冒険びより

hiromin%2

12

 R氏は充実した日々を送っていた。

 務める会社では順調に出世し、部下にある程度尊敬されながら、マイホームを購入し現在は婚約中の彼女と同棲している。

 しかし、充実は同時に退屈でもあるのだ。すべてがうまくいくのは、それもつまらない。


 R氏は長期休みの初日、彼女が作った朝食をいただきながら考え事をしていた。

「……それで、あなたどう思う?」

「へ?」

 R氏は不意を突かれた。何かを尋ねられたが、どうにも分からない。すると彼女はため息をついた。

「だから、今度友達と郊外の劇場へ遊びに行くんだけど、白と赤のワンピース、どちらを着たら良いかを聞いてるの」


 R氏はうんざりだった。充実のあまり刺激が無さすぎるので我慢の限界だった。こっそり歓楽街へ行って、女遊びでもしようかしら? しかし順風満帆なキャリアが崩壊するのは明らかだったのでやめた。



一晩たち、R氏は名案を思い付いた。自宅の庭に、穴を掘ることにしたのだ。R氏は、自分自身がどこまで穴を掘れるのか知りたくなったのだ。

 早速R氏は準備に取り掛かった。ホームセンターで丈夫なスコップとかぎ爪のついたロープを購入し、早速その旨を彼女に伝えた。

「バカじゃないの? そんな事するなら、私と旅行にでも行きましょう」

 と呆れられたが、そのせいでR氏は意地をはってしまった。

「僕は何日でも穴を掘り続けるよ。力尽きるまでね」


 早速、穴掘りを開始した。マンホールほどの大きさの穴を、どんどん掘り進めていった。彼女は、どうせすぐにやめるだろうと思って、R氏には目もくれず刺繍に没頭していた。

 気が付くと、穴の深さが一メートルに到達した。その辺りで、一度彼女が様子を見に来た。

「だいじょうぶー?」

「ああ、平気だよ。それにとっても楽しいんだ」

 R氏は目をランランとさせていて、全く疲労の色が見えない。それが彼女にとっては心配の種だった。

「そろそろやめて、もどってきてねー」

「いや、もうしばらく穴掘りをするよ」


 R氏は穴を掘り続けた。やがて深さは数十メートルに達し、地上の光がだんだん見えなくなった。穴ぼこはすっかり暗くなり、R氏は不安になった。それに空腹だったので、もう地上へ戻ろうと決めた。

 ロープを取り出し、R氏はカウボーイのようにブンブン回してから地上めがけて投擲した。しかしかぎ爪が地面に引っかかることは無く、宙を舞って虚しく穴底へ落ちた。R氏はそれを何度か繰り返したが、上手くは行かなかった。そもそもロープの長さが足りないらしい。どうやら穴を掘りすぎたのだ。

「どうしよう、僕は穴の中で死んでしまうのだろうか……」

 R氏は大きな不安に苛まれたまま、そのまま暗い穴底で一夜を明かした。



 翌朝、地上から何かが投げ込まれた。落下したコンという音で、R氏は目を覚ました。

 寝ぼけまなこで確認すると、それは持ち手のついた電動プロペラだった。また説明書と、一枚のメモ書きがテープで貼り付けられていた。


カワイソウなあなたへ

 

 もう観念しましたか?

 そろそろ戻ってきてください

 温かいスープを用意して

 待っています


 どうやらプロペラを使えば、いつでも地上へ戻ることができるらしい。それを見て安心し、R氏は穴掘りを再開した。あともう少しで、何かが見つかるはずだ。ここまで頑張ったんだ、成果無しで地上へ戻るなんてあんまりじゃないか……


 さらに数十メートル掘削した。穴の深さは目測できないほどまで達し、地上の光が穴底へ差し込むこともなくなった。その辺りで、スコップの先端にコツンという音がし、固い物がぶつかった。それを掘り上げると、半透明の鉱物だった。

「やった! ダイヤモンドだ」

 とR氏は無邪気に喜んだが、彼はダイヤモンドの実物を見たことは無かった。


 ようやく満足して、疲労困憊した身体を何とか奮い立たせ、プロペラを起動させ持ち手を握りしめた。すると猛スピードでプロペラはR氏を浮上させた。

 彼はぐんぐん上昇し、地上からの光も感じられるようになった。上昇中、R氏は穴の断面を見ながら感慨に耽っていた。

「僕はこれだけ深い穴を掘ったんだなあ」


 地上まであと数メートルのところだった。R氏が安堵したのも束の間、突然プロペラの回転が止まった。電池が切れたのだ。R氏は、プロペラを握ったまま暗い穴底へ真っ逆さまに転落した。どうやら穴を掘りすぎたのだ。

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