​最終話 夜明けの光、狸穴にも射す


 ​「視点:腹黒 家康】


 ​ 俺は、自室のモニターの前でせせら笑っていた。


 画面の中央では、憔悴しょうすいしきったウサギが「緊急生配信」と銘打って、神妙な顔で座っている。


 どうせ、涙ながらに同情を誘い、根拠もなく「私は潔白です」と繰り返すだけだろう。

 そんなもので、一度燃え広がった火が消せるものか。


 ​『皆さん、こんばんは。ふわもこ寧々です。

 今日はお騒がせしている件について、私の口から全てお話しするために来ました』


 ​ ありきたりな挨拶だ。

 俺はあくびを噛み殺しながら、コメント欄を眺める。

 俺の兵隊たちが、うまく世論を誘導してくれているようだ。


『今更なにを?』


『どうせ言い訳だろ』という書き込みが応援コメントを押し流していく。


 ​だが、次の瞬間、俺は自分の目を疑った。

 寧々は泣き言を言う代わりに淡々と、そして冷静に、一枚のスライドを画面に表示した。


 ​『まず、私が過去に別の名前で活動し、炎上したという噂について。

 こちらが当時の私の配信記録と、噂の元となった人物の活動時期を比較したデータです』


 ​画面には時系列で整理された、揺るぎない証拠が映し出される。

 俺が捏造したデマが、客観的な事実によっていとも簡単に論破されていく。


「……チッ、こんなもの ! 」


 まだだ。 まだ慌てるような時間じゃない。

 だが、俺の額にはじわりと汗が滲んでいた。


 ​寧々は、次々と証拠を提示していく。


 俺が悪意をもって切り抜いた動画の、ノーカット版。


 ファンからのプレゼントを大切に飾っている部屋の写真。


 そして、極めつけは……


 ​『そして、これら一連の誹謗中傷を行っていた、複数のアカウントについての調査結果です』


 ​画面に表示されたのは、誰かが作成した相関図だった。


 投稿時間、IPアドレスの痕跡、誤字の癖まで分析された、あまりにも克明なレポート。


 無関係な個人を装っていた俺の兵隊たちが、すべて『腹黒家康』という一点に繋がっていくのが、視覚的に示されていた。


 ​コメント欄の流れが、明らかに変わった。


『え……?』


『これ、全部同一人物の仕業ってこと?』


『待って、藤吉郎に嘘教えたのもこいつじゃねえか !?』


 ​まずい。まずい、まずいまずい!


 俺が築き上げてきた嘘の城が、外壁から一枚、また一枚と剥がされ、ガラガラと音を立てて崩れていく。


 俺が寧々を乗せたはずの泥舟は、いつの間にか俺自身が乗っていたのだ。


 そして今、船底に穴が開き冷たい非難の水が足元から浸水してくる。


 ​『最低だ』


『卑怯者』


『地獄へ落ちろ』


 ​それは、かつて俺が画面の向こうに投げつけていた言葉。


 今、そのすべてがブーメランとなって、俺の心臓に突き刺さる。


 俺は震える手で、モニターの電源を落とした。


 光が消え、部屋は完全な闇に包まれる。


 遠くで聞こえるサイレンの音が、まるで俺を嘲笑っているかのようだった。


 俺はその場に崩れ落ち、暗闇の中でただ嗚咽おえつした。


 ◇


【​視点:因幡 寧々】


 ​あの一件から、数ヶ月が過ぎた。


 季節は春から夏へと移り変わり、カフェの窓から見える木々の緑も、一層その色を濃くしていた。

 ネットを騒がせた嵐は過ぎ去り、私のチャンネルは以前よりも多くの温かい人たちに支えられ、穏やかな時間を取り戻していた。


 ​腹黒家康さん……いえ、家康さんは、あの日を境に活動を休止し、表舞台から完全に姿を消した。


 彼を許したわけじゃない。


 彼が私や私の大切なファン、そして藤吉郎くんたちを傷つけた事実は、決して消えない。


 でも、彼を社会的に抹殺することが、私の本当の望みだったのだろうか……


 配信の後、空っぽになった心で、私はずっと考えていた。

 ​ そんなある日、お松が「ねえ、これ見てみなよ」と、一台のタブレットを私の前に置いた。


 そこに表示されていたのは、誰にも注目されることなく、ひっそりと更新されている、一つのブログだった。


 ​タイトルは、『狸の郷土玩具探訪記』


 ​ そこには、全国各地の、今ではもう作り手も少なくなった郷土玩具について、驚くほど詳細な考察と愛情に満ちた文章が綴られていた。


 派手な演出も、誰かをあおるような言葉もない。

 ただ、純粋に好きなものを、誰に認められるでもなく、淡々と語っている。

 書き手は、家康さんだった。


 ​「……こんな一面もあったんだ」


 ​彼のしたことは、決して許されることじゃない。

 でも、彼が心の奥底に隠していたはずの、この純粋な探求心まで私は否定したくはないと思った。


 あの歪んだ嫉妬は、この純粋な心が誰にも認められなかった悲鳴だったのかもしれない。


 ​いつか、彼が本当に自分の力で、このブログで誰かを笑顔にできた時……

 私たちは、ライバルとして、もう一度向き合える日が来るのかもしれない。


 ​私は自分の配信ブースの席につく。


 窓の外では夜が明け始め、東の空が白み始めていた。


 その優しい光が私の部屋にも、そしてあの薄暗い狸穴にも、等しく降り注いでいることを私は静かに願っていた。


 ​真の輝きは誰かを蹴落として得るものではなく、自分自身の力で放つもの。


 タヌキの悪知恵も、ウサギの知恵も、きっと使い方次第。


 私は、私の信じる光をみんなに届けるために、今日もマイクに向かう。


 さあ、配信を始めよう。


 ​── 終 ──


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