第6話

 殴り合いにならずに済んだのは良いが…問題は未だ悔しそうに泣いている生徒の方だ。


 どう声をかければいいのか分からない。

 いや、声をかけない方が良いのかもしれないとクシェルはその場から立ち去ろうとすると後ろから「待ってくれ!」と声が聞こえてきた。


 他に生徒がいるはずも無く、当然声をかけてきたのは先ほどの虐められていた一年生。


 髪を掴まれていたせいでぼさぼさのブラウンヘア。あまり特徴は少ないが、何故か右手には包帯を巻いていた。


「頼む…助けてくれっ!」


 うつ伏せのまま、頭を地面に叩きつけても構わないという勢いで頭を下げられる。


 そうまでして懇願されては断る事は出来ない。


 助けてくれというのがどういう意味を指しているのか分からなかったが、事情を聞くにはここは開放的過ぎる。

 仕方なく朝食を取る事を諦めてB班の倉庫にその一年生を連れていく事にした。





 行く途中にあった時計塔を見ると朝6時。

 倉庫に着くと既にマークがコンピューターと睨めっこしていた。


「あれ?おはよう、今日は早いね。」

「えぇ、まぁ。」


 いつでもいる先輩に対して(マーク先輩倉庫で寝泊まりでもしてるのか?)とクシェルは心配になる。


「後ろのはお客さん?ってボロボロじゃないか、先に治療室に行った方が。」

「気にしないでください、こんぐらい何ともないんで。」


 クシェルが何か言おうとする前に先に言われてしまったため、クシェルも頷く事しか出来ず、マークも「そ、そう?」と勢いに負けて受け入れた。


「とにかく俺がいつもいる場所に行きましょうか。」

「敬語は止めてくれ。虫唾が走る。」

「わ、分かった…。」


 痛みが引いたためか、移動中から段々と態度が太々しくなったように感じる。

 しかしそれでも、ここまで来た以上はもう後には引けない。


 いつもの椅子に座って取り合えず話を聞いてみる。


「それで?何であんな先輩とつるんでたんだ?」

「別に…。」


 1年生はその質問に対して僅かな言葉と目線を下に隠した。


(え、それだけ?いやいや、言ってくれないとこっちは何も分からないんだけど。)


 助けてくれと頼んだのが目の前の生徒のはずなのに、何故かこっちから聞きに行かなければならない事に不満に思いながらも仕方なく自ら会話を主導する。


「取り合えず名前聞いても良い?俺はクシェル・カーティア。技工科B班のこの倉庫に普段いる。」

「……レント・ヴィクエル。…初めに言っておく、俺は中二病…だ。」

「中二病?どこか悪いの?」

「うぅ…あぁ。いや、えっと…。」

「まぁ、ゆっくり話してくれていいよ。朝だから誰も来ないし。」


 レントは時折、変な事を言っては思い直して普通に話始めたりを繰り返して、ようやく大体の話を掴めた。


「へぇ。つい恰好付けて話しちゃうんだ。」

「う、うん…。小さい頃からずっと一人で遊んでて、本のキャラのごっこ遊びとかしてたらつい恰好付けて話すように…。そ、それでっ、いざ友達っ、づぐろうどじだらっ…」

「あぁあぁ、落ち着いて。ほらティッシュ。」

「ありがど…。」


 レントが途中で泣き出してしまったため、本来は汚れを取るためのティッシュを数枚取って手渡す。


(最初はなんだこいつと思ったけど、色々大変だったんだなぁ。)


 ティッシュを受け取るとレントは思いっきり鼻をかんで、傍にあったゴミ箱に捨てる。


「それで地元で友達が出来なくて、魔導機装が好きだったから親に頼んで入れて貰って今度はって思ったんだけど…結局、中二病は変えられなくて。そしたらあの先輩達に目をつけられたんだ…。」

「都合良く利用されたと…。」

「うん…。」


 何故、あの先輩3人から目を付けられているのかは理解出来た。

 次はどう利用されようとしているのかだ。


「その、【ランキング戦】っていうのが分からないんだけど。」

「技工科には馴染みが無いかもしれないけど、僕達が卒業する頃にはそのランキング戦っていう一対一の勝敗で変動するポイントの合計【順位】によってんだ。」

「なんか聞いた事があるな…。」


 まだクシェルが魔装兵科を志していた幼い頃に一度見た事がある内容が薄っすらと記憶から浮かんで来た。


「それであの先輩達は自分の順位を上げるためにレントに試合を強引に申し込んだ訳か?」

「うぅん、ちょっと違う。ランキング戦には色々とルールがあって、その中には【下級生へ対戦を申し込んではいけない】ってのがあるんだ。」

「…あぁ!」


 クシェルは合点がいった。


 レントの逆を言えば下級生から対戦を申し込めば、何の問題も無いという意味に繋がる。

 だからこそ、あの野蛮な3人はレントに強引に自分達に対戦を申し込まさせて、そしてポイントを奪おうとしたのだろう。


「といっても、もう僕は順位が結構下がってるし勝ってもあまりポイントが増えないはずなのに、まだ僕から搾り取ろうとしてくるんだあいつら。」


 レントは悔しそうに歯を強く噛み締める。


「今のレントの順位は?」

「…5815位。」

「…もしかして最下位?」

「違う!僕の下にも3人いる!最下位では無い!」

「他にもレントみたいな奴が最低でも3人いるって事か。」

「……本来こんなに頻繁に試合をするようなもんじゃないんだ。なのに入学式の初日に目を付けられてから殆ど毎日試合させられて…。」

「あの先輩達の順位は?」

「…確か一番高い奴で4500位ぐらいだったはず。」


(順位としては下の中辺り。いや、3年生って点を踏まえれば成績はもっと低いな。そりゃあ躍起にもなるか。)


 1年生の4500位と3年生の4500位では重みが違う。

 いくら【国立魔導機装専門養成学園】という超名門の学校を卒業したからと言って、順位が低ければ実力も足りない怠け者として判断されて有望な就職先は得られない。


「勝てない?」

「か、勝てる訳ないだろ⁉相手は3年だよ!」

「だけど俺を頼ったって事は…違うだろ?」

「…そりゃあ、あの時はとにかく悔しかったから言ったけど…、でも1年と3年とじゃ純粋な【魔力量】で勝負にならないよ…。」


 魔導機装は魔力で動いている。

 それは攻撃をする際にも影響してくる。


 例えば剣を振ったり攻撃のために移動すると相応に魔力が消費され残存魔力が減り、ただ棒立ちしている時と比べて魔導機装の動作時間が擦り減ってしまう。

 ただ闇雲に攻撃をすればいいという話では無い。


 その点は体力と同じような課題を魔導機装も抱えている。

 …一応、それを引き延ばす方法もあるが。


 そのため魔力量が多い方が攻撃出来る回数が多いというアドバンテージを持っているが、魔力というのは【精神力】と言い換えられるほど心の成長が重要になって来る。


 大人になると年齢を重ねても殆ど変化しなくなるが、生まれてから20歳になるまでに人の魔力量は日々成長していく。

 中には天才というべき大いなる魔力を持った人もいるが、そんなケースは稀で大体の人は若い内は年上との魔力量という大きな隔たりが常にある。


 レントはその事を言っており、確かに同じだけ動けば先に息切れするのはレントの方だ。

 しかも相手は自分よりも2年間この学校に長く通っているため戦闘技術の部分でも優位に立たれ、戦う前からすでにレントの心が負けを認めてしまっている。


 似たような人物をクシェルは身をもって知っている。

 だからこそ、何とかしてあげたいと思ってしまった。


「次の試合はいつ?」

「…前回棄権してペナルティで一週間のランキング戦禁止だから、それが終わる日に試合申請するつもり…。」

「俺で良ければそれまで出来る限り力を貸すよ。」

「本当⁉…いや、やっぱりいいよ。無駄な時間になっちゃうかも…。」

「……そっか…。」


 一度はクシェルの手を掴んで喜びの笑みを浮かべたレントだったが、すぐに顔に深い影が落ちてしまった。


 無理強いは出来ない。本人がやる気にならなければ、クシェルがどんな言葉を掛けた所で意味は無い。後の事はレント次第だ。


「話を聞いてくれただけでもありがと…気が楽になったよ。また魔導機装を修理とかして欲しくなったらここに来るから。」


 そう言ってレントは弱弱しい笑顔を見せてから立ち上がると、背を丸めてゆっくりと倉庫から出て行った。


 …しかしその数秒後。レントが再び走って戻って来た。


「やっぱり協力してくれ!あいつらが卒業するまでこのままなんて嫌だぁぁ!」

「…あぁ!」


 泣いて目元が赤く腫れながら、くしゃくしゃの顔でクシェルに頼み込むレント。

 普通に見れば情けない表情だったが、クシェルにはとても美しく思えた。


 暫く泣き止むのを待ってからクシェルは話しかけた。


「じゃあ魔導機装を見せてくれないか?やっぱり技工科として一番力になれるのが魔導機装の調整だからな。」

「…ふっ、俺の魔導機装を見て驚くなよ?」


(あ、口調ちょっと戻っちゃってる。)


 癖だから仕方ないと聞かなかった振りをする。


「『来い!我が愛機【ブラッディホロウ】!』」


 レントの左手首につけていた腕輪が光り輝き、そこから発せられた光がレントへと纏わりつく。


 そして黒を主体とした魔導機装が姿を現す。


 しかしクシェルは確かにレントの言う通り驚いてしまったが、それは別の意味だった。


 恐らく自分でしたのであろう色が足りていない箇所が見られる塗装。

 ヘッドギアからはフェイスベール、OSパックからはマントが無駄に垂れ下がっており、アームパーツとレッグパーツはやたらと装甲を厚くしていて、膝の辺りには小さな意味不明なVの字の謎の装飾が入っている。

 武器は両手に剣を構えた二刀流。それに加えて背中に浮かぶアウトパーツの【ウィング・ユニット】という翼の骨格の形をした武装もある。しかも何故か普通は二つなのに右側だけ。


 全体的にゴチャゴチャしていて纏まりが無い。


「なんだこれ。」


 クシェルは生まれてからこれほどまでの羞恥心を魔導機装に対して抱いた事は無かった。


 しかしレントは誇らしげにしている。


「凄いだろう?これこそ我が愛機【ブラッディホロウ】だ。この機体を見た者はその瞬間、魂を肉体から捨てさる事になる。」

「いや~、だろこれ。」

「へ、変⁉」


 何やら高説を垂れているが全く耳に入らない。


 取り合えず詳しく見るために近くでジロジロと隈なく見てみる。


「あっ、そんなに見るなっ!」


 気色の悪い声を出して恥ずかしがるレントを無視して一つ一つのパーツを見たり触ったりしてみて、10分ほどでおおよその予想は立てられた。


「これは【スケイル】を元に改造したな?」

「おぉ、良く分かったね。」

「まぁ。…にしてもなんだこれ。」


 同じ言葉をもう一度言ってしまう。それほどまでに変だった。


「ただでさえ【スケイル】は男人気のために厚めにデザインされてるのに、そっからまだ装甲積んでるし。」

「重厚感があっていいだろ?」

「何この戦いの邪魔になるマントと顔の布。」

「かっこいいじゃないか。」

「このウィング・ユニット。凄い高いから片方だけなのかと思ったら模造品で飛ぶ機能無いし。」

「何故片方だけなのか、興味をそそるだろ?」

「………。」


 ずっとケチを付けているつもりだったが、レントは今でも自慢げに胸を張っている。

 それがきっかけでクシェルの中で沸点を超えてしまった。


「…こ。」

「こ?」

「こんなんで勝てるかあああああああああああああ!!!」

「ひいいぃぃごめんなさいいいぃぃ!」


 レントは防衛本能から顔を手で隠して反射的に謝ったが、何故こんなにクシェルが怒ったのかまだ分かっていない。


 一度発散した事で落ち着いたクシェルは少し頭を抱える。


(そりゃあ狙われるよ、こんな戦いに不向きな魔導機装持ってたら…。)


 まずはこの魔導機装…【ブラッディホロウ】をどうにかしなければならないと考えたクシェルは今日の予定が全部埋まる事を覚悟した。


「脱げ。今日一日でその魔導機装を使える状態にする。」

「ど、どんな風に?」

「まずは装甲を既存の【スケイル】基準まで下げて、アウトパーツも連結させてるだけで無駄に魔力使うから外す。布も全部焼く。」


「そんな焼かなくても…。」と呟いたレントにクシェルは思わず睨みを入れて口を閉じさせた。


「ま、待って!せめてマントだけは残して!マントだけでいいから!」

「…分かったよ、マントだけな。それと塗装もし直す。色は。」

「闇とか影を感じさせる」

「黒でいいな。明日の朝までには間に合わせるから、どっかで剣でも振ってこい。」

「なんか冷たくない…?」

「時間が無いんだからさっさとしろ。」

「はい!」


 レントは急いで魔導機装を脱ぎながら床に並べた。


 そして倉庫から出て行こうとする際に魔導機装の様子が気になるのか何度も何度も後ろを向いたが、クシェルは敢えて無視し最後に倉庫の外から顔を出してようやくいなくなった。


「ふぅぅ~~~。やる事は一杯だけど、とにかく進めていかないとな。まずは連結をと装飾を外して…ヘッドギアの異常も確認して…」


 恐らくこれだけ改造していれば左右の対称性も失っているだろうからその調整もしなければならないだろうと、気の遠くなりそうな作業の山を頭の中で整理していく。


「マーク先輩。一週間ぐらい不在って形に出来ますか?」

「普通は出来ないけどね。まぁ任せてよ。」


 これからの事を考えるとまともに他の生徒の仕事に集中出来ないだろうと玉砕覚悟でマークに尋ねてみたが、思いの他あっさりと了承されてしまった。


 マークは返事のために顔を離してからすぐにコンピューターと向き合い、後輩のために作業を始める。


 頼りになる先輩を持てて嬉しくなるクシェル。

 それと同時に気持ちを落ち着かせた。


 さっきはつい感情が爆発してしまったが魔導機装の調整は繊細な作業が多いため、余計な気を散らす必要がある。


 そして心に静けさが戻った。


「やるか!」


 普段は身につけない鉢巻を頭に巻いて気合を入れる。


 確かに長丁場になるが今までとは勝手が違う仕事に対してワクワクするクシェルだった。

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