第7話 いいことを生み出す力


森を抜けて、大きな川に差し掛かる。石造りの橋を渡り、もうすぐキエルに着くという時に、事態は起こった。

少し先に、立ち往生をしている馬車がいた。前日の雨でぬかるんだ土道に、馬車のタイヤがハマってしまったのだろう。周りを取り囲む大人たちは、すっかり困り切った表情を浮かべていた。

「あの、どうかされましたか?」

俺は声をかける。ぽっちゃりとしたおじさんは、視線を馬車から俺へと向けた。それから、困ったように眉を下げ、話し出した。

「実は、キエルにお嬢様をお連れしている途中だったのですが、馬車が泥にハマってしまって...。」

予想通りだ。しかし、お嬢様とは...。確かになんだか豪華な馬車だ。いくつもの繊細な装飾が施されている。それに、周りの大人たちの身なりもそれなりに良い。

俺は思考を巡らせる。助けたら、何か貰えたりするかもしれない。なんなら歩いてキエルまで行かなくて済むかもしれない。

「良ければ手伝って頂けませんでしょうか。報酬はお渡ししますので。」

ぽっちゃりしたおじさんが、俺に頭を下げた。

「勿論。手伝いますよ。」

邪な気持ちが、俺を動かした。


「いくぞ!!せーのっ!!」

掛け声と共に馬車を押す。少しだけ動くがまだダメだ。揺れるが泥からは抜けられない。

何度も何度も揺する。足に力を込め、全体重をかける。

「動けぇぇぇぇ!!」

全員が叫びながら力を込める。体は疲れていたが、それでも耐え抜く。辛い。止めたい。ネガティブな考えばかり浮かぶ。どうせ雇われ人なのだ。俺が頑張る義理はなく、報酬を貰わずにキエルに向かうことだって出来るはずだ。

ーそれなのに何故だろう。

俺は未だに馬車を押している。少しずつ動く馬車。周りの大人が精一杯の力で頑張っている。俺もその熱気に当てられて、なんだかんだやっている。

「お、おい!!もうすぐ出るぞ!!」

馬車の先からそう怒鳴る声がした。大人たちの士気がグンと上がる。

「お前ら!次で決めるぞ!!」

「よっしゃあああああ!!!せーのっ!!」

俺は掛け声に合わせて力を込める。全力でやった。馬車が動く感覚が伝わる。

もう少し、もう少しだ。俺は自分の出せる精一杯の力を込める。

「コノヤロオオ!!早く動けぇぇぇぇ!!!」

俺は叫んだ。隣で押しているおっさんが、二カリと笑った気がした。

馬車がガタンと大きく揺れ、そして動いた。急に馬車が動いたせいで、俺は前に力余って倒れそうになった。

「大丈夫か!坊主!」

隣のおっさんが俺を間一髪で支えてくれる。

「だ、大丈夫です!助かりました。」

俺は慌てて立ち上がり、おっさんに頭を下げる。

「いやあ、良いのよ。」

おっさん、いやおじ様と呼ぼう。助けて貰った恩人なのだ。おじ様がいなければ、俺は泥の大地とハグをするところだった。全身泥だらけとか、真っ平御免である。


「すみません。」

俺に助けを求めてきたおじさんが、嬉しそうに声を掛けてきた。

「はい。」

「ありがとうございました。」

おじさんは頭を下げる。寂しい頭頂部が目の前に来て、俺は目を逸らす。俺も将来こうなるのかな。嫌だな。そんな感想が頭をよぎってしまう。おじさん、ごめん。心で謝っておく。

「あの、報酬なのですが...。」

俺はおじさんに切り出した。働いたからには、きっちりともらう。俺は決して善人ではないのだ。

「はい、もちろんお渡しします。」

おじさんはそう言うと、懐から銀貨を4枚取り出した。それだけあれば2、3日の宿には困らない、と思いたい。

「ありがとうございます。」

俺はお礼を言う。おじさんはにこやかに笑いながら続けた。

「私はディアンバルといいます。あなた様のお名前をお伺いしても?」

「俺はラルクです。」

「ラルクさん、これからあなたはどちらへ?」

「キエルに行く予定です。」

「それならば、馬車に乗っていきませんか?大切な時間を取ってしまいましたから。」

「いいんですか?」

「勿論ですとも。」

ディインバルはそう言うと、にっこりと笑った。

「では、お言葉に甘えて。」

この世界では初めて、馬車に乗ることになった。



馬車に揺られ俺は外を眺める。小さな店が軒を連なり、活気溢れる人々がいる。

「ここがキエル...。」

「ここはまだ街の端っこだぜ。」

俺が感嘆を漏らすと、一緒の馬車に乗り込んでいた男が笑った。20代前半ぐらいで、長いローブを着ている。

「あなたは?」

「俺はリックスだ。君は?」

「俺はラルクです。」

「そーか、ラルクか。まあ、キエルまでよろしくな。」

「はい。」

しばらく沈黙が続く。

「あの、」

俺はリックスに声をかける。彼は「おう、なんだ?」と言う。

「リックスさんはこちらの家に仕えてるんですか?」

俺は問うた。リックスは一瞬ぽかんとしていたが、「まあな。」とかえした。

なんだかぎこちなくて、居心地が悪い。初対面だからか、それとも俺のコミュ力が低いからか。それまた両者か。

「...俺は今月でこの仕事を辞めるんだ。」

「......なんでですか。」

ーいやいやいや、お前なんでその話題選んだ!?

俺は突然の告白に驚愕した。なんか重そう。

「来月からはギルドの職員として働くんだ。」

「...へ?」

ーギルド、職員?

「おう!試験に受かってな。めでたくだ。」

「おめでとうございます。」

「ありがとう。ラルクはなんでキエルに?」

「なんでって...。」

いや、なんでだ?俺はなぜキエルに行きたかったんだ?明確な理由が出てこない。


「うーん、強いて言うならば、もっといい仕事に就きたいから、ですかね。」


本当は大きな街に行って、この世界の事をもっと知りたいのが本心だ。だがしかし、それを口にしてはならない気がする。無知だと知られてはならない気がする。

どこか気持ちの悪さを抱えながら、俺は馬車に揺られた。


ーーー

ーー


果てしなく先に見える十字架。霧がかかる視界は、あまりにも不鮮明だった。

ーこれはなんの記憶だ?

「こんにちは。」

声をかけられ、俺は辺りを見渡す。辺りには誰の姿もなく、静寂が支配している。

「あなたに私の声が聞こえていますか。」

女性の声が、あたまに響くように聞こえる。

ー聞こえてます。

「私からあなたにお願いがあります。お願いとは言っても、あなたの目的を果たすための手段でもあり、あなたは私の願いなくともこなすでしょう。」

意味が分からない。俺が困惑の中にいる中、声は続ける。

「あなたは世界を見て回って下さい。そして多くの人と関わり、糸を紡いで下さい。さすれば我が願いは果たされ、その結果にあなたの願いも叶うでしょう。」

ーそれってどういう...!!

声と視界が薄れる。あぁ、落ちる。

謎の感覚に包まれながら、俺の視界は暗転した。


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