第7話

 翌日。今日も太陽は燦燦と輝き、活気に満ちた生徒達を暖かな光で照らしている。


「邪魔するぞ。」


 昨日の約束を守るためにレントはB班の倉庫へとやって来たが、何故かやたらと偉そうな物言いをしている。


 普段は常にこうして威張ったり変に恰好付けた発言を繰り返すため近寄り難く、学校でまだ一人も友達が作れていない。

 しかしレントの中では昨日ようやく初めての友達が出来たという話になっており少しテンションが上がっていた。


「なんだ?邪魔するなら帰ってくれ。」


 そんな浮かれた気持ちは、たまたま近くにいた昨日ではまだ会っていないチャラそうな先輩を前に一瞬で吹き飛んだ。


「あっ、本当に邪魔をするつもりではっ。…そう、何故なら俺は闇に潜む影の隠者。」


 拒否された焦りでどう返せばいいか分からなかったレントは、またもや昔からの癖でポーズを決めて恰好付けて話してしまった。


 そのレントの予想外の反応にアランはテンパってしまう。


「えっ⁉唐突に何⁉この場合はえーっと…」

「こらー後輩を虐めるなー!」


 フレグスがアランとは反対の方向から姿を現した。

 その威圧感のある身体に自然と男としての敗北を身に刻む。


「違うんすよフレグス先輩!昨日読んでた【月刊パフェコミュ】でこういう話が出たら茶化した方が仲が良くなるっていうからジャストタイミングなんで試しただけで怖がらせるつもりは!」

「お前は見た目だけの真面目君なんだから慣れない事をするな。」

「嫌っすよ!学園生活も後2年で彼女ゼロなんすから!一回ぐらいはお付き合いしたいんす!」


【月刊パフェコミュ】というのは主にアランがモテるために毎月読んでいる、人との付き合いや上手な返しを鍛えるためのコミュ力を身に付けるための本の事。

 本当は恋愛指南書でも何でもないのだがアランは気付かずそれを愛読している。


 騒々しい二人を他所にマークがそっと、怯えてどうすればいいのか分からないレントに向かって話しかける。


「昨日の子だよね。クシェルは奥にいるから入って良いよ。」

「感謝するっ!」


 両脇で言い争う二人から逃げるようにレントは奥の方へと駆けていく。

 そこには新品同様にコーティングされた愛機の面影だけが残る魔導機装と、その傍で眠りこけている友達…とレントが思っているクシェル。


「ちょっと…小さくなったな。」

「…何、感傷に浸ってる感出してるんだよ。」


 床に整列されている、姿は変われども間違いなく自分の魔導機装を眺めて恰好付けて呟いていると、眠っていたと思っていたクシェルの身体がむくりと起き上がる。


「生きてたのか!」


 レントからのリアクションに心底面倒臭いと顔を歪ませるクシェル。


「……その中二病っていうの、今だけはやめて。頭痛いから。あぁ…ここで寝るの初めてだけど全身が痛い…。」

「あっ、ごめん…無理させちゃって…僕のために。」


 起き上がり身体を動かして凝りを解すと落ち込むレントの肩に手を乗せる。


「あと六日。勝つために頑張るぞ。」

「っ!おう、任せとけ!」


 魔導機装の件から鵜呑み出来ないであろうその言葉を信じて、クシェルも自分の出来る限りの手伝いをしようと決心する。


「じゃあお前の身体に合わせるから一度着てくれ。」

「うん…。『装着アームド』!」

「……。」


 包帯のある右手を上に掲げて、かなり特徴的なキーワードが出てきた。


 今までだったら何か言っていたかもしれないが、もうクシェルはレントの奇行を見ても無視を決め込む事にする。反応しても疲れるからだった。


 レントは装着した魔導機装を見て少し物憂げな表情を浮かべる。


「やっぱり色々と無くなってるね…。」

「悪いけどやっぱりあの無駄な飾りは戦いには邪魔だから我慢して。」

「うん、マントが残ってるだけ嬉しいから。」


 クシェルには魔導機装を一日で変形させるだけの技術力は無く、接着が雑で殆どただの重りだった装甲を外し他の邪魔になる物も取っては削ってを繰り返し……マント以外は元となった【スケイル】の形そのままにしている。


「それとOSパックの内部システムが結構古くてアップデート出来たからしたけど、何でしてなかったの?」

「……コンピューターにあまり詳しくないから…。」


 何やら言い淀むレントを見て、クシェルは一歩身を引いた。


「…そっか。これからは定期的に俺のとこ来てよ。三か月に1回とかでさ。」

「うん、ありがと!」


(素が出せれば絶対友達出来るのに…まぁ俺が土足で踏み入るべきじゃないか。)


「じゃあ今から調整していくから何かあったら言ってくれ。」


 そうしてセオリー通りにまずはOSパックに端子を繋いでコンピューターを通じ内部から各パーツを身体に合わせる。

 普段からしている事なので、昨日と比べれば屁でも無い作業だ。


「これでどう?」

「いい感じかも。やっぱり違うんだねぇ。」


 かなり大幅に装着部のサイズを変えたため、以前はかなりブカブカだったのが分かる。

 それが何故なのか色々と疑問は浮かぶが敢えて口にはしない。


 次に個別のパーツを動きに合わせるためにより細かい調整をしていく工程に入る。


 しかしレントが扱う二刀流というのはかなり希少レアな武術だ。

 勝手が分からない以上、レントの言葉を聞いて慎重に調整しなければならないだろう。


 だがその前に一つ、聞いておかなければならない事を思いだした。


「…まさか二刀流もカッコいいからって理由じゃないよな?」

「………ハハ!」


 そのまさかだった。


 レントは誤魔化して笑うが、こればかりは冗談が過ぎる。


 魔導機装は調整さえすれば良いが、武術は一朝一夕でどうにかなる話じゃない。

 毎日の積み重ね。コツコツと丁寧に自分という石を磨かなければ光り輝かない部類の物だ。


 ここに来て大きすぎる難関にぶち当たってしまった。


 クシェルは呆れたように大きく溜息を吐く。


「本当ならここにある性能の高いコンピューターである程度調整してから細かい所は演習場で…と思ってたけどこれじゃ埒が明かない。もう演習場に行くぞ。14番分かる?遠いけど。」

「14番…地図見れば分かるから…先行ってるぞ友よ!」


 レントは待ってましたとばかりにウキウキで魔導機装を装着したまま倉庫から飛び出して行ってしまった。


 大体の人は魔導機装を着てウロウロするのを恥ずかしがったり、無駄に魔力を消耗するのを防ぐために脱いで移動するがレントは気にしないようだ。


「まぁお前なら恥ずかしくないもんな。…俺も支度して行かないと。」


 出張用のバッグに荷物を詰めてクシェルも前に夜な夜な練習していた14番の演習場へと向かうのだった。





 14番演習場は演習場の中でも寮から遠いという特徴から予想通り数人程度しか人がおらず、かなり広々と使えそうだ。


 レントはもう両手に剣を握ってテンション高く、技の練習をしていた。

 謎の言葉を発しながら。


「『レイヴンクロー!』…『ゴーストディアルスラッシュ!』…『シャドウインパクト!』…」


 技名を叫んでいても、やっている事はただ剣を無意味に振り回しているだけに見える。


 止めたかったがクシェルは酷く話しかけづらかった。

 本当ならこういう人と関わり合いになりたくないのと、周りからレントが奇怪な目で見られているせいで同類と思われたくないからだ。


 それでも心を鋼にして話かけなければならない。


「やめろ。そんな取って付けた技名叫ぶの。ただ剣を振り回してるだけだろ。」

「…居ても立っても居られなくてな。」


 口調が例の中二病に戻っている事によって事情を理解する。


(あぁ。ずっとここに立ってたら恥ずかしくなって周りと同じようにやろうとしても全然出来なくて誤魔化すために技名叫んでたんだな。)


 クシェルのレントへの理解度が上昇した。


「もうちょっと見せてくれない?あ、技名無しで。」

「う、うむ。了承した…。」


 人前だからか口調が戻らないけれど今はその事に時間を費やしている場合ではない。


「はっ!やっ!」


 レントが二つの剣でダミー人形を攻撃する。


 ダミー人形は演習場に常設している魔導具で、主成分の水を人の形に作り、固さを調整する事も出来る。

 そして攻撃で欠けたとしても元々が水なので魔力さえあれば元に戻るため戦闘訓練の相手に最適の代物としてかなり重用されている。


 クシェルは一見、無秩序に剣を振り回しているように見えるレントの剣技に少し思う事があった。


(うーん、どっかで見た事があるんだよなぁ。)


 このままレントが今行っている動きに合わせて調整するのも良いが、一度その既視感が分かってからでも遅くは無いとジッと様子を見るクシェル。


 その時、レントが両手でクロスを描きながら斬る動作を見てその既視感がようやくわかった。


「あっ!なるほど、レント。」

「なんだ…ふぅ。」


 レントも疲れてきたようなので丁度タイミング良く休息も兼ねられる。


「お前、【グラル流剣術】齧ってるだろ!」

「…?ごめん、分からない。」

「あれ?」


 的が外れて思わずずっこけそうになる。


 おかしい。確かにグラル流剣術の剣筋だったと自分の見間違いだったのかと疑うが、その解答はすぐに得られた。


「家にあった剣のうんとかが書かれた本を読んでそれを真似したぐらいだから。」

「うんとか…。それがグラル流剣術の指南書だった可能性がある。」

「もしかしたらそうかも知れぬ。」


 分かってスッキリはしたが、それでも問題が解決したとは言えない。


(ようやく見覚えの正体が分かったけど、それでもド下手だな。…変だなぁ、魔装兵科の入学試験で実技があると思うんだけどどうやって通ったんだコイツ。何か隠してるんじゃ…。いや、本当に隠してるならこんなに悩んでないもんな。)


 相手の実力が如何ほどか分からない以上はこのレントのレベルを上げていく事に専念する以外に道のりは無く、剣術に少し覚えがあるならこの路線で行こうと考えるクシェル。


 その第一段階として二刀流を辞めさせる事にした。


「まずは二刀流は無しだな、はっきり言って見てられない。ごっこ遊びは卒業しよう。」


 反抗されるかと思っていたが、意外にもレントは素直に聞き入れる。


「…クシェルが言うなら従う。決めたんだ、逃げないって。」


 レントは剣の片方をクシェルへと差し出す。

 これは彼なりの決意表明なのかもしれない。


 クシェルそれを受け取ると、難なくバッグの横に立てかけた。


「でもどうするの?クシェル何だか詳しそうだけど技工科だよね?人に教えられるの?」

「このクシェル。腕には少し覚えがあるんだ。」

「…ほぉ?見せて貰おうかその腕とやらを。」


 レントのノリに合わせながら実際にクシェルは袖を捲って、その下に隠された今まで鍛えに鍛えてきた筋肉ががっしりと付いた二の腕を見せる。


「えぇぇぇ⁉何その筋肉⁉」

「これで分かって貰えたか?お前に教えられる物があるって。」


 わざとらしく上腕二頭筋に力を入れて主張させると、「おぉ。」とレントから感嘆の声が漏れた。


「なんでこんなに鍛えて魔装兵科じゃなくて技工科に入ったの?」

「…成り行きだよ、気にすんな。」

「…そっか。ごめん。」


 別に聞かれても普通に答えれば良いと分かっていたはずなのに、クシェルはつい反射的に距離を取ってしまった。

 その事で少し落ち込んでしまったレントに「何で謝るんだよ。」とクシェルが笑って返す。


 何だか重たい雰囲気になってしまったので、クシェルは雰囲気を変えるために立てかけていた剣を手に取る。


「よっし!まずはかたを覚えて貰おうかな。といっても6日しかないから3種類だけだ。」


 レントの方も同じく重たい空気にしないためにもすぐに切り替えた。


「3種類でいいの?」

「駄目だけど中途半端じゃ実戦で使えないからな。攻めと守りと流しから、それぞれ色んな形がある中の一つずつ。」

「よろしくお願いします!」


 両手の拳を腰の位置まで持っていき気合を入れるレントの前で、クシェルはまず一つ目の形を取った。


 普通に立っている状態から左足を前に出しながら剣を顔の高さまで上げ、腰を沈めてその身体の連動を利用して真っ直ぐにゆっくりと振り下ろす。


「これが攻めの形ね。」

「…なんか普通。」

「基礎も出来てないのに文句言うな。単純な動きだけど身体全体を使ってるから威力がある。隙も大きいけど、それは相手のレベルの低さを祈るしかない。…そういえば戦う相手の武器は?」

「えっと…、右手には剣、左手には丸い盾持ってる。次に戦うのはその人。」


 クシェルにはあの3人の内の誰の事を言っているのか分からない。名前も知らない。というより知る必要も無い。

 六日後には完全に縁が途切れる相手だから。


「じゃあ大丈夫か。」

「そうなの?何度も戦ったけど、全部盾に防がれてその間に攻撃されて魔力切れで終わっちゃうんだけど…。」


 彼等の脅しは負けを強要している訳では無く、ただレントに戦いを申請して貰っているだけ。その内に何度もレントは勝つために戦ってきたが一度も勝てた試しは無かった。


「不安か?」

「うぅん、少なくとも今はクシェルのおかげで怖くないよ。」


 普通なら心が折れてもおかしくないのにレントの目はまだまだ死んでいなかった。


「嬉しい事を言ってくれたご褒美に、もし頑張ったらの先を見せてやろっか。」


 言っている意味が良く分かっていないレントの前を歩き、ダミー人形の前に立つ。


「見てろよ。」

「相分かった。」


 見てろよと言われて何が起こるか分からなくても一瞬もクシェルから目を逸らさなかった。


 そのはずだったのに、気が付けばクシェルはさっき教えたばかりの形の最後を取っており、剣は既に振り下ろされダミー人形が真っ二つに両断されていた…。

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