来世の手紙

@kad633

第1話

深夜零時を回ったころ、俺のスマホが震えた。画面には見知らぬ差出人からのメール。


「来世の君へ。今の僕が、君に伝えたいことがあります。」


 酔った誰かの悪戯かと思ったが、件名に心当たりがあった。大学時代、哲学サークルでふざけ半分にやった“来世への手紙”プロジェクト。自分宛てに未来の自分が来世で読む手紙を書こう、というものだ。もちろん、そんなものが本当に届くわけがない。ただの遊びだった。


 しかし、内容を読むにつれ、背筋が冷たくなった。


《君は今、東京の片隅で一人暮らしをしている。猫を飼っていて、名前はミソ。恋人はいないが、三年前に別れた彼女のことをいまだに忘れられないだろう。》


 心当たりがありすぎた。誰かが俺の生活を覗いていない限り、こんなことは書けない。


 メールはこう続いていた。


《来世の君に伝えたいことがある。僕たちは何度も生まれ変わってきた。毎回、同じような間違いを繰り返してきた。今回こそ、変えなければいけない。》


 俺はスマホを握りしめた。いたずらにしては手が込みすぎている。だが、本当に「前世の俺」からだとしたら?


《君は今、ある選択を迫られているはずだ。安定した職場に残るか、夢だった小説家を目指すか。君が迷うのもわかっている。だが、僕は失敗した。怖くて飛び込めなかった。その結果、老いてからも後悔したままだった。》


 まるで、心を読まれているようだった。実際、その葛藤を抱えていた。今の会社に不満はない。でも、文章を書くことが好きで、若いうちに挑戦してみたいとも思っていた。


《だから君にお願いだ。今度こそ、選んでほしい。恐れずに、自分の心が動く方へ。》


 そして最後に、こう締めくくられていた。


《来世の君が今生で悔いのない人生を送ってくれたら、僕も救われる気がする。これは過去と未来の間にある、僕たち自身への祈りだ。》


 読み終えた瞬間、窓の外から風が吹き込んだ。まるで世界が静かに拍手しているようだった。


 俺は机の引き出しから、しまい込んでいた原稿用紙の束を取り出した。大学時代に途中まで書いたまま放置していた小説だ。埃を払うと、ペンを取った。


 来世なんて、本当にあるのかは分からない。でも、“来世の自分”が今の俺を見ているなら、少しくらい格好つけてやりたいじゃないか。


 それが、未来の俺への手紙になるかもしれないのだから。

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