第12話
今か今かと待っているとアナウンスがようやく流れた。
観客席の生徒の数は少なくなっている。それだけこの試合はあまり注目されていないのだろう。とすればさっきの3年生よりも格下であると予想されるが真偽は分からないので自分が戦う訳でも無いのにクシェルの身体は緊張しっぱなしだ。
『次の試合が始まります。3年生マオニ・ガメール VS 1年生レント・ヴィクエル。』
アナウンスが鳴って左右から先ほどの試合と同様に左右から二人の生徒が登場する。
レントともう一人はマオニというこれまた派手な金髪の3年生。恐らく地毛では無いだろう。
その時レントが魔導機装を装着していない事に疑問を感じるクシェル。
「あれ?レントなんで脱いでるんだ…?」
「あ~それはですね。試合で魔導機装は開始と同時に魔粒子化状態から装着しろというルールがあるんですよ。」
説明が入ってもあまり納得しないクシェルは顎に手を当てて横のフィヨナを見る。
「え、じゃあ連戦だと不利じゃないですか。何でですか。」
「何でって『映え』ですよ『映え』!」
フィヨナが当然のように語る。
「映え…。」
「表向きは相手の魔導機装の情報を直前まで読めなくして突発的な戦闘にも対処する技術とかそんな事言ってますけど。僕からしたら戦闘開始と同時に互いが魔導機装を装着する……これが溜まらないんですよぉぉ!」
「なるほど…。」
全然なるほどとは思っていないがルールとしてあるんであれば従うのが筋であるため受け入れた。
ただそうなると余計にレントの方が不利だ、何せ魔粒子化での着脱には魔力が必要になる。果たして勝てるのかと心配になりながら見守る事しかクシェルには出来なかった。
(もうこうなったら勝つのを祈るしかない…。勝手な事やったんだから負けんじゃないぞ…!)
『ステージを構成します。両者動かないでください。』
アナウンスが流れて今度はどうやらどこぞの西部劇を思わせる乾燥地帯。
雰囲気作りのため見た目こそ変わっているがこれまた平坦なため特に普通に戦うのと変わらないだろう。
レントはさっきの試合よりも若干目が虚ろだが雰囲気から集中できているのが遠くからでも見て取れる。
しかし対する相手は何か面倒臭そうにしている。注意は散漫して色んな所を見て気が散っていてとても真面目に試合をする様子では無い。
(隙を見せて油断を誘ってるのか…?気を付けろよレント。)
どんな相手であっても余裕をかましていれば足元を掬われる。
この次も勝つにはさっきの試合以上に集中しなければならない。
そんなレントの心配が運命に通じたのか、レントの勇気が奇跡を手繰り寄せたのか。
この試合は僅か2分で決着する事になる。
『それでは試合を開始します。5. 4. 3. 2. 1…始め。』
試合が始まり両者はワードを宣言する事で魔導機装を装着する。
レントの魔導機装は既に見ているが問題は相手。橙色を基調とし、スリムというよりは【スケイル】程では無いにしても重たい装甲が乗っかっている。
そして手には棍を持っていた。
その真ん中部分を利き腕の右手で持ち堂々とした立ち姿でレントを見ている。
「棍はちょっと面倒ですね。」
「そうなんですか?盾が無い分攻撃が通りやすそうですが。」
「棍は他の武器には無い特徴があって、どこでも持つ事が出来るんですよ。長く持てば距離を稼げるし短く持てば手数を増やせる…。ですから使い手の技量次第で決まる対応力の高い武器なんです。…だからもし実力を隠していたら厳しいって感じですね。」
「……それは心配要らないと思いますよ。」
隣に座るフィヨナを見るとやけに自信満々にお菓子を食べている。
(太らないのかなこれだけ食べて。)
とその下の袋に溜まったお菓子袋の残骸を目にして羨ましいと思うクシェル。
その間に闘技場ではスタートしてからずっと見合っていた二人だったが、痺れを切らしたレントの方が先に動いた。
「っ!」
狙ったのはマオニという名前の3年生の左肩。
だが1試合目と比べて狙いが雑過ぎる。教えたはずの攻めの形と違い腰を落としていないし振りも大きすぎる。
威力もなければ軌道も一目瞭然で当たる訳が無い。
(おいおい!もう集中力切れたか!?)
クシェルの心配通りマオニは楽々と左手の甲にある魔導機装の装甲でガードする。
そして煽るように余裕の笑みを浮かべた。
しかしその隙を狙いすぐさま剣を再び振り上げ逆方向の、しかも右手の指の部分に照準を合わせる。
余裕をかましていたマオニは反応出来ず、レントの狙いは少しずれてしまい手首になってしまったが今度は腰をしっかりと落とし教えられた通りのフォームで重たい一撃を浴びせる事に成功した。
「いっでぇぇぇ!!!」
実際は痛く無いが魔力障壁の特性で痛みは無くても衝撃は残り、意識外から弱点を狙われて身体が反射的に収縮してしまった事で手放すべきでなかった武器をマオニは呆気なく手放してしまった。
地面にカランコロン...と乾いた音が響くと同時にマオニは自分が絶望的な状況に立たされている事を遅すぎながらも知った。
「あっ、やっば!」
しかし男はそれでも危機感が足りずにいた。顔を未だにニヤケさせながらまだ巻き返せるだろうと今度は拳を握るがそれではもう遅すぎる。
相手を見下してきたツケを支払う時がやって来た。
「っ!…っ!このっ!」
マオニにはもうただ両腕で攻撃を防ぐ事しか出来ない。
魔力障壁が発動しない腕の装甲部分で防御するが何度も受けていれば次第に耐えきれなくなり腕が下がって来る。
「お、おいマジになんなよw、武器ぐらい取らせろってw。」
マオニの言葉に耳を貸さずレントはただ今までの恨みも込めてもう形もへったくれもなく無心で剣を振り下ろす。
マオニに拳法が無い事は知っているからこそ為せる強引な攻撃だ。
それでもいつかは崩して何をしても攻撃が入るようになるだろう。
「ひぃぃ!ちょ待ってって!」
マオニはようやく自分が負けそうだと理解するとジリ貧の状態から逃げるように背を向けた。
その無様な背中に剣を入れるとそのまま地面に叩きつけられ、魔力障壁が発動する。
そして身を守るために背を丸めて蹲るがそれは最大限の悪手。どうぞ攻撃してくださいと言わんばかりの無防備な背中をレントはガニ股になり位置を固定すると剣を握りしめて攻撃する。
これでは斬撃というよりも殴打だ。それでも十分効果はあった。
グングンと減っていく魔力残量を見て恐怖を感じたマオニはすぐに諦めた。
「止まっ…分かった降参!降参でいいよじゃあ!おら止めろや!」
『勝者 1年生レント・ヴィクエル』
アナウンスが鳴ってレントは手を止める。
試合は短時間で終わったおかげで攻撃一辺倒でも魔力は殆ど使っていない。
しかし勝つためにかなりの体力を使ってしまった。
「はぁはぁ。」
「はぁ…はぁ…。」
マオニの方も身体をずっと強張らせたからか息があがっておりゆっくりと立ち上がると余裕が無さそうに半目の状態で振り向いてレントを見る。
「お。お前…これで勝ったと思うなよ…?はぁはぁ。見てみろよ自分の疲れた姿……そんなんであいつに勝てると思ってんの?…はぁ、俺はお前をそうやって疲れさせるのが狙いだったんだよ。分かる?作戦なのこれ。そのままやられて死んでくたばれや雑ー魚っ!けっ!」
マオニは負け惜しみを散々吐いたかと思えば最後に中指を立てて出入口へと去っていく。
「なんだと!おい!負けた癖に偉そうにするか!何回でも殴ってやるぞ!」
『試合決着後の攻撃は違反となります。ご注意ください。』
マオニの言葉に怒り声を荒げるがアナウンスの言葉に我を取り戻したレントは、これ以上余計な体力を使うのを嫌い渋々自身も控室へと戻りにいった。
「…なんだか早く終わりましたね。」
もっと長引くと思ったのか、まだ残っているお菓子に手をつけながらフィヨナは話す。その言葉に対してクシェルも目を丸くしながら同意した。
「そうですね…。レント最初から狙ってたっぽいですね。腰は入れずに狙いから意識を逸らさせて、空いた利き腕を狙って武器を落させる…。考えてますよちゃんと。こういう釣りあいの取れるリスクを選べるのは強いです。」
上から目線では無く本当にクシェルは心の底から感心した。
3連戦を聞いていないクシェルは当然こんな戦い方のアドバイスはしていない。
戦い方というのは考え方などを教えられはしても実際に経験してみなければ身に着かないものだ。
それを戦いの最中か事前にイメージトレーニングをしていたかはどちらでも良く、戦いに勝つために創意工夫する姿勢そのものが簡単に出来る事では無い。
大抵の人は自分の持っている技量や身体能力の強みを押し付けてどっちの矛がより鋭いかという勝負が多い中、自分よりも強い相手にどう勝つかという考えは実にレントらしい。
(レント結構センスあるな。…それとも剣術は駄目でも戦いの経験があるのか?)
あり得ない話では無い。
この学園に入るには少なくとも普通に戦える以上の何かを持っていなければ高い競争を生き残れない。
そんな事を考えているとフィヨナが話を始めた。
「それが無くても勝ってたとは思いますけど。あの先輩って弱い物虐めで有名で調子に乗ってる時は強いんですけど、ちょっとでも負けそうになるとすぐ降参するんですよ。」
「えぇ…。そんな濁った人間この世にいるんですか。」
「目を開けるだけでそこにいるじゃないですか。」
目線の先にはフィヨナの言っていた人物像通りの人が大股で歩いて去っていく後ろ姿が。
確かにいるなとクシェルは思った。
「問題は次ですよ…。さっきの二人とはちょっと違うんですよね。」
フィヨナが言っている人は前にレントが虐められていた時にいた、二人を顎のように使っていた身体の厳つい男。クシェルも一度見たことがあるが、他の二人と比べれば筋肉だけは鍛えているように感じられた。
さっきの二人は完全に堕落していたがリーダー格なだけあって手強い相手だろうと考えるクシェルは連戦というのもあってちょっと負けそうだなと弱気な事を思ってしまう。
「強いんですか?」
詳しい話を聞こうとフィヨナに尋ねる。
「聞いた話では1年生の頃は期待されてたそうですよ。他の二人同様に僕が入学した頃にはもう格下とばっかり戦ってますが。本来はもっと上を目指せるんじゃないかなぁって僕は思いますね、戦ってる所を見てると。」
「なるほどぉ…。」
聞く限りだとそこまで強そうには聞こえないが、一目見た時の印象からそんな簡単には勝たせて貰えないだろうと思う。
一戦目ならまだしも三連戦もしたら魔力も体力も大事だがそれ以上に集中力が持たない。
神経の糸を張った状態で待機しないといけないため1試合に30分使うため次の試合までに1時間ずっと集中しっぱなしの状態から更に長ければ20分の試合を行わなければならないのは今のレントには辛すぎる。
(止めたいけど無理だよなぁ…。それに実際流れはいいから上手くいけば二度とちょっかいを掛けられなくて済むし…。信じるしかないかぁ…。)
「はぁぁぁ。なんで俺がこんな心配しなきゃ…。」
「アハハハ!」
不安で顔を両手で覆っていると隣でフィヨナに笑われる。
自分でも隣にこんな気にし過ぎな人がいれば笑ってしまうだろうと思うのでクシェルは何も言わなかった
―――――
試合が早く終わってしまったため、長い長い待ち時間があった。
動じずゆっくりと次の試合を待つフィヨナの隣でクシェルは顔を上に上げたり、今度は下に下げては唸ったり、立ち上がったかと思えば座り直したかと思えば立ち上がったりを繰り返したり。
傍から見たら挙動不審の異常者にも見える行動を取りながら待っていると段々と観客席にいる生徒の数が増えている事に気付く。
「あれ、なんか多くないですか?」
気になって先輩であり自分よりも知識のあるフィヨナに聞いてみると丁度斜め後ろに数席開けた所に座っていた二人組の女子生徒のヒソヒソ話が聞こえてきたので盗見聞きしてみる。
「3連戦だって。」「2連勝中でしょ?しかも自分よりも順位上の上級生相手に。」「面白そ~!」
と何故こんなにも人が集まっているのか理解出来た。
それについて耳打ちでフィヨナに話す。
「3連戦って珍しいんですかねやっぱり。」
「普通はしないですよ。成績のためにも万全の態勢で臨むのが当たり前ですから。これだけ人がいるのも中々見られるものじゃないからだと思いますよ。3連勝の期待もあるでしょうし。」
フィヨナの言う通りこの会場で次の試合を観戦しようとしている生徒の多くは、3連勝という自分達ではやらない事をやろうとしている人を見るために集まっていた。
二人はずっとここにいたため知る由は無いが、現在いる多くの生徒はずっと負けたままだった1年生が3年生相手に3連戦を挑み、そして今2連勝中だというのが闘技場の外の口コミで広まった事でそこそこの生徒が興味本位からこの闘技場に足を運んでいた。
観戦者の規模だけでいえば上位1000位の生徒同士が戦うレベルまで集まってしまっている。
「これで緊張しなければいいんですけどねぇレント。」
「しますよ多分。僕ならします。クシェル君の方が詳しいでしょう?そこは。」
「…悔しい事にしますね、絶対。レントは周囲の目を気にし過ぎる所がありますから。………不安だ。」
クシェルの中では【はい】or【YES】の2択ぐらいレントがこの観客の数で緊張すると断定していた。しないが賭けてもいいぐらいには自信を持っている。
だが出来ればその自信は合って欲しくないという複雑な気持ちがクシェルの心だった。
『次の試合が始まります。3年生オーウェン・プライス VS 1年生レント・ヴィクエル。』
オーウェンという生徒はまるで獅子のようにのっそのっそとゆっくり堂々とステージの中央へと移動する。
だがクシェルが気になるのはレントの方だった。
もしかしたら集中のし過ぎで周囲からの視線や声が入って来なかったらいいなぁという淡い期待を抱いていたが……レントは入った瞬間その足を止めて顔を見上げ、そして目の焦点が合っていないのが遠くからでも分かってしまった。
(あ、あいつやっぱり緊張してるーっ!)
緊張というのは戦いを左右する重要な要素だ。
適度な緊張は集中力を上げ所謂ゾーンという極限集中状態に入る事も出来る。
しかし緊張のし過ぎは思考を鈍らせ身体が強張り、しなさ過ぎもまた同様にポテンシャルを大きく下げてしまう。
そしてレントのは見るからに緊張のし過ぎによるパニック症状だった。
クシェルは一度、周りを見て人数の多さに怯えながらも言葉通り、椅子から立ち上がり大きく息を吸い込んだ。
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