第13話

 控室で座った状態で相手の事を考える。


 3年のオーウェンは今までの二人と比べて明らかに強いというのは僕でも分かる。

 使っている武器はアックス。魔導機装はレッグパーツのパワーは低いがその分をアームパーツに移している低機動力高出力の【デストロイ】という赤色のパワー型。


 多分守ってもそのまま弾き飛ばされるだろうからクシェルから教えて貰った流しの技術でそもそも攻撃させない方が絶対良い。

 武器の間合いは互角だから攻撃する時だけ近づくゲリラ戦法の方がいいか…それとも懐に入って攻撃し難く立ち回るか…。どっちもあまり良くなさそうに思える。


 とにかく相手の機動力の無さを上手く活かせる方法を考えないと勝てない。


 休憩のおかげで息は戻ったけど体力自体は戻ってないだろうから無暗に動いて先に力尽きて機動力の差が無くなる方が駄目だから慎重に行かないと。


 …絶対さっきの試合、焦らずにゆっくり攻撃してたら良かったよなぁ。

 ついつい無防備だったからここぞ!って感じで連打したけど、あいつの言った通り無駄な体力を使っちゃったのは確かだ。


 ちょっとだけ魔力回復薬で頭が回らなくて感情的になり過ぎちゃったけど、今はそんな言い訳考えてる暇はないし1秒でも多く勝つために考えないと。


 そういえば魔力はどれぐらいだろう。


【72%】


 うーん、魔導機装の装着に10%近く使ってるとしてすぐに試合を終わらせたからこれで済んでるけど…微妙だなぁ。回復するべきかしないべきか…。

 置かれている魔力回復薬を見ると、それだけで身体が嫌悪感で鳥肌が立ち吐き気が湧いてきて頭がズンと重たくなる。


 飲めば味の事ばかり考える羽目になるし試合中も判断が鈍って冷静になれないのは先の試合で身に染みて分かったし飲めばいいってもんじゃない。。飲まないっていう選択肢は十分アリというかもう飲みたくない。ゲロ不味い。


 飲んで弱くなって攻撃受けたら元も子もないし魔力を維持出来てるなら無理に飲まずにより集中できている状態で戦った方が絶対にいいはずだ。


『次の試合が始まります。3年生オーウェン・プライス VS 1年生レント・ヴィクエル。』


 考え事をしていると時間があっという間に過ぎる。

 殆ど堂々巡りで結局あの斧をどうやって攻略するか有効な策は思い浮かばなかった。後は本番で色々手探りで編み出してくしかない。


 立ち上がって一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。まだ心臓は鳴りやまないがこの試合に勝てば全て終わると信じて前へと進んだ。


 そして扉を開けていよいよ対戦が始まると思っていた矢先、僕はその眼前の光景に圧倒されてしまった。


 普段だったらガラガラで何の注目も浴びない僕の試合を沢山の生徒が身に来ている。

 元々1試合目から普段よりもちょっと多いなと思っていたが、これは流石に多すぎる。


 人数は分からないが何倍…いや十倍以上の人数はいるだろう。

 その視線が全てに僕に集中しているのが伝わって来る。どこに座っている生徒を見ても目線が合ってしまいそれに対して僕は極度の緊張状態に陥ってしまった。


 なんでこんなに見てる人が多いんだ。さっき2回勝ったから順位は上がってるとは思うけど全体的に見ても下の試合だよ⁉

 見ても何の参考にもならないのに何でこんなにいるんだ…?


 と、とにかく試合に集中しないと…集中…あ、あれ?身体が…動かない。

 歩くってどうするんだっけ…あ、駄目だ。凄い見られてる。動かない僕を見て不思議そうな顔をしている生徒が増えてきた。絶対変だって思われてる。


 逃げ出したい…でも逃げちゃダメだ。でも何で逃げちゃダメなんだっけ。あぁ恥ずかしい。どうしよ何で僕はここにいるんだっけ。

 ………あぁダメだ。何も考えられなくなってきた。


 そのまま棒立ちの状態で見上げる事しか出来ない。

 皆からの視線に気が散って考えがまとまらない―――どうしよ。


「レントォォォォ!!!頑張れーーーー!!!」


 突然の大声に目を向けたらそこにはクシェルが大きく手を振っていた。

 周りの視線は一気にそちらへと流れて思い直す時間が得られた。


 そうだよ。いちいち周りの視線を気にして戦ったら勝てるものも勝てない…誰に見られた所で関係ないじゃないか!


 多分遠目からでも僕が緊張して身体が強張っている事を見抜いたんだろう。訓練中も思ってたけどクシェルは多分、僕よりも戦い慣れてる。そしてわざわざ大衆の面前で目立ってまで固まってしまった僕を励ましてくれた。


 これはもう友達では収まらない…僕を導いてくれる『師匠』と呼ぶべき存在だ。帰ったら師匠と呼ぼう。


 気が付けば身体の余計な力が取れていた。クシェルはもうすっかり身を潜めるように座って見えなくなってしまったがきっと今も見守ってくれていると思うと安心感がある。このためにわざわざ声をかけてくれたんだと思うと感謝が絶えない。隠し事をして嫌われてもおかしくないと思っていたのに…本当に出会えて良かった。何か恩返しがしたいが今の僕はその段階ですらない。


 恩返しをするにはまずは目の前の邪魔な敵を倒す必要がある。

 もう怖くない。試合は残っていないから余分な力は残さなくてもいい。ただ全力を尽くすだけだ。


 僕の心は晴れて閉じ切った視界は広く鮮明になった。

 重りのようなプレッシャーも消えて勝ちへの拘りを捨て勝つための覚悟を胸に宿す。僕は今日一番の最高の状態だと自分で分かる。


「行こう!」


 さっきの重たい身体はどこへ行ったのか。予想以上の軽い足取りに思わず浮いてしまいそうな錯覚を覚えながらステージ中央部の開始地点へと移動した。


 目の前には僕よりも体積が1.5倍ぐらいありそうな大男。筋肉も大きく膨らんでいて鍛えているのが良く分かる。


 これで何で僕のような人達とばかり戦っているのか分からない。まぁ今は関係無いか。試合に集中しよう。


『ステージをします。両者動かないでください。』


 これから30分後には勝敗と共に僕の運命も決まる。不思議な気分だ。今の僕は何もしていないのに30分後には何もかもが決まっているなんて。

 30分なんて朝起きてちょっとダラダラして朝食食べたり支度を整えたらあっという間に過ぎ去るほど短いのに今から始まる30分は僕のこれからを分ける重要な30分だ。


 ステージが構築されていく。

 場所は砂漠。これは…中々にまずい事になった。


 1試合目の草原や2試合目の荒野は地面が硬く移動が阻害されるようなステージじゃなかったけど砂漠は地面が砂によって足を取られてしまう特殊ステージ。


 折角の機動力の差がかなり埋まってしまった。こんな事ってある…?


 でも嘆いてもしょうがない。これぐらいの不運が無ければ本当の意味でオーウェンに勝ったと言えないと前向きに捉えよう。


「よくあいつらを倒せたな。」


 話しかけられるだけで今までのトラウマが蘇り身が竦みそうになるが、それを誤魔化すように強気に返す。


「なんだ?怖くなったか?」

「は?くだらない挑発だな。俺からすればあいつらのポイントを俺に寄越してくれるんだから感謝してるんだぜ?」


 まるでもう勝ったような発言だが今の僕には分かる。こいつは油断してない。

 眼から絶対に勝つという本気が伺える。今まで見下されるだけでこんなにも真っ直ぐ見られた事は無かった。少しは僕も警戒されるだけの実力があると思って貰えたらしい。


「ふん、この試合が終わったら先輩って呼ばせて貰うよ。」


 僕はこの試合に勝って虐められる対象から出て行き対等に生きるという意味を込めてちょっと回りくどい言葉を使ってみたが、どうやら伝わってくれたらしい。


 見るからに不機嫌そうに睨みつけてきて顔は怖いがそれだけだ。今の僕からしたらただ顔で脅すだけしか出来ないのかと嘲笑うぐらいの事は出来る。…しないけど。


『それでは試合を開始します。5. 4. 3. 2. 1…』


 さぁ始めよう。前に進むために!


『始め。』


「『来い!我が愛機【ブラッディホロウ】!』」

「『【デストロイ】装着』!」


 相変わらず僕が考えたカッコいい叫びと共にクシェルが整備してくれたブラッディホロウが僕の身体を包んでくれる。

 見た目は若干ダサくなってしまったけど勝つために犠牲は伴うものだ。


 そしてオーウェンの使う【デストロイ】も相変わらず風貌だけでもパワーがあると分かる。


 筋肉のように膨れ上がった湾曲のシルエットの赤いパーツに右手に持つ斧は凶悪な形をしており巨大な刃が剥きだしになっている。

 持ち手が太く魔導機装を乗っていても重たいはずのその斧をオーウェンは余裕で持っている。生身の鍛えた肉体とパワー型の魔導機装あってこそ為せる学園でもかなり珍しい武器。


 これをどうにかしないとそもそも攻撃が入らない。

 迂闊に攻撃して反撃に遭い一撃で戦意喪失なんて事になったらまずい。


 剣を中断に構えて様子を見る。対してオーウェンは何も構えないで斧を右手に持って自然体の状態。

 今まではこの状態から適当に斧を振るわれるだけでガードしても吹き飛ばされてすぐに敗退していたけど今度ばかりはそうはいかない。


「そんなにビクビクしてるならこっちから行くぞ?」


 僕が警戒しているとオーウェンが話しかけてきて、その後一気に距離を詰めてきた。

 その予想以上の速度に僕は驚愕を隠せなかった。


 えっ⁉なんでこんなに速いの!?足は砂で力が入りずらいから動きは鈍るしそもそも、【デストロイ】にこんなスピードは無いはずなのに!


 そう思った所で速度が減る訳じゃない。

 すぐに間合いに入って来たオーウェンは斧を右手に持ったまま大きく身体を捻り、横へと振り回した。


 その狙いは僕の鎖骨辺りで一目見るだけで今までとは比べ物にならない威力があると分かる。これを食らったら絶対にこの勝負負ける…。

 かと言って油断していて身体が弛緩している今からでは動作の大きい避ける事や流す事は間に合わない。だとしたら後はガードするしかない。


 急いで守りの形を取り左から来る攻撃に備える。

 そして斧と剣がぶつかった衝撃で下が砂だった事もあり僕は1M近く飛ばされたが足が砂に埋もれながらも倒れる事無く受けきる事に成功した。


「ほぉ。あいつらを倒しただけあって成長はしたみたいだなぁ。」


 オーウェンは見直したからか僕を相手に初めて構えを取った。斧を右手に持ち腰の下に下げいつでも斧を振れるように構えながらまだまだ余裕の様子。だが僕の方はそうも言ってられなかった。意地で受けたはいいが結果は手はビリビリと痺れて足もかなりの力を入れたせいで、たった一撃で少なくない体力を持っていかれた。


 次からは避けないと駄目だな…。


 これを何度も防いでいたら腕も足も攻撃する前に力尽きてチャンスが無くなってしまう。攻撃は警戒していれば避けられない速度では無かったし大丈夫だ。


 ただ一つだけ問題が残ってる。

 あの速度は一体どこから来たんだ?今まであんなにも速く動いた所なんて見たこと無かったし出来るとも聞いた事が無い。

 今はまだ攻めるのではなく様子を見た方が絶対に良い。少なくともあのスピードの謎が分かるまでは…。


「こんなものか?」

「なんだ、挑発のつもりか?いいぞ?乗ってやるよ。」


 そうだ。せめてあと一度は見たい。

 元々相手の機動力の無さを突くつもりだったのに、僕が動きにくい砂地ステージで更には何故かオーウェンには機動力が備わっている。そのせいで事前に考えていた作戦は全て意味を為さなくなった。

 今からの作戦を組み立てるにはもう一度見てスピードの秘密を見付けないと難しい。


 挑発に乗りここで今まで一度も見たことが無いオーウェンが武器を構える姿を見た。

 腰を少しだけ落としてさっきの攻撃の始まりの動作と同じように斧を横に回して居合のようにいつでも振れる準備をしている。


 いよいよ本気で勝ちに来た。一切の容赦も無く僕を倒そうと。

 そしてもう一度、先程のように距離を詰めてきた。


 見えた!


 僕の目が捉えたのはオーウェンのレッグパーツの後ろから出ている何かを噴出しているパーツ。あれは【ジェットパーツ】という魔導機装の強化アウトパーツの一種。


 魔導機装は魔力を動力にしているため戦闘中に魔術を使う事は殆ど無い。もし使えば一気に魔力が減って魔導機装自体の活動時間や魔力障壁のための魔力が無くなって元も子も無いからだ。


 そのために開発されたのがアウトパーツ。魔導具と似て決められた効果しか発動しない代わりに非常に魔力効率が良く、魔術を使えない魔導機装士にとって個々の強みをより活かす事の出来る重要なパーツだ。

 それに魔術を覚える手間も要らないのも大きい。


 ジェットパーツはその名前の通り魔力を通すと魔力を風に変換して噴出し推進力にしてくれる機能がある。機動力の低い【デストロイ】とは相性がいい。


 だけどこの一週間で特急で付けたとは思えないし恐らくずっと付けていたけど使うまでも無かったのだろう。だけど今は開幕早々使っている。

 つまりオーウェンは既に僕を相当警戒しているという事だ。凄く嬉しいけど、その分油断も無いだろうから喜べる状況じゃない。


 1M近い距離を瞬きの間に詰められたが今度は準備していたので直ぐに反応し後方へ跳んでオーウェンの繰り出す斧を避ける事に成功した。

 しかしオーウェンは呼んでいたのかもう一度ジェットパーツから推進力を得て距離を詰めてきた。しかも間髪おかずに斧を反対にして左から右へと薙ぎ払うように。


「くぅっ!」


 ジェットパーツを手足のように使っている。本当はこんな戦い方をする人なんだ。

 だけど負けていられない。


 避けた直後で体勢が悪く避ける事は出来なさそうだから腰は落とせず腕だけで斧に対して剣を間に割り込ませる。


「はっ、馬鹿が。」


 オーウェンが守ろうとする僕を見て馬鹿にしたけど何で馬鹿にしたのかはすぐに分かった。今の僕は跳んでいるせいで足が少し浮いていて攻撃には出られない。

 そのためオーウェンは今まで以上に溜めを入れ斧を振った。


 その影響で攻撃の威力は上がり剣で斧による攻撃を受け止めた瞬間に僕の浮いていた身体は大きく吹き飛ばされてしまった。

 目の前が光の線しか見えなくなったかと思うと腹部が地面とぶつかりそのまま勢いで砂地の上をゴロゴロと転がる。


「うっ!…ふぅ!」


 しかし思ったよりもダメージは少ない。浮いていたから衝撃が逃げ、腕と脚の負担は減ったのかも。


 今度は僕の番と急いで立ち上がろうと思ったその時…既に目の前には斧を構えていたオーウェンが立っていた。

 僕が吹っ飛ばされていた間に追撃のために距離を詰めて来ていたのだろう。


 僕はまだ両手両膝を地面について今までで一番の良くない体勢。防御も避けるのも間に合わない…!まずい…!今これを受けたらやられてしまう!どうする⁉

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