第20話

 マイクはレントの発言を受け顔を伏せ暫し考え込む。


 大体5秒ほどで顔を上げると今までの理知的な顔を捨て、?マークを浮かべた困惑の表情に変わっていた。


「ごめんなさい…流石に年上を入学させるのは難しいと思います。」

「あ、師匠というのはクシェルという技工科の1年生の事だ。」

「…何故技工科の生徒を???」


 マイクは意味が分からずに頭がショートしている。そこでレントの左側にいたアンが話に割り込んだ。


「クシェルって確か~、報告にあった名前だよねぇ。レントが勝つために一週間付きっ切りだった子~。」

「…つまりその子は魔装兵科への転科を希望していると?」

「え?………あぁ。」


 希望していると口には言っていなかったが、時折羨ましそうにしているクシェルを思い出し恩返しが出来る事を優先するために嘘をついた。


「―――不可能じゃありません。ですけど認められませんね。」

「ッ!何でだっ!」


 これが出来ないであればレントは大声を出していなかっただろう。

 しかしマイクが言ったのは出来ないでは無く。これでは到底納得というのは難しい。


「特例措置というのは報酬という面と同時に、より実力を付けて貰うための餌でもあります。生徒会の方針に沿わない内容だと私が通しても却下されると思います。この場合だと仮に技工科の…クシェル君を希望通り魔装兵科に転科させたとして生徒会にメリットがありません。私個人としても友情は素晴らしいと思いますが、ここは自分のために使うべきだと思いますよ。」

「メリットならある!師匠は強いから魔装兵科に入れたら生徒会の方針の強い人ってのを満たせるはずだ!」


 レントは説得には応じず頑なに反論する。しかし、マイクにも正しく成長を促したいという責任感もあり諦めない。


「確かに生徒会は優秀な人材を求めています。しかしそれはの人材。埋もれる程度の人間であれば満たせるとは言えませんね。」

「師匠は強い!」

「では聞きましょう。貴方は2年…もしかしたら1年で歴代で類を見ない、魔導機装を装着したまま魔術を無遠慮に行使出来るトップクラスの存在になるでしょう。そこにはレント君に合う最高の魔導機装も用意されていると仮定してください。そんな自分よりも、その師匠の方が強いですか?」

「強い!」

「…………。」


 マイクは言葉を失ってしまった。

 レントが言っている事は全て信用よりも妄信に近い。マイクの目線からしたら、確かに武術の心得があるのかもしれないが今のレントより強いだけだ。ポテンシャルを引き出せばレントは最高峰の地位にも立てるほどなのに、それを友情が足枷となりふいになるのは勿体無さ過ぎる。どうにか説得しなければならないと意気込む。


(困りましたね。調査によると口調がおかしい以外は素直な性格だとありましたが…。なまじ成功体験が強すぎて信仰に近い状態になっているのでしょうか…。)


 マイクの読みは間違ってはいない。

 レントはクシェルの実力を詳しくは知らない。最初に形を教えて貰ってからずっとそればかりを練習してきたから手合わせも何もした事が無い。

 なのに即答するほど、クシェルが成長した自分よりも上だと信じて疑わないのは信頼とは別の話だ。


(少し意地悪ですが仕方ないですね…。)


 マイクを両肘を机の上に乗せ、両手の指を交差しその上に顔を乗せ威厳のあるポーズを取るとランキング戦で本気で戦う時と同じ気迫を発した。


「それはここにいる私達よりも強いという事でしょうか。」


 マイクだけじゃない。両側の二人もその意図を汲んで同じように圧を掛けた。


 これは言わばショック療法。無理矢理諦めさせてまずは権利を自分のために使わせるように誘導。それが彼のためである思いからの行動だがその思惑は外れる事になる。


 生徒会というこの才能溢れる若者共が集う学園でも更に突出した才能を見せた人達だけが入れる選ばれし場所。

 そこに所属する3人からのプレッシャーを前にレントは確かに肌に刺さる悪寒をヒシヒシと感じていた。心の弱い人ならば額から絶え間なく汗が流れ出て生まれたてのように膝をついてガクガクしながら命乞いをしてしまうような脅迫とも言える視線。


 しかし…。


「師匠の方が強い!」


 とレントは間も置かずに即答した。その次には3人からのプレッシャーも消えて、またその次に流れた空気は『興味』だった。


「ひゅ~。」と右のユースという男子生徒が感心を表す口笛を鳴らせる。


 他二人もレントの言う師匠に興味が湧いて来たのか身体を前のめりに倒した。


「ほぅ、そこまで言うなら分かりました。その技工科の生徒をテストしましょう。もし、そのテストをクリアすれば転科出来るよう私が取り計らいます。」

「良いのか⁉」


 レントの表情が明るくなる。


「元々、生徒会に入るための入団ならぬ入会テストはあったので珍しくありません。しかしレント君が特例措置を行使して強くなるよりも技巧科の子を魔装兵科にさせた方が価値があると判断されるためには相応の難易度になりますが。」

「俺は構わん!」

「分かりました。テストの内容は生徒会が選出した生徒との一騎打ち。準備が出来ましたらこの建物に入ってすぐの受付の方に『4年のマイクに準備が出来たと伝えて』という旨の話をしてください。その一週間後にテストを行い場所も追って連絡します。」


(えーっと…4年のマイクが準備が出来る…?あれ何だっけ。)


 高ぶった状態で少し話を聞いていなかったレントは急いで話の中身を頭の中に詰め込もうとした所で「それと」とマイクから追加の情報が入って来た。


「話がややこしくなって遅くなりましたがレント君が2年生に上がるまでに2000位以内に入らなければこの話は無しになるのでご注意下さい。なので生徒会に入る時期も今すぐではなく2年生からになります。」

「なっ⁉そんな後出し狡いぞ!」

「では師匠の望みも叶えられませんねぇ。」


 2000位に上がるにはオーウェンよりも圧倒的な猛者を相手に何度も勝たなければならない。それも1年以内にとなれば自分の力の全てを出し尽くして挑まなければならない。

 これはレントでもすぐに分かった。マイクは紋章術を使うよう誘導していた。


(この人、初めからそのつもりだったのか。…嫌だけど恩返しのチャンスだから諦めたくない…。)


 性格は少しフィヨナ先輩に似ているけれどこの先輩の方が性格が悪いなとレントは内心で悪態をついた。


「分かった…。その条件を飲もう。」

「そうですか!」


 マイクルは自分の役目が終わった事で顔が緩んだ。


「ではこの話はこれでお終いです。お時間頂きありがとうございます。」

「ふん。」


 なんだか相手の思うつぼのようで気に入らなかったレントは人前で思わず変な言葉遣いになってしまったからではなく心から鼻で返事をした。


「それでは私はこの後も仕事があるので、ここで解散という事で。お二人もありがとうございました。」


 そう言うと両脇の二人が椅子を後ろに下げ立ち上がったのでレントもこの部屋から立ち去ろうと後ろを向いて歩き出し、扉を開ける。

 ちょっと手こずりながらも開けて一息つくとその時、何者かから肩に腕を回された。その勢いで少し重心が前に倒れ掛かったが足で踏ん張る。


 横を見てみるとあのユースという3年生が好みの玩具と遊んでいる時のような笑顔でこちらを見て来ており、腕もユースの物だ。

 そしてそのまま話始める。


「お前面白い奴だなぁ!本当に魔力無しで魔術を使えるの⁉」

「…です。」


 レントが慎ましくコクリと頷く。


「あぁごめん!先輩だからとか気にすんなよ?年齢だけで威張る奴俺大嫌いだから俺にはタメで良いよ。」


 やけに馴れ馴れしいがあまり人付き合いの少ないレントにとっては丁寧に話す事には慣れていないので気さくだと感じられた。

 レントは若干たどたどしくながらも懸命に話した。


「うむ本当だ。」

「それってさぁ、どうやるのか教えて貰えたりする?」

「それは…紋章は一族の秘伝だから無理だが、修行方法は教えられる。」

「おお!」

「といっても容易い。紋章を手に刻んでから10年以上毎日欠かさず紋章へ魔力を注ぎ込む。一日でも忘れるとその紋章は使えなくなる。」

「つ、使えなくなる⁉最初からやり直しとかじゃなくて⁉」


 ユースが驚愕し組んでいた腕を外して後ずさる。


「皮を剥いで治癒させてから再び刻めば問題は無いが…紋章を刻むのにも激痛を受けるから俺も物心つく前にやられた。」

「なんか既に尊敬だわ…。」


 ユースもレントの資料を見て、どういった境遇の生徒であるかを把握している。だがそれはずっと家で監禁されていた以上の情報は出てこなかったため、今ようやく何のための監禁かを知る。


 想像するだけでも恐怖を感じて顔が青ざめるユース。

 その反対側からもう一人のアンという女子生徒が話に入って来た。


「それよりさ~、その師匠って本当に強いの?」


 アンはレントの持つ紋章術よりも師匠の方が興味を持っているようだ。

 少しあざとく顔を下から覗き込ませて尋ねてきた。

 これに対してレントは自信を持って答える。


「語るまでもない。」

「へ~。そんな1年がいるなら面白そうかも~。レントが生徒会に入るまでは私達も4年生だしその時はよろしくね~。」


 ふやけながらも期待が込められた嬉しそうな顔をするとアンは背中越しに後ろを向きながら左手をひらひらさせて「じゃあ先行くね~。」と別れを示し廊下を歩いて去って行った。


「俺も行くわ。お前達の成功祈ってるぞ~。」


 ユースも喋りながら廊下で足音を響かせながらアンと同じ方向に歩き、やがて姿を消す。その場にはようやく緊張から解放されたレントだけが残された。


(ふぅ…終わった。疲れた…。けど、これが上手くいけばクシェルも魔装兵科に入れる!恩返しが出来る!)


 レントは心の中でガッツポーズをした。


 身体に倦怠感を得ながらもすぐにでもこの事を報告するために、この建物の中では走らないようにして外に出るとすぐさま走り、B班の倉庫にレントは向かった。








 クシェルのいる倉庫に向かったレントは仕事を持ってきた生徒がいたため順番を待ち、その間に走った疲れで荒くなった息を整える。


 すると倉庫から同じ色のネクタイをしたふわふわ髪の女子生徒が倉庫から出て来ると、受付係のマークが眼鏡を一度クイッと人差し指で持ち上げこちらを見る。


「じゃあレント君、次どうぞ。」

「あぁ!」

「…なんだかエネルギッシュだね。どうしたの。」


 今まで見たことのないレントの自信溢れる足取りと眼差しにマークは顔をほころばせる。


「師匠に恩返し出来そうなんでな。」

「…師匠?クシェルの事かい?まぁ一週間空いて普段よりも人が多いからあまり話し込まないでね。」

「了解した。」


 そしてレントは奥へと入って行き、1日ぶりのクシェルの姿を目に焼き付けた。


「おぉレント。昨日の今日で調整とかやる気あるなぁ。」

「押忍ッ!師匠!」


 元気溌剌なレントを見て、何かを感じとったのかクシェルは怪しんだ。


「…なんか変な事でも企んでるのか?」

「え、な、どぅえ⁉」


 サプライズのつもりで来たのにそれを見透かされたのかと焦った事で妙な事を言われてレントは変な声を上げた。

 しかし、いくら師匠でも分かっているはずがないと自分に言い聞かせて何とか気持ちを落ち着ける。


「別に?何も企んでねーし。」


 痒くもない鼻の下を右手人差し指で擦りながらそっぽを向く。


「なんだ。普段と様子が違うからちょっと怖かったぞお前。」


 普通に見れば思春期の男子ムーブをしているレントだったがクシェルには良く分からなかったため何とか誤魔化せた。

 それに安心したせいなのか冷静になったレントの頭に…一つある考えが浮かんだ。


(あれ?僕がしようとしてる事って変な事だったり―――する?クシェルに確認も取らずにテスト受けるって僕が言っちゃったし、もしかして迷惑だったりするかな…。)


 クシェルの様子の断片から魔装兵科に憧れを抱いているのは確かだ。しかし思えばクシェルの口から一度も「魔装兵科に今でも入りたい」と聞いた事は無かった。

 どちらかと言えば昔は憧れていたけど今は諦めたという様子。

 果たして自分の行動は正しかったのかとレントは訝しんだ。


(それとなく探ってからの方がいいな。うん。嫌われたくないし。)


「今日はどうするんだ?と言ってもやる事多分殆ど無いぞ?」

「えっと、じゃ、じゃぁ軽くチェックだけお願い。」

「分かった。」


 元々、戦うまでの間にクシェルは何度もレントの魔導機装を出来る限り状態が良いように仕上げた。まだ1日しか経っていないのにガタが来る訳無いと知りながらもクシェルは黙々と作業を続ける。


 それを見ながらいつ言いだそうか悩みながらも自分の中でのここだというタイミングで話しかけた。


「あのさぁ…。もし。仮に。本当軽く考えていいんだけど、今からでも魔装兵科に入れるとしたら………どうする?」


 レントの違和感の残る話を聞いてクシェルは進めていた作業をピタリと止めた。


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