夕暮れ、君の横顔
れいや
夕暮れ、君の横顔
駅前のベンチに座ると、夕日が商店街の端っこを赤く染めていた。
隣には、春川悠。中学からの親友で、大学も偶然同じになった。偶然――と本人は言っていたけれど、たぶん、わたしが第一志望を決めたその日に彼が志望校を変えたこと、知らないと思ってる。
「今日、講義つまんなかったな」
「だね。教授、全然聞いてなかったでしょ、俺らの発表」
「むしろ寝てたよね。途中、いびき聞こえたし」
くだらない話をしている間にも、空はゆっくりオレンジから紺色に変わっていく。
こうやって二人で並んでいるのが、ずっと自然だった。誰から見ても“仲のいい友達”。でも、わたしの中には、ずっと言えない言葉が沈殿している。
「なあ」
「ん?」
「今さ、付き合ってる人とか、いないの?」
聞いた瞬間、心臓が跳ねた。悠の横顔は夕日に溶けて、表情が読み取れない。
「うん。いないけど」
「……そっか」
彼は少し笑って、「そっちは?」と聞く。
「いないよ」
「なんで?」
「なんでって……好きな人がいるから」
わたしは言葉を吐き出すように言った。視線は下を向いたまま。彼の反応が怖かった。悠は、少し黙ったあと、静かに言った。
「俺も。好きな人、いるよ」
「……誰?」
「言ったら、笑われそう」
顔を上げると、彼は真っ直ぐにわたしを見ていた。その目の奥に、嘘はなかった。
「笑わないよ」
「じゃあ、言うけど……」
彼は、少し照れくさそうに、でもどこか意を決したように言った。
「お前、だよ」
沈黙が、わたしたちを包んだ。遠くで電車の音がして、誰かの笑い声がした。
けれど、このベンチの上には、わたしと悠、二人だけの空気が漂っていた。
「……ずるいよ」
「なんで?」
「わたしが言うつもりだったのに」
悠は一瞬驚いて、すぐに笑った。
「マジで? じゃあ、どっちが先に言ったかでケンカする?」
「ううん、もういい。言えたから」
恋人になろう、なんて、まだ言えない。
でも、たぶんわたしたちは、あの瞬間、確かに一歩を踏み出した。
夕暮れの中で交わした告白は、風に乗ってどこかへ消えていったけれど、わたしたちの間に残ったのは、ただの友情ではなかった。
その日から、何かが少しだけ変わった。スマホでのやりとりは前よりちょっとだけ頻繁になったし、待ち合わせの時に悠が気を遣って髪を整えてきたのも気づいてた。それでも、「付き合おう」とは、お互いに言わなかった。
たぶん、壊したくなかったのだ。長い時間かけて築いた関係が、恋人という名前でぎこちなくなるのが、怖かった。
「なあ、今度の花火大会、一緒に行かね?」
ある日、悠が言った。
「え? 花火とか、行くんだ」
「行くよ。……お前が行くなら」
「……行く」
そんな感じで、わたしたちは並んで歩き続ける。
花火大会の日。
浴衣を着てみた。普段、パンツスタイルが多いから、きっと驚くだろうなと思って。
待ち合わせの駅前で、悠がわたしを見た瞬間、一歩だけ下がってから、ぽかんと口を開けた。
「……やば」
「何が?」
「いや、普通に……可愛すぎて、びびった」
「……それ、普通じゃないし」
顔が熱くなった。けど、悪くない。
人混みにまぎれて歩きながら、手が触れた。いつもなら、自然に離れるのに――今日は、離れなかった。
打ち上がる花火の音。見上げると、夜空に咲く大輪の光。
けれどわたしの視線は、横にいる悠の横顔に吸い寄せられていた。
「なあ」
彼が言った。
「今日、言ってもいい?」
「なにを?」
「ちゃんと、言うよ。……好きだ。ちゃんと、恋人になりたい」
心臓が破裂しそうだった。
でも、こんなにも嬉しい気持ちがあるんだと、初めて知った。
「……うん。わたしも、同じ気持ち」
花火の音にかき消されたけど、わたしたちは確かに、あの瞬間、恋人になった。
もう、“友達以上恋人未満”じゃない。
けれど、そこに至るまでの長い時間が、わたしたちの関係を何よりも強く、温かくしていた。
この関係が、恋になったとしても――
わたしたちは、きっとずっと、親友でもあり続ける。
それが、何より嬉しかった。
夕暮れ、君の横顔 れいや @reiyadayo
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