09.構築

「定義から見直して、もう一度呪いを“構築”しなおしたいんです」

 ──彼女はそう言いました。


 * * *


 彼女と出会ったのは、都内の小さなギャラリースペースで開かれていた、とある展示会でした。ジャンルでいえば“アート”ということになるのでしょうが、展示されていたのは動画、インスタレーション、拾ってきた音声、文章の断片など、どこか切り落とされたようなものばかりでした。

 企画職のわたしは、なにか良いインスピレーションでも得られたらいいな、というくらいの動機で、ふらっと立ち寄ったにすぎません。正直、あまり期待していなかったのです。


 けれど、あるスペースで足が止まりました。

 モニターに流れていたのは、どこにでもある街の風景です。駅のホーム、コンビニ、整備中の歩道。ただ、そこにはかすかな違和感がありました。

 たとえば──誰も、こちらを見てこないのです。すれ違う人々は皆、まるで主人公のいない世界で勝手に動くノンプレイヤーキャラクターのように、機械的に動いていました。ナレーションも音楽もなく、ただ日常だけが流れている。けれど、強烈な孤独感と焦燥感だけが残りました。


 いてもたってもいられなくなり、そばに立っていた女性に話を聞いてみました。


「あ、あれわたしが作ったんですよ。いやな感じ、しましたか?」


 彼女は微笑みながら答えます。これらの作品の制作者でした。

 興味津々なわたしに、彼女は嬉々として語ります。


「“呪い”って、オカルトじゃないと思うんです。大半の人は、呪いをオカルト的な文脈で語ってる。それがわたしはすごく気持ち悪いんです。“これは呪いだ”って信じてしまって、それで心がどんどんマイナスの方向に引っ張られていく……それこそが、本当の“呪い”だと思いませんか?」

 不意に問いかけられたわたしは、反射的に頷いてしまいました。


「だから、変えたい。定義から見直して、もう一度呪いを“構築”しなおしたいんです」

 彼女は語気を強め、言い切ります。


 聞くところによると、彼女は“呪い”をアート的な手法で再定義して、現実の世界に構築し直す……といった活動をしているようです。

 既に社会に根付いている感覚──鬱屈、無力感、自責、社会不適応──そういったものを抽出し、再編集して、意識させ、静かに広めていく。それこそが、彼女の目指す“呪いの構築”でした。


「面白いコンセプトですね。でも、どうして?」

 彼女に問いかけると、屈託のない笑顔で言いきります。

「だって、そうしないと……気付かないうちに呪われちゃいますから。本当の呪いが何たるかを知らないうちに“呪い”に蝕まれてしまう人間が多いので、その人たちに“呪い”を認識させて、できる限り救いたいんです」

 彼女は真剣なまなざしで、そう答えました。


「気持ちはわかるけど、もっとほかに方法があるのでは……?」

「理解できないのも無理ないです。でも、いろいろ試した結果、結局こうするしかなかったんですよね。賛同はしてくれなくて構いません。……でも、見ていただけるだけで充分励みになりますし……せっかくなので、見ていってくださいよ」

 彼女は、自身で作りあげたという“呪い”を、いくつかわたしに見せてくれました。


 * * *

 

〈例1〉

 数分間、部屋の片隅を淡々と映す白黒映像が映し出されるモニター。

 見ていると、画面のどこかが微かに揺れているのに気づく。しかし巻き戻しても“揺れ”は映っていない。しかも、見るたびに“揺れている場所”が変わる。

 「自分の目がおかしいのか?」という不安が頭に残る。


〈例2〉

 読まれるたびに再構成され、本人の記憶からも書いた内容が消えていくという本にまつわる物語。読むと、自分の記憶が曖昧になっていく、という報告が寄せられるそう。


〈例3〉

 ただの無音ファイル。ファイル名は「あなたの言葉で読んでください.mp3」。

 これを聞いた人の中には「確かに何か囁かれている気がする」「自分の声が聞こえた」などという声が複数。視聴者のほとんどが、「再生を止めたあともその“声”が抜けない」と証言した。


 * * *


「こういう感じの呪いをいっぱい作っているんです。呪いなんて意味ないって、最終的に気付かせたくて。まぁ、体験談とかはでっち上げているんですけど」

 彼女は、屈託のない笑みを浮かべながら、はきはきと語ります。


 聞くところ、彼女はまだ活動はじめたてとのこと。応援しています、と伝えると、彼女は名刺を差し出しました。長居するのも迷惑かと思い、差し出された名刺をいただき、名残惜しくもその場を後にしました。


(変わった人もいるもんだな)

 そう思いつつも、帰宅してから名刺を見返すと、彼女の連絡先や活動記録をまとめたサイトのURLなどが記載されていました。さっそくSNSアカウントをフォローしたわたしは、その日から、更新をひそかに日々の楽しみにしていました。


 彼女の作る“呪い”は……反響は少しずつ、けれど着実に増えていきました。

 いわゆる“バズり”のような、派手な拡散とはまるで違う。もっと鈍くて、沈んだような……そんなふうに見てとれる広がり方。ゆっくりと、でも着実に現実に染み込んでいくような呪いは、界隈とも呼べないような、輪郭のぼやけた人たちのあいだで、じわり、じわりと染み出していったのです。


 そこに、賞賛はほとんどありません。

「見終わったあと、一日中ずっと喋れなかった」

「目の前にあるものが全部、遠くに見える」

「生きてる感じが演技みたいで、どこか他人事になる」

「自分の声が、自分じゃない人の声に聞こえた」

 そんな“症状”のような感想が、ひっそりと増えていきました。


 ──これは、本当に彼女が望んでいることなのか?


 わたしは、いてもたってもいられなくなり、彼女にメールを送りました。


————————————————————

件名:突然のご連絡失礼いたします(展示会でお会いした●●です)


To: ●●●●@xxxx.co.jp

Cc: (なし)


お世話になっております。突然のご連絡、失礼いたします。

以前、●月の●●展示会にて名刺交換させていただきました●●と申します。


あの際はご丁寧にご対応いただき、誠にありがとうございました。

以降、一ファンとしてささやかながら活動を拝見しておりましたが……

最近のSNSでのご反響、想像以上ですね。多くの方が言及されており、拡がりの速さに驚いております。


ただ、もし差し支えなければ一点、気になることがございます。


当初のコンセプトと、現在の受け取られ方に、少し乖離があるように感じておりまして……

僭越ながら、このままで本当に宜しいのでしょうか。

外部からの視点ではございますが、正直なところ、“呪いをばらまいているだけ”のように、見えなくもないのです。

何か、他に方法などをご検討されたほうが宜しいのではないでしょうか……?


ご多忙の折に不躾なご連絡となり、大変失礼いたしました。

今後のご活躍、心より応援しております。

●●

————————————————————


 メールを送って数十分後、返事はすぐに届きました。そこには一行だけ。


————————————————————

件名:Re: 突然のご連絡失礼いたします(展示会でお会いした●●です)


To: ●●●●@xxxx.co.jp

Cc: (なし)


わたしの呪いが、わたしをたべはじめています

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 返信を読んで、わたしはいてもたってもいられなくなり……彼女のことが心配になり、会う約束をなかば強引に取り付けました。

 後日、指定したカフェに向かうと……久しぶりに会った彼女は、見違えるほど痩せていました。目の奥が遅れて瞬きするような、異様な静けさを帯びながら。


「……最近、なにを見ても“意味”を考えてしまうんです。人の仕草、街に流れる音楽、服のシワ、壁の染み。それが、どんな呪いとして機能するか──それが、自分の意思とは無関係に、頭の中で再生されるんです。誰かに指示されているような感覚が、ずっと続くんです。もう、普通に見られない。目的もわからない。だから、外に出るのも怖いです。本当は、こんなところにも、いたくないんです」


 言葉に間を置いて、彼女は続けました。


「でも一番怖いのは……その“再生”が、全部わたしの声ってことなんです」


 わたしは、かける言葉を見つけることができませんでした。

 何を言っても、彼女にはもう届かない気がして。


 * * *


 それから一週間後、彼女はSNSにある作品を投稿しました。

 結果的に、それが彼女の最後の投稿となってしまいました。


〈この映像を見たら、思い出すことが1つ消えます〉


 映像自体は、白い壁が3分間揺れるだけの動画。

 再生数はじわじわと増え、コメント欄には、こんな言葉が並んでいました。


「思い出せない」

「また見てしまった」

「見るたび、なにかが剥がれていく感じ」

「誰かに“見るな”って言われた気がする」


 投稿から数日後、彼女のSNSアカウントは削除されました。


 しかしながら、彼女の作品は……転載を繰り返して、現在もネットの海に漂っています。オリジナルの状態とは異なりますが……ごく普通の体裁で紛れ込んでいるそれは、意図せぬ形で、ただ再生され続けています。



 彼女には、あれから連絡がつきません。

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