第21話
そしてレントの言葉を頭の中で反芻して意味を考えてその結果を言葉にする。
「やっぱこのままでいいかな。」
「ッ!―――な、何で…?」
欲しかった答えと違う事を悟られないように笑顔を取り繕う。
クシェルは作業を再開しながら苦笑しつつ質問に答えた。
「ってかどんだけ気にしてるんだよ。将来のための技術を磨いてお金も貰える今の環境に文句なんて無いよ俺は。そりゃあさ。羨ましくないと言えば嘘になるけど、ガキじゃないんだから。とっくに折り合いは付けてるさ。」
「そう…なんだ。」
どうしようとレントは焦りを感じていた。
もし本心から現状を望んでいるのであれば自分がやっている事は余計なお世話にしかならない。もっと言えば変に今になって言われたとしてもストレスにしかならないかもしれない。
(先走らずにちゃんとクシェルに聞いとけば良かったなぁ…。今からでも無しに出来ない?)
自分の衝動的な行いに少し反省しながら作業しているクシェルの横顔を見る。
それは普段と殆ど一緒だったけど―――少し陰りがあるように感じられた。
(もしかしてまだ未練がある?だったら…。)
これも勝手な憶測や誤解かもしれない。たまたま日の光が上手い具合にそう感じられる演出を作り出しているだけなのかも。
そんな考えも過ぎったが、もし未だに未練が残っていたのであれば伝えない方が良くない。それに話してから決めればいいと思い、生徒会であった出来事を話す事にした。…少しだけ話を捻じ曲げて。
「実は昨日、帰りに生徒会の人に呼ばれたんだよね。紋章術があれば生徒会は入れるよって。」
「お~凄いじゃん。でもあの力使いたくないんだろ?」
レントはすっとぼけた調子で話した。
本来は信じられないほどの大出世で、これを同じ魔装兵科の同級生に言えば憧憬の対象となり大きく騒ぎ立てる始末だがクシェルにとっては畑違いの話だったため大きな反応は見られない。
「それなんだけど、なんか僕が生徒会に入ればもう一人生徒会に入れてもいいって言っててさ。師匠とかどうかなーって…。」
「いやいや、俺魔装兵科じゃないじゃん。」
「で、でもなんか技巧科の人でもいいよーって。今度テストやるみたいだから受けてみない?」
「……レントも生徒会に入らないといけなんだろ?レントの嫌がる事を押し付けてまで生徒会に入る気は無いよ。」
その言葉はまるで自分が嫌じゃなければ入ると言っているようで遂に本音を出してくれたかとレントの表情は明るくなった。
「全然嫌じゃないよ!折角の機会なんだからさ!合格したら僕も一緒に入るし!」
「…怪しいな。何か隠してるだろ。」
顔を上げたクシェルがレントへと睨むような眼差しを向ける。
「…隠してない。」
隠していないとは言いつつも冷や汗ダラダラ。目線はあらぬ方向を向き唇もかさついた表情でその言葉はあまりにも信憑性が無さ過ぎた。
「昨日まで紋章術だっけ?を使いたくないって言ってた奴が前向き過ぎるんだよ。嘘つくならもう少し上手くやれよ。」
確かに気持ちが逸って感情を前面に出し過ぎたと思って何も言えないレントは口を噤んだ。
「…で。嘘をつくのはまぁ良いんだよ。嘘って言ったってレントの事だからきっと俺を騙すためとかじゃないのは分かる。けどさぁ…変なんだよな。レントが生徒会に入ると他に一人生徒会に入れてもいい?これって生徒会側から提案される内容か?まだレントが生徒会に入るんだったらって俺を推薦した方が辻褄合うよな。」
「…ぅぐ。」
レントは図星を突かれて思わず声が勝手に出てしまった。
「それに最初の質問からやろうとしてる事大体読めてるから正直に話してくれ。それともこの期に及んでレントって友達に噓つくんだ。」
「わ、分かったよ…全部言うよ…。」
敢え無くクシェルに言いくるめられレントは口の戸を開いた。
話の内容は昨日の帰り道に生徒会の人と出会い今朝生徒会の人達とあって話をした事。生徒会に入ると特権が認められてかなり自由な事が出来るという話。それを使ってクシェルを魔装兵科に入れようとしている事。ただ勝手に突っ走って勝手に話を進めていた事に気付いて機嫌を伺うために嘘を交えてあわよくば、このままテストを知らずに受けさせられないかを。
洗いざらい全て話した。
話し終えるとそこにはショボーンと落ち込むレントと腕を胸の前に組んで憤慨するクシェルの図が出来上がっていた。
「あのさぁレント?」
「はい。」
「気持ちは有難いんだけどさ…馬鹿としか言いようがないよそれは。何考えてんの。」
「だって…。」
「だって、じゃないって。すぐにでも俺の事は無しにして手堅く魔導機装貰っとけ。あるいはこの話は蹴れ。紋章術は使いたくないんだろ?じゃあ1年以内に2000位は流石の流石に、血反吐吐いても無理だ。1回きりの勝負じゃないんだから。」
「分かってるよそれぐらい…。」
「しっかしその先輩も性格悪いなぁ。明かにレントに紋章術を使い慣れさせるためだよなぁ。でも実際、生徒会に入るためにはそれぐらい派手にやらないと軽く見られるし筋は通ってる。その人が、というよりも代々やり方を受け継いできた感じか。」
話が脱線して来た。恐らくわざと魔装兵科に入るかどうかの話を生徒会の話を経由させて世間話へと繋げる気なのだろう。
そうはさせないとレントは土足を覚悟で切り込む。
「ねぇ、クシェルはさ。魔装兵科に入りたくないの?」
ここで師匠ではなく敢えてクシェルと名前で呼んだのは友達としての立場から聞きたいという意味があった。
そして直球の質問に少しだけ動揺を見せたクシェルはすぐに表情を戻してから話始める。
「入ったとして俺に何が出来るんだ?」
クシェルは今までに見せた事の無い敵意に似た冷ややかな視線をレントに浴びせた。
「…魔導機装にも学費も俺には払えない。入ってすぐに辞めるのが目に見えてるのに入ろうとしても余計、惨めになるだけじゃん。」
「お金の事は生徒会の人が何とかしてくれると思う。」
「思うって事は確証は無いんだろ?」
「分かったよ!じゃあちゃんと確認してくればいいんだよね⁉」
レントは突然立ち上がると「おい!待て!」とクシェルが必死に呼び止めようとしたが耳に入らずにそのまま何も持たずに倉庫から飛び出していった。
レントは呆れるように肩を落とすと隣に置いてあるまだ仕事が残っているレントの魔導機装が置いてあった。
「過去の事を考えるとあんまり強く言えないけど…レントにはもう少し自制心を持って欲しいなぁ。」
結局その日はレントは帰って来ず魔導機装は空いた時間でチェックを済ませて、このまま眠って貰う事にした。
その翌日にレントは嬉々としてやってきた。
「話聞いて来たよ!もしテストに合格したら学費は免除。生徒会に置いてある予備の魔導機装を一つあげるって!」
「それが解決しても俺は技工科で貰うお金を家に入れてるから、どちらにしろ魔装兵科には…」
「分かった聞いて来る!」
「おい!話聞けって!レント!…しかもまた魔導機装持って帰ってねぇし…。」
気付いた頃には遠くに走っていくレントの後ろ姿しか見えず声は届いてない。
明日には諦めてくれる事を祈りながらクシェルはその日を過ごした。
だがレントは決して諦めなかった。
翌日にはテストに合格した場合には技工科と魔装兵科、両方で活動出来るように。
またクシェルが、どちらもだと忙しくて出来ないと言い出せばまた確認して次の日には生徒会では技工科として扱うため好きな時に授業に出たりランキング戦を行えるよう訂正したり、またあまり目立ちたくないと言えば魔装兵科として活動する時は仮面を付けて構わないと言われたり。
それが2週間ほど続いて後半では懸念というよりは姑のイビリのようなそれを包囲網のように確認を絶対に取って来るレントもレントだが、ちゃんと回答を出す生徒会もまた生徒会だ。クシェルはもう言い逃れは出来ないと悟った。
「もういい加減にしろ!」
本日もやってきたレントに対して遂に堪忍袋の緒が切れたクシェルが怒鳴りつける。
「毎日毎日さぁ!少しは伝わってるだろ俺は魔装兵科に入る気は無いって!」
「何で⁉別に入るだけでしょ!」
「いいんだよ俺は!なんでそんな執拗いんだよ!」
「何でって決まってるじゃん!クシェルには恩返しがしたいんだよ!」
二人の言い合いは倉庫に響き途中見物客のような生徒達が来ようとしたが、彼等は他の先輩達が引き留めた。
「誰も頼んでねぇよ勝手話を進めんな!」
「何で素直にならないんだよ!いい加減足踏み出せよ!」
そのレントの言葉にクシェルは思わず手が出てしまった。
レントが地面に倒れるとその頬は赤く腫れてクシェルは一度、自分がやってしまった過ちを反省しようとするが、そもそもレントが原因だと開き直りその勢いのまま自分の心をぶち撒けた。
「とっくの昔に区切りを付けた奴が今更出来るようになった所で素直に受け取れるか!こっちはもう諦めたんだ!」
「一度諦めても、もう一度望めばいいじゃないか!誰が一度でも諦めたら二度と手を伸ばしたら駄目だって決めたんだよ!」
「…そんな簡単に言える話じゃないんだよっ!レントには俺がどれだけの思いで諦めたか分かってない!もしあっさりお前の提案に乗ったら、あの時の俺は一体何だったんだ⁉」
「じゃあ過去の自分に聞いてみなよ!自分の夢をまた追いかけられるんだったら応援するんじゃないの⁉」
これ以上の問答に付き合っていられなくなりクシェルはレントから顔を背ける。
「ウザいわお前。もう話したくないから今日から出禁な。」
出禁とは不当に時間が拘束されている場合に今後、倉庫に入れないように出来る技工科の権利だ。後から好きに解除出来るとはいえ滅多には起こらずクシェルはそこまで追い詰められていた。
「子供みたいな事を…。」
「こうでもしないとずっと諦めないじゃんレント。」
「…分かった。でも最後に一度だけ『チャンス』をくれない?」
何か違和感を感じ取りクシェルは無意識に片方の眉がピクリと動いた。
しかし激昂している状態だった事もあり、その違和感の正体よりもそのチャンスを与える事で潔く諦めてくれる事を優先して受け入れる。
「この茶番を終わらせられるなら何でもいいよもう。」
連日のレントとのやり取りと先ほどの感情の吐露に心底疲れ果て、ぐったりしながらも応えた。
「だったら僕の手合わせして僕が勝ったらテスト受けて貰う。」
「…本気で言ってんのそれ…?」
クシェルはレントの目を見つめるが至って本気の本気。
冗談の最初の子音すらも見られない。
クシェルからしたら100%に限りなく近い勝利を掴める勝負。確かにレントは最初に出会った頃よりも強くなっているしこの2週間の間の訓練で技が洗練され肉体の基礎能力も向上しているだろう。
しかしレントとクシェルでは歳月が圧倒的に違う。
それを分かっているはずなのに何故こんな勝負を仕掛けてきたのかクシェルには理解が出来なかった。
だが提案してきたのは他ならぬレントであるためクシェルからしたら断わる理由は無い。
「レントが良いなら俺も良いよ。…ただ勝負は今日の夜7時だ。悪いけど長引かせるつもりは無い。」
「うん、いつもの演習場で待ってる。」
少しは時間を待って欲しいとかお願いが来ると思っていたけれどそれも無くレントはそれ以上何も喋らずに倉庫から出て行く。
(わっかんねぇ…。なんだ?本当に俺に勝つ自信があるのか?…いや、流石にそんな単純じゃないはずだけど…。しまったな。何か企てられる前に終わらせるつもりだったけど、逆にレントの策を見破る時間が足りなくなった…。)
裏目に出てしまった自分の考えに後悔しながらも、いくら何でも実力はまだまだ自分の方が上だと確信しているクシェルは読めないレントの考えに少し恐怖を覚えながらも仕事を終わらせるといつもの訓練していた演習場に行く事にした。
まだ太陽は降りきってはおらず薄暗い光の中。
明かりがあるためか道中、生徒の姿も幾度も見たがやはり遠くにある演習場にはただ一人を除いて生徒の影は無かった。
レントが演習場の真ん中で仁王立ちして中に入って来たクシェルを待ち構えている。
「待ってたぞ
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