ない怪談 - Fake Chiller
ないもの
01.劣化
絵でも写真でも、どんなものでも、“複製される”ことで価値は下がってしまいます。オリジナルには、その存在そのものに意味があり、唯一無二の価値がありますが……コピーは所詮コピー、模造品でしかありません。
これは、デジタルデータに関しても言えることです。画像や映像は、複製され、圧縮され、何度もフォーマットを変えられるうちに、次第に画質が劣化し、ノイズが入り、本来の姿を少しずつ失っていきます。何千、何万とコピーされて出回る頃には、もう原形すら留めていないこともあります。
複製されると、価値が下がる。説明するまでもなく、当たり前のことだと思っていました。
* * *
とあるオカルト系のWEBサイトを運営している田山さん(仮名)。
わたしが田山さんと出会ったのは、あるオカルト系掲示板のオフ会でのことでした。その掲示板には、日頃から私もよく書き込みをしており、オカルトや都市伝説に関心を持つ者同士が、情報を交換したり、怖い話を披露し合ったりしていました。
オフ会には十数名ほどが参加していたのですが、その中でも田山さんとは妙に波長が合い、自然と引き寄せられてしまったのを覚えています。気づけば、他の参加者とはほとんど話さないまま、何時間も語り合っていました。今思えば、あのときの私は、彼の「何か」に惹かれていたのかもしれません。
「オカルト系の記事とか書いてると、何か霊的な体験をしたり、気をつけていることがあったりするんですか?」
わたしが興味本位で訊ねると、田山さんは軽く笑いながら「いやー、霊感ないんで、そういうのには縁がなくてね」と答えます。──が、しばらく考えるような素振りを見せてから、ぽつりと。
「……あー、でも一個だけ、妙なことがあったかな」
その声は、それまでの軽やかなトーンとは少し違っていました。
「画像の転載には、ちょっと気をつけた方がいいって話なんだけど」
その一言に、わたしは耳を傾けました。
「確かに、最近は著作権やコンプライアンスの問題が厳しくなっていますからね~」
苦笑する田山さん。
「あー、まぁそういうのもあるけど、そういう話ではなくて……危険なんですよ。無暗やたらに転載すると、変なモノが憑いている可能性があるから。特に、画質が劣化している画像はね」
田山さんは、真剣な表情で、自身の体験談を語りはじめました。
* * *
〈マジでやばい画像貼ってけwww〉
〈【閲覧注意】今までで一番怖かった画像を張るスレ〉
そんな、人によってはくだらない……でもつい見たくなってしまう……そんなスレッドをまとめていた時のこと。
画像を収集して、記事として整理する。画質の悪いものは、できる限りオリジナルに近いもの、高解像度のものを探して差し替える。──私はただ、それだけの作業を繰り返していた。
しかし、ある一枚の画像だけは、どうしても荒れたものしか見つからなかった。もはや原型をとどめていない、モザイクのような画像。何が写ってるのかもわからないが、それが“逆に怖い”と一部で話題になっていた。
その画像は、何度も再アップロードされた形跡があり、ファイル名もバラバラ、画質もどれもひどく劣化していた。仕方なく、最もマシなバージョンを保存して、記事に使おうとした……その瞬間。
背後に、何かの気配。
部屋には誰もいないはずなのに。そう思いつつも反射的に振り返るが、当然のごとく何もいない。しかし、すごく近くに、確実に……何かの気配があった。そこから数分間は、その場から立ち上がることすらできず、椅子に座ったまま、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。
息が詰まるような重たい空気が漂ったが、ほどなくして気配は消えた。疑問に思いつつも、気のせいだろうと自分の中で片付けて、結局そのまま記事も完成させ、公開することにした。
その後、特におかしなことは起きなかった。夢にその画像が出てくるわけでもないし、体調を崩すこともない。……ただ、“何か”の気配を感じた、あのときの感覚だけは、今でも鮮明に覚えている。
* * *
「でね、そんな出来事があった数ヶ月後、たまたま霊能者の人と会う機会があったからさ、このことについて話してみたんだけど……その人に、すごく落ち着いた声で『おそらく、劣化した画像のせいでしょう』って言われたんだよね」
わたしは思わず訊ねました。
「……え? 画質が、悪いから?」
「そう。普通、データって劣化すればするほど価値がなくなるじゃん。でもさ、“呪い”とか“穢れ”に関しては、むしろ逆らしいんだよね」
霊能者によれば、呪いというのは“積層する”ものなのだという。それに触れた人間の恐怖、不快、嫌悪……そういった感情が画像にまとわりつき、時間をかけて少しずつ蓄積されていく。
実際の呪物や呪具の類も、年季の入ったものや、大勢の手元に渡ったであろうものほど呪力が強いと言われるが、これはデジタルデータに関しても言えることだという。何度も転載され、多くの人間に見られ、嫌がられ、怖がられた画像は──最初よりも、遥かに強い“何か”を宿すようになるのだと。
「劣化した画像って、たくさんの人が“見てしまった”証なんだよね。だから、そのぶん“憑いてる”ってこと」
田山さんは、ぎこちない笑みを浮かべながらそう言いました。
「それ以来、俺は画像を扱うときはなるべく高画質のもの、つまり“まだあまり見られてないやつ”を使うようにしてるんだよね。劣化しているものほど、呪われちゃっているからさ」
田山さんの笑顔に気圧されて、その時のわたしは頷くほかありませんでした。
* * *
あれから数年。
オフ会のあと、田山さんとは一度も連絡を取っていません。あれほど波長が合い、長時間話していたはずなのに、どうにもコンタクトを取ろうという気が起きないのです。
彼の顔も、声も、あまり思い出せません。
……それなのに、あの言葉だけは、今でも耳にこびりついて離れません。
「劣化しているものほど、呪われちゃってるからさ」
ネットでたまに見かける、ぼやけた恐怖画像や、不鮮明なスクリーンショット。ダビングを繰り返したかのような、妙にザラついていて、誰が撮ったのかも、何が写っているのかも分からない映像。そういった、劣化したものを見かけるたびに、あの言葉が頭をよぎるのです。
そのこと自体、もはや呪われてしまったようなものなのですが……。
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