君の隣で、空を見る
ウニぼうず
プロローグ
「……きみと一緒にいたい!」
思い返せば、我ながら突然すぎる告白だったと思う。
相手はポカンと僕の顔を見上げていた。大学の校門前、初夏の風に帽子の紐が揺れていたのを、やけに鮮明に覚えている。
だけど――
なぜ、僕は大学の校門前でこんな告白をしているのか。
それを説明するには、三か月前に遡らなければならない。
**
それは、大学のオリエンテーションの日だった。
僕はまだ、
当たり前のように振り分けられたグループ。その中に、彼女がいた。
小柄で、肌が白くて、表情の読めない静かな顔。
言葉少なめに席に座り、配られた冊子をぺらぺらとめくっていた彼女は、何の前触れもなく僕の名札を見つめ、「……名前、おもしろいね」と言った。
ソリハシモトチカ。反橋志義。
名前を音読みすれば、ソリハシシギ。
鳥に詳しくない僕でも、どこかで聞いたことのある名前だった。
それだけのやり取りだった。
それだけなのに、なぜか心の中がざわついた。
彼女はそれ以降も、なぜか僕の顔を見るとよく目を合わせてきた。
無表情なのに、目が合うとほんの少し口元がゆるむ。
たったそれだけのことなのに、僕は完全に心を持っていかれた。
僕はどちらかといえば、感情よりも理屈で動くタイプだ。
選ぶ言葉も、行動も、すべて理由が必要だった。
でも彼女の笑みは、僕にとってまったく理由のいらないもので――ただ、胸の奥がぎゅっとなって、気づけば目で追っていた。
たぶん、出会って三秒で恋に落ちた。
でも、三か月間はずっと耐えていた。
これは一過性の興味なのかもしれない、勘違いかもしれない――そうやって何度も自分に言い聞かせた。
それでも、講義で同じ教室にいたとき。
学食でたまたま隣になったとき。
彼女のふとした仕草――髪を耳にかける動きや、観察日記のようなメモ帳を黙々と書いている様子――がどうしようもなく愛しくて。
いつしか僕は“彼女自身”に、心を撃ち抜かれていた。
そして今日、校門の前。鳴がまたふと、僕に微笑んだ。
もう、無理だった。
理屈なんかいらなかった。
「……きみと一緒にいたい!」
鳴は、きょとんとした顔をしたまま、少しだけ首をかしげた。
「……そっか。じゃあ……うち、来る?」
「えっ……?」
「来週、ひとりで行くの億劫だったフィールド、下見したくて。説明したい。」
フィールド……? 下見? 家……?
言葉の情報量が少なすぎて脳が追いつかない中、僕はうなずいていた。
「うち」って、今、家って言ったよね……?
**
そして僕は今、彼女のアパートにいる。
驚いた。
正直、ちょっとドキドキしていた。いきなり家って、そういうことなのかなって……。
でも、玄関を開けて出迎えてくれた彼女の後ろには、予想外の光景が広がっていた。
部屋いっぱいに積み上がる資料の束。
床に置かれたノートパソコンと、コンビニの空き袋。
そして、部屋干しの洗濯物。シャツ、靴下、タオル。
それらの雑多な風景の中、やけに整然と並んでいる登山靴、三脚、双眼鏡、地図。
――この子、思った以上に生活力がない……。
頭のどこかがカチッと切り替わった音がした。
恋愛モードが、スイッチオフ。
代わりに起動したのは、なぜか保護者モード。
「この子、僕がついてなきゃダメだ……!」
それが、僕の“目覚め”だった。
**
あれから一年。
フィールドワークは、僕の週末のルーティンになった。
鳴の行動は予測不能だけど、隣にいることだけは自然に続いている。
彼女がなぜ僕と一緒にいてくれるのか――その理由は、今でもよくわからない。
でも、鳴が楽しそうに双眼鏡を覗いて、僕に「あれ、シギ」とだけ呟いてくれる時間が、僕にとっての答えだった。
なれそめというには奇妙すぎる。
でも、僕たちはそれでずっと一緒にいる。
そしてたぶん、僕の人生のいちばん不思議で、いちばん愛しい選択だった。
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