。


「ど、どうした、ラクス」

「お前! 淫魔の俺より性質悪いんじゃねーの!? 本っ当お前嫌だ! これ以上自己嫌悪に陥らせんな!」


 目の前の相手に対して抱く狂猛な支配欲を思い知らされ、ラクスは大分泣きたくなってきた。

 壁に爪を立ててしゃがみ込み、自己嫌悪に悶える。そのラクスにバルヴァラははちはちっ、と理解できない様子で目を瞬いてから。


「それは、あれか? 我に欲情したのだという自己申告か?」


 むしろ嬉しそうにそんなことを言ってくる。


「微妙に違う! 今のはただの支配欲と所有欲だッ」

「それは淫魔の性だ。仕方ないだろう」

「いや! 俺だって否定しねーよ!? それも含めてだとは思ってるけどな!? けどそれだけってのはやっぱ違うし、俺は……っ」


 少し気に入ったから籠絡しようなどと、当然の様に浮かんだ自分が嫌だった。

 人の尊厳を奪うことを、考える必要がないぐらい当然のことのように頭が思い描くなど。


(エリシアに抱いたものまで『そう』だったんだぞ……!)


 愛していると思っていた。純粋に彼女のことを想っているから、彼女のために何でもできたのだと。

 だが違った。エリシアを甘やかしたのは自分に依存させるための手段でしかなく、それが叶っていたからこそ、エリシアが可愛かった。


 いつからそうだったのか、ラクスには分からない。自覚がなかった。子どもの頃から、結局そうだったのかもしれない。

 純粋に人を愛することなど、叶わないのかもしれない――


「最低だ……ッ」

「難儀な奴だな。性質はまま淫魔のくせに」

「!」


 呆れた息をついたバルヴァラが、そうと後ろから手を回し、ラクスの体を抱き締めた。


「怖がるな。我は、お前の魔力に負けてお前に惚れたわけではないのだから。お前が難儀な奴だから、惚れたのだよ」

「俺は」

「我は、負けん。だから我がお前の支配を受け入れたときは、我がそうしたいと思った証だと受け取っておけ。だから、心配するな」

「俺は、支配したいわけじゃない」


 関係に優劣をいつの間にか付けようとする――そして勝つために形振り構わなくなる自分が、嫌だった。


「そう思ってるのに、駄目なんだよ」

「構わん」

「っ……!」

「お前が嫌なら、我は負けずにいてやる。だから迷わず、我を愛すればいい」

「それはそれで負けだから嫌だ」

「本当に難儀な奴だな」


 楽しそうにくつくつと笑ってそう言うと、バルヴァラはちゅ、と音を立ててラクスの耳朶にキスをした。

 じんわりとその場所に熱が残る。


(何だ、これ……)


 すぐにバルヴァラの熱は離れたのに、耳が未だに熱い。つい手で押さえると、後ろからバルヴァラに笑われた。


「赤いぞ、ラクス。照れたか?」

「別にッ」


 感覚がしつこいぐらいに消えてくれなくて、意識を向ければまた熱くなる。振り払うように勢いをつけて立ち上がった。


「ときにラクス、我が思うにだな」

「何だよ」

「探して見つからぬのなら、もう本人に聞くしかないのではないか? そこまでの執着があれば、だがな」

「……」


 本人――エリシアに問いただしに行くことを、考えてみる。


「……いや、そこまではいいかな」

「だろうな。つまり、この城にはもう用はないということだ」

「まあ、そうかもな」


 保険に手にしておくだけにしては、労力を掛け過ぎている気は今でもする。エリシアの城だから、という付加価値があってのことではあるが。


「だろう? では、戻るぞ」


(……まあ、いいか)


 ラクス的には、エリシアに拘る気持ちはすっきり解消された。後は自分の内面における問題だ。

 それにもう一つ、思い浮かんだ打算もある。


(城を残しときゃ、エリシアは間違いなくここから拠点を移せねーし)


 居場所を常に把握できるのは悪くない。懸命になって自分に向かってくるエリシアを想像すると、それも愉快だ。

 それからすぐに我に返って、軽い自己嫌悪に陥る。首を振ってその考えを追い払うと、ラクスは先に立って歩き出した。

 ――と。


「ん?」

「む?」


 近付いてくる三つの魔力に気が付き、眉を寄せた。


(襲撃か? 別に珍しくねーけど。エリシアだし)


「どうする? 戦うか?」

「何でだよ」


 ラクスにしてみれば、面倒なだけで利のない戦いをする理由など何もない。バルヴァラの提案の意図が理解できずに訊き返す。


「ただの経験だ。自分の城で負けるよりは安全だろう」

「……そりゃそうだが」


 ここはエリシアの城だ。負けて撤退し奪われても壊されても、ラクスには痛くも痒くもない。

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