祈慟船イカロスと竜胃の子

玉響和(たまゆら かず)改名しました

プロローグ

 ハノリア・フォン・ゼナフストは、燃え盛る王都を見ながら、目に涙を浮かべる。

 金髪の髪に、豊かな胸、碧眼。眼下には、白い王族文字が羅列し、刻まれている。

 ハノリアは、航行する空賊の船に乗りながら、心に、憎しみとも悲しみとも似つかない、曖昧な感情を抱いていた。

 彼女は、目の前の立つ女をきつくにらむ。

「このナグ様を睨むとは良い度胸じゃないか」

 そう言った女は、左腕が無く、左目に眼帯をして、漆黒の髪を後ろで、高く結っている。

「闇」そんな悍ましい雰囲気を、目の前から感じる。

「これからお前には『我が女王』のために働いてもらうぞ」

「女王?」

「そうだ。我らナグ空賊団を、導いてくださる」

「空賊なんて物にも、『女王』がいるのですね」

 ハノリアは再び、女を睨む。

「貴様! 我が主の作った空賊団を侮辱するか!」

 ナグと名乗る女は、声を荒げる。

「お母様とお父様が戻ってくるならいくらでも侮辱できます!」

「このっ!!」を

 ナグは、露出したハノリアの胸倉を掴む。

「私は、あなたに屈しません!」

「ちっ! 小賢しい奴め!」と言い放ち、ナグは、腰から刀身の厚い剣を抜く。

 腕を高く上げ、剣を思い切り振りかぶる。

 瞬間——ハノリアの胸元が、強烈な青い閃光を放つ。

 彼女の眼下に刻まれた王族文字が、虹色に変化し、目の前のナグと、ハノリアに拘束する鉄の器具を吹き飛ばす。

 今しかない!!

 ハノリアは、部屋の扉へと向かう。

「ナグ様! 大丈夫ですか!」と茶髪の大男が、ナグに駆け寄る。

「早くあの女を追え! 奴は『シェナー』を狙っている! 船尾に行け!」

「は、はい!」

 

 先ほどの拘束された部屋を出て、入り組んだ船内を走る。

 早くここから出なければ!

「おい! いたぞ」

 黒服の下っ端の船員が、ハノリアを見つけ追いかける。

 ハノリアは、母からもらったドレスの裾を、勢いよく破り、そのまま走る。

「お母さまごめんなさい……」

「おい!」

「リーダ様!」と茶髪の大男を見つけ、下っ端の船員が叫ぶ。

「俺はいい! とっとと追え!!」


 大きな鉄の黒い壁をまで来て、ハノリアは立ち止まる。

「行き止まり……」と思ったが、壁にある白い物体に目が行く。

 大きな白い翼が、それが壁にいくつも取り付けられている。

「まさかこれが『シェナー』……」

「おいいたぞ!」

 空賊の船員の声が聞こえ、ハノリアは慌てて壁に近寄る。

「ふっ!……なんて、重さなの……」

 大きな翼の形をした『シェナー』を、何とか壁から取り外す。

「どうやってつければ——」

 ハノリアは、翼の内部に窪みを見つける。

 もしかして……。窪みの中にに腕を入れる。

 羽が一気に直立し、胸骨まで白い拘束具が圧着する。

「んっ!……胸が」

 ギンッ! と船の鉄床を大きく踏む音が聞こえる。

「逃がしはしない!」と大男が、立ちはだかる

「リーダ様は後ろだ! お前ら前に回りこめ!」

 下っ端船員の中の一人が、他の者に声をかける。

 リーダと言う大男は、後ろ腰に付けた大きな銀の鞘を触る。太刀が自動的に鞘から露出する。剣を抜き取り、じりじりとシェナーを付けたハノリアに寄って行く。

「さぁ、王女様。私とて傷つけたくありません。シェナーを外して、どうかこちらに」

「私はあなた方の指示は受けません!!」

「取り押さえろ!!」と下っ端船員の一人が、叫ぶ。

 一斉に黒づくめの船員が、ハノリアに向かっていく。

 瞬間、またしても、ハノリアの胸部が青い閃光を放つ。それは波動をも放ち、船員は吹き飛ばされる。

 リーダは、剣を鉄床に突き刺し、波動の圧を耐え忍ぶ。

 ハノリアの青い閃光の波動が、先ほどまでの行き止まりだった壁を、徐々に開かせる。

「まずい! 開閉扉が!!」

 扉がすべて開き、リーダは、波動の余波を体に残したまま、入って来る風圧に耐え切れず、船の中へ押し戻される。

 先ほどまで壁だった扉の外には、広がる空の海と、青々とした隆起する大地が見える。

 ここから本当に降りるの?

 ハノリアは、落下の恐怖におびえ、足がすくむ。腕につけたシェナーの翼が、風を吸収して、羽を元気に動かす。

「待て!」

 ナグが、風圧を片腕で防ぎながら、ハノリアの方へと進む。

「この小賢しい娘め! 王国の奴隷め!」

 奴隷……。その言葉にハノリアは傷つかない。

「私の愛する——いや、お父様とお母様の愛する王国の奴隷にならいくらでもなります!」

「このっ!!」

 ハノリアは、震える足で、床を蹴り、目の前に広がる空と広大な大地に正面を向く。

「お母様、お父様。生んでくださりありがとうございます」

 目にキッと力を込める。眼下の王国文字が赤色に変わる。

 ハノリアは、空の海に体を投げ出す。腕を大きく広げる。風を吸収した翼が広々と伸び、大鷲かのように空を駆ける。

 目からあふれ出る涙が、重力に反して上へ上へと昇っていく。

 私は負けません。絶対に。

 そうハノリアは心に誓った。


「ナグ様、すいません。取り逃がしてしまいました。どんな罰でも受ける覚悟です!」

「ふんっ! どうせ、シェナーの風力が切れて、どこかに落ちる」

「ですが、『我が女王』にはなんと?」

「まだ、報告はしなくて良い。奴は必ず見つ出す。絶対にこの手で!」

 ナグは、腕のない左肩を抑え、空を見上げる。

「私が空を駆けるまで、もうしばらくだ……」

 大男のリーダは、悲痛と情愛に満ちた目で、ナグを見つめた。


 

 

 


 

 


 


 

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