契約ノ部屋
kou
第1話 ひび割れた日常
気怠い陽射しが、アスファルトの上にじんわりと広がっていた。
真上から照りつけるわけでもなく、斜めから射し込むわけでもない、ただ空のどこかからぼんやりと滲んでくるような光。
どこにでもある地方都市の、どこにでも日常の道。
遠くで自転車のブレーキ音がきしんだ。
小学生らしい笑い声が一瞬だけ響いたが、すぐにまた静寂に飲まれる。
蝉の声にはまだ早い。
鳥の鳴き声すら、この陽射しの下ではやけに遠く聞こえる。
その道を制服姿の少女が歩いていた。
彼女は、目立たない存在だった。
けれど、一度目にすると、ふとした瞬間にまた思い出してしまう、そんな不思議な印象を纏っていた。
細く華奢な肩、まっすぐに揃えられた制服の襟元。きちんと結ばれたリボンは、決して乱れず、それはまるで彼女の心の綱のようにも見えた。
肌は色白で、陽の下では少しだけ儚さを増す。頬に微かに影を落とす睫毛の長さも、無意識に伏せられる視線の角度も、彼女をまるで夢の中の人間のように思わせた。
少女の名前を、
真白は、歩いていた。
中学三年生。
周囲が受験や未来の話で盛り上がる中、真白だけがどこか浮いていた。彼女の世界は、5年前にあの交差点で止まったままだった。
「真白、危ない!」
耳の奥で、今も鮮明に響く母の声。
次の瞬間、視界を覆ったのは、ぐしゃりと潰れた車の残骸と、赤い色。
そして、遅れてやってきたけたたましいサイレンの音。
無免許外国人による交通事故だった。信号待ちをしていた真白たちの前に車が猛スピードで突っ込んできたことで、歩行者数人を巻き込んだ大事故となった。
真白は両親を失った。
あの時、自分がもう少し早く周囲の状況に気づいていれば。
あの時、自分が、友達と電話で長話をしなければ。
あの時、自分が出かけたいと言わなければ。
もし、あの時……。
あの時……。
後悔と無力感が、5年経った今も真白の心を蝕んでいた。
家族を失って以来、真白は祖父母に引き取られ、表面上は穏やかな日々を送っていた。
だが、心の奥底には常に虚無感が渦巻いている。
他人の笑顔を見るたび、楽しそうな家族連れを見るたび、胸が締め付けられた。
どうして自分だけが。
――いや、違う。
こんな思いは、誰にもしてほしくない。
この世界の誰も、もう二度と、あんな悲しみを味わうべきじゃない。
それは、いつしか真白の切実な祈りとなっていた。
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