釣り人『蘭堂』と白鳥の『ガーコ』

鈴寺杏

第1話 釣り人異世界に降り立つ

 指示に従い、目を閉じて「いち、に、さん」と頭の中で数える。

 目を開くとそこは異世界だった。


「本当だったか。来ちゃったな、異世界ってやつに」



 私こと『蘭堂優芽らんどう ゆうが』は、神の意志によって異世界へとやってきた。トラックに轢かれたりしたわけではないけれど、事故には巻き込まれた。そういう意味では、テンプレというやつなのかもしれない。


 中年に差し掛かったおっさんである私が、ただ道を歩いていた。そんな時、近くの道路が突然爆発し、その破片が飛んできて頭にぶつかった。スコーン! とかなりいい感じで当たったらしい。そして死んでしまった。爆発辺りまでしか記憶にないので、即死だったのだろう。



 爆発の後、誰かに呼びかけられた気がして目を覚ますと、いわゆる不思議空間にいた。地面はたしかに白かったが、空は青かった。


 呼びかけてきた相手を見てみると、人のような容姿はしているものの美しく、中性的で性別のわからない存在。

 自らを『異世界の神』と名乗り、呆けたままの私のことなど気にすることなく、今回の爆発、私の死因についての説明を始めた。


 この異世界の神曰く、今回の道路爆発なのだが、意図的に行われたことだとか。

 実行者は『異世界の神』と名乗る者。そう、目の前にいる自称異世界の神さん。こいつ。


 どうやらアクシデントで私が死んでしまったので、神々のルール的に対象者に説明が必要で、そのために私はこの不思議空間へと連れてこられたらしい。


「転生させてやった元こっち世界の人間が地球で迷惑かけていたので、神の裁きで殺そうとしたんです。地球側の神にも許可取ってたんですよ。ちゃんと計算して、被害も道路がちょっと破壊されるくらいのはずだったんです。あなたたち日本人は少しくらい道が壊れていても平気だし、問題ならすぐ直すでしょ? で、ですね。上空からいい感じの塵みたいなとても小さい物体を対象の人間に降らせたところ、上手く奴を消すことができたわけです。パーン! ですよ! パーン! ただ、爆発の規模といいますか、想定よりあいつが脆いのと道路が劣化していたようで破片が飛びすぎまして、あなたに被害が出てしまったと。そういうことなんです」


 急に異世界の神を名乗る相手から、映像を見せられつつ死因を説明された私は「はぁ、そうですか」としか返せなかった。


「それでですね。地球上ではもう死んでしまったので、元に戻すことは出来ないわけです。わかります? 地球上では『死亡』という処理になってるんですね。ですので、代わりに異世界にあなたを作成します。そちらで改めて生活してください。大丈夫、少しですが希望を叶えることが可能です。どういった生活が理想です?」


 最初に自己紹介されて以降、死んだ経緯くらいしか説明もない中いきなりの質問。戸惑ったが、とりあえず素直に答えていく。


「そうですね……。のんびり釣りでもしながら過ごす生活なんかがいいかな。仕事で忙しい日々に疲れも感じていましたし」


「はいはい。のんびり釣りですね。あと、容姿の希望も聞くことが可能ですがどうです?」


「うーん。普通で。一度結婚し息子もいますが、結局妻とは離婚してしまいましたし、長時間誰かと一緒にいるのは苦手なんだと思います。だから目立たない感じがいいかな。それから最近肩や腰が痛かったりしていたので、そういった部分が解消されるとありがたいです。ところで今回の様なケースでも保険金でますかね?」


「目立たない普通な感じで、健康な身体ですね。いいでしょう。保険金というと、残された家族のことですね。ちゃんと事故扱いですので、支払われますよ。契約に問題があっても地球の神に相談してなんとかします」


「お願いします」


「残りの調整は、言語とか含めていい感じにしておきますので、お任せで問題ないですね?」


「問題ないです」


「はい。出来ました。では、目を閉じて三つ数を数えてください。数え終わったら目を開いていいですよ。もうそこは異世界です。新たな生に幸あれ」



 そんなことがあり、目を開くとここにいたわけだ。

 とにかく、せっかくの新しい生だ。本当に異世界に来てしまったのなら、どうにかして生きていこう。


 私の脳が情報の処理を終えたようなので、まずは今できること、現状把握に努める。

 周囲を見渡すと自然豊かな草原。この付近は平たい土地のようだが、後ろを振り向けば丘や山なんかも見える。どちらに向かえばいいのだろうか。せめて町のある方向ぐらいは教えておいて欲しかった。


 キョロキョロとしている時に目に入ったが、服装は野暮ったい感じに変わっている。神を信じるならば、目立たない普通な異世界ルックになっているはず。

 頭髪を指で摘み、目で確認してみると茶色。光があたっているのもあり、元の黒髪に比べずいぶんと明るくなっているように感じる。

 顔は今すぐに確認出来ないので、こちらは後ほど。

 視線にやや違和感を感じるので、少し背は高くなっているのかな。異世界は平均身長が日本より高いのだろう。元の身長から考えて、百八十センチメートルってところか。

 手のしわを見るに、多少若返っている気もする。健康な身体にするための処置だろう。


 釣りの件はどうなっただろうと考えると、頭の中に小さな池のイメージが浮かんできた。何となく能力の使い方を理解することができる。目の前の風景と、頭の中を上手く融合させればそこにイメージした釣り場を作成できるようだ。

 早速やってみると、大きさ的には家庭用の池。子供用のビニールプールサイズの釣り場が出来上がった。


「肝心の魚もいなければ、釣り道具もないじゃないか」


 そう呟くと、またしても頭の中にイメージが浮かんでくる。


「なるほど。さっきと同じ感じでやればいいわけか」


 今呼び出せる魚は『メダカ』のみ。

 道具の方は、竿だと竹製の短い物一種類だけ。ちゃんと糸と針もついているし、小さな木の容器に入った練り餌もセットのようだ。


 新たな肉体からの情報によると、どうやらこの能力繰り返すことで熟練度が上がり、イメージして作成可能な物が増えていくようなので何度か試してみることに。

 五回ぐらい池を作り繋げながらメダカの呼び出しを繰り返したところ、なんとなく成長が感じられた。

 目の前の池に意識を集中してみると『ザリガニ』を呼び出せるようになったらしい。魚ではないが、たしかにこれも釣ることが出来る。



 成長した感覚が心地よく、調子に乗ってそのまま何度か続けていると、急に意識を失ってしまった。

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