第3話 都市の秘密、狂気の芽生え
シグレが一晩寝泊まりした拠点に、主にトバリとカスミの絶叫が響いた後、シグレはトバリに問い詰められていた。
「しっ、知らないのかい!?かの名高き組織の名前を!!」
トバリは信じられない、といった顔で机から乗り出す勢いで言った。シグレは彼女の迫力に気圧されながらも答えた。
「!? はっはい!な、名前を聞いてもピンと来ないですね……」
トバリはシグレの顔を凝視した。物凄い形相の彼女に思わず苦笑いすると、トバリはがっくりと肩を落とした。
「そんな……こんなことがあるなんて…」
トバリのあまりの落ち込みように狼狽えていると、ホムラがふっ、と声を漏らした。
「予想外だったな。あれほどカッコつけていたのに」
ホムラがそう言うと、トバリは顔を真っ赤にして彼を振り返った。
「笑ったね!!キミ!!!」
ぷるぷると震えている。余程恥ずかしかったようだ。シグレの目にはホムラは無表情にしか映らなかったが、どうやらトバリには彼の感情が理解できるらしい。猫のようにホムラに威嚇しているトバリを尻目に、カスミがシグレに耳打ちした。
「なぁ、お前ほんとに知らないのか?『九命猫』のこと。創られてからテレビでひっきりなしに、活動が報道されてる程の知名度なんだけどよ……」
カスミの囁きに、コハルもシグレを不思議そうに見つめた。シグレはだんだん自分は無知なのかと思い始め、少し恥ずかしくなった。
「えっと…本当に分からなくて…。あと、皆さんが頻繁に使ってる…お、おふりみっつ?という単語も聞き覚えがなくて……」
シグレが疑問を投げかけると、カスミから再び驚愕の絶叫があがった。
「お、おおお前!『
その声に、小競り合いをしていたトバリとホムラがこちらを振り返った。コハルはシグレの言葉に目を剥いている。
「は、はい…その、文脈から規制線の中のこと言ってるんだろうなと理解はしてたんですけど……聞き覚えはないですね…」
シグレはますます恥ずかしくなり縮こまった。
「ま………じか………」
絞り出すようにカスミが零した。シグレは申し訳なくすらなって、さらに小さくなった。シグレの衝撃の告白を聞き、口をあんぐりと開けていたトバリが我に返って言った。
「そ、そうかそうか。いや、もう驚かないよボクは。少年、申し訳なかった。ボク達が組織やオフリミッツのことを、都市の常識だと勘違いして話を進めてしまったのが悪いよ。キミのためにも、これから話すボクの提案のためにも是非説明させてほしいな」
そうして、シグレはセレスチャルの常識について膨大な情報を摂取することになった。ホムラが用意した夥しい量の資料は出番を失うこととなった。
「な、なるほど………?」
シグレはトバリの専門用語が飛び交う説明を、必死に脳内で整理した。固まって動かなくなったシグレの様子を見て、ホムラがトバリの説明を要約してくれた。
「『
ホムラはお役御免となっていた資料を一枚持ち上げ、シグレに手渡した。
「オフリミッツの一般人向けの説明が書かれた物だ。文章で確認したいときに役立ててくれ」
シグレは資料に目を落とした。大体の内容はホムラが伝えてくれたものと同じようだ。具体的なオフリミッツの大きさや、該当エリアも記載されていた。
(セントラルエリアが全部入ってる…今年で五年経つのに立ち入り禁止のままなんだ…)
シグレは五年前の惨劇を思い浮かべた。有名観光地が集中する都市の中心を突如として襲った悲劇。あの大規模テロが残した爪痕は、セレスチャルの先進技術をもってしても未だに消えていないのか。
「…それで『九命猫』については、セレスチャル大規模銃乱射・爆破テロ関連の問題解決をする、警察機関の一つだと思ってくれていい。今この場にいる者は九命猫の人間であり、オフリミッツ内で活動することを許されている数少ないメンバーだ」
ホムラはそこまで言うと、少し躊躇うような仕草を見せて咳払いをした。
「…俺たちの仕事内容については、機密事項になっていて一般人である君に話すことはできない。『対最優先事項部 一課』という所属名も、表向きの名前であり本当の名前が存在する」
世を忍ぶ仮の名ってやつだね!とトバリは付け足した。呑気なトバリをホムラは一瞥し、ため息をついた。
「そう、俺たちについてはシグレに教えてはいけないんだ。それなのに君ときたら…」
ホムラの窘めるような声音に、トバリはてへぺろ、と返した。
「まったく。俺が不在の内にシグレに交渉していると思ったのに、まさか順番を逆転させようとするとは…。彼の気持ちを尊重することはなによりも大切なことだろう」
トバリは目線を逸らして、言い訳がましく言った。
「あはは…悪かったよ。少し焦り過ぎたね…どんな手を使っても少年をボクらに引き込みたかったのさ……」
カスミは突然はっとして、トバリを指さした。
「そういうことかよ!トバリ!!シグレの意見を聞かずに勝手に決めようとするなんて、横暴じゃねぇか!らしくねぇよ!!」
トバリは口笛を吹いて、目を泳がせた。シグレはトバリの言葉を思い出した。
(ここはどこなのか、ボクたちは何者なのか、キミを襲った男は何なのか…全てキミに知って欲しい)
あれはシグレを逃げられないようにする布石だったのか。シグレはトバリの強かさに身震いするとともに、とある案を思いついた。
(僕に帰る選択肢はない。それにトバリさんの呪いとやらをどうにかするには、彼女と離れるわけにはいかない…。ここは快く了承して組織に入れてもらうことが最善なのでは?)
シグレはぐっと拳を握り、ホムラやカスミから咎められているトバリに声をかけた。
「…っ、入ります!」
彼らの顔が一斉にこちらを向いた。シグレは続ける。
「話した通り、僕には帰る場所が無いです。それに…皆さんが大規模テロに対する特別組織だと知って、僕も仲間になれたらって……。両親がテロで死んで、悔しくて仕方なかったんです。それに、僕は今の世の中のことを何も知らないと言っても過言じゃない……」
シグレは顔を真っ直ぐ上げた。
「変わりたいんです。泣いて蹲ってるだけの自分から………。だからお願いします!僕を組織に入れてください!!」
シグレは立ち上がって勢いよく頭を下げた。
「…よく言ったよ少年!そうこなくちゃ!」
不利な状況に置かれていたトバリが、一気に顔を明るくして跳ねた。
「ほら!少年もこう言ってることだし、いいじゃないか!」
トバリはホムラを振り返ってぴょんぴょん跳ねている。まるでおもちゃをねだる子供のように無邪気だった。シグレの宣言に感化されたのか、カスミがシグレの肩に手を置き、グーサインを掲げた。
「シグレ!俺はお前なら大歓迎だぜ!俺もお前もあのテロで家族を殺された。俺たちは同じ志を持つ人間だ!」
すると、シグレの隣で一連の出来事を眺めていたコハルがおずおずとシグレに話しかけた。
「うん…私も…。あなたに組織にいてほしい。私とあなた、似たもの同士だから…」
コハルは儚げな表情でシグレを見上げた。そのやり取りを見ていたホムラが、今日何度目かの深いため息をついた。
「………はぁ。シグレがそう言うなら俺も文句は無い。だが、シグレは九命猫のこともオフリミッツのことも知らなかった…。失礼極まりない言い方になってしまうが、おそらく彼の叔父に監禁されていた期間、都市に起こった出来事をシグレは何も知らないんだ。オフリミッツ内の作業員死亡事故は、状況を考えると気味が悪くて仕方がない代物だ。作業員『変死事件』という名前の方がふさわしいかもしれない」
ホムラは真剣な眼差しをシグレに向けた。
「俺たちはそういう未知の危険が蔓延る場所で活動している。君を組織に入れるとなれば、この事件の真相まで話さなければならない。今のセレスチャルは市民に知られていない大きな秘密を抱えている。……想像してみてくれ。五年前に身勝手な連中によってセレスチャルは至高の都市機能を失った。この国の枢軸を担う都市がその働きを停止したんだ。それだけでも恐ろしいのに、もし俺たちと行動を共にするとなれば瓦礫やまだ見つかっていない人間が転がっているかもしれない無法地帯で、君は仕事をすることになる。その仕事というのも……表には出せない行為を含んだものが多い」
ホムラは言葉を濁しながら、言葉に迷いながらシグレにそう言った。
「…前述の通り俺たちの詳細は機密事項だ。国が守っている秘密だ。全てを伝えるのは入隊が確実になってからの方がいいと思うが…それでも君に俺たちの任務がどれほど危険なのかは知らせておくべきだと思う。君自身に危険が及ぶことも考慮して慎重に考えてほしい」
慎重なホムラの提案にトバリは反論した。
「もう!そんなに慎重にならなくたっていいじゃないか!少年に全てを聞いてもらって、もし気が変わったのであれば本部で処置を行えばいいだろう?それに、少年は既にボクがヤツらを殺すところを目撃してしまっているから、変に予防線を貼る必要なんてないよ」
「あまりそういうことを軽々しく言うな…」
自分の理解が及ばない範囲で言い争っている二人を遮って、シグレは億さず宣言した。
「あの、僕はなんでもする覚悟はできてます…!何があっても、逃げません!」
シグレはぎゅ、と拳を握った。
「だから教えて欲しいです。僕が知らない都市の現状を、あの宗教服の男の正体を……トバリさんたちは一体何者なのかを」
シグレの問いかけに、トバリはにっと笑ってホムラを振り返った。
「ここまで言われたら、断る理由など無いだろう?それに!本部はボクたちの言うことを聞いてくれないじゃないか。ボクたちがちょっぴりルールを破ったところで、彼らがボクらを叱ることなんてできないさ」
トバリの言葉に、カスミとコハルも頷いた。仲間たちの最後の一押しによってホムラは観念したように息をついた。
○
我が国の警察諸君に告ぐ。
以下の文章は政府と警察が共同で作成したものである。以下に記述する内容は国家機密として扱われる。閲覧する際、警察組織の人間はこれらを遵守すること。
一、いかなる理由があろうともこの文書の内容を警察以外の人間に伝えてはならない
一、この文書を複製、または他人に譲渡してはならない
一、この文書の内容をメディア及びインターネットに流してはならない。
これらに違反した場合、警察としての職を失うこととする。その際、市井に機密が漏れることを防ぐため、『脳構造再築手術』(提供:鷹崎グループ)を施し文書の内容を記憶から抹消することとする。
以下に記述する。
─────────────────────
「『セレスチャル大規模銃乱射・爆破テロ』の元凶について」
テロ発生からおよそ一週間、テロに関わったとされる人物が30名以上逮捕され、そのうちの一人が尋問の末素性を明かした。以下は当事者(以降Aとする)の供述の一部である。
A「(咽び泣く)」
尋問にあたった警官(以降B)
「一体どうしたんだ」
A「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
B「落ち着いてくれ。どうしてそんなに謝罪を繰り返しているんだ。お前は誰に謝っているんだ」
A「私が爆破させた建物にいた人たちにです」
B「ああ、お前は複数の会社が入っていた雑居ビルを爆破させた。そしてそこで20人が亡くなっている」
A「(顔を覆い呻く)」
B「お前の犯行で間違いないな」
A「はい。私がスイッチを押しました」
B「スイッチ?爆弾を起爆させるためのものか」
A「はい。やらなければ殺されると思って、押してしまいました」
B「誰に指示された?」
A「私をずっと閉じ込めていた者です」
B「そいつの名は?お前とはどういう関係だ」
A「███。私の実父です」
B「このテロの主犯は君の父親なのか?」
A「いいえ。私たちは教団の中でも下っ端です。すべては父が教主と呼んでいる人のせいです」
B「教団?詳しく話してくれないか」
中略
(Aは生まれた時から教団の息をかけられており、自身が望まないまま信徒になって命令に従わされていたことを明かした)
B「君たちが所属している教団は、一体どんなものなんだ」
A「話してよろしいんでしょうか」
B「ぜひ話してほしい。君のことは警察が守ると誓おう」
A「私たちは『
Aは現在警察の保護のもと、留置されている。以下はAが我々に提供した『燦然世代』の組織構造及び行動理念である。
特定危険カルト団体 『燦然世代 』
(別称 Radiance World)
頭目:教主(Immortal)
現時点では特定されていない
幹部:司教(Stigma)
五名
メイヤ(神息)
ソウギ(葬殮)
クルス(十字架)
カガミ(鏡鑑)
モズ (串刺)
(実名は判明していない)
非管理職:悪魔祓い(Shiner) 信徒(Chilldren)
悪魔祓い(Shiner)
推定100名
教主の指示を受け取り実際に行動する役職。司教(Stigma)の五名もここに属する。
特徴:意思の疎通が取れない 赤黒い眼球
信徒(Chilldren)
推定300名
教団の本部内に拘束されている。Aのように望まない入信をさせられた者が大半であり、いづれ悪魔祓い(Shiner)になるために教主に謁見することとなっている。
行動理念
かつて神が存在していた地上に、再び神を降臨させるために只人を「光の子(Lamp)」として生まれ変わらせ地上を照らす。神の子である教主のもとに生きる燦然世代の人間であれば、只人を光の子(Lamp)に生まれ変わらせることができる。セレスチャル大規模銃乱射・爆破テロは、燦然世代の計画の一部であり、より多くの犠牲を生むためセレスチャル:セントラルエリアを現場に選んだと推測。
燦然世代についての詳細は別紙に記述
「『セレスチャル大規模銃乱射・爆破テロ』に対する特別組織について」
我々はセレスチャルに甚大な被害をもたらした今回のテロ行為に対して、特別組織を組むことを決定した。この文書が警察内で公開された後特別組織に異動となる者を発表する。
対セレスチャル大規模テロ関連事象特別部隊
『九命猫』(きゅうめいねこ)
九命猫は警察の管轄下に置かれる。九命猫は成立をメディアに公開し、市民に復興のための前進を開始したことを訴える役割を担う。しかし、九命猫に配属された人間は秘密裏に燦然世代の調査を行うこととする。
燦然世代の存在は市民に公開されることはない。あくまで初出のテログループによる犯行だとし、内密に燦然世代の壊滅を達成を目標に行動すること。
すべてはこの国の安寧を取り戻すための隠蔽であることを留意せよ。
我が国の警察諸君の尽力に感謝する。
○
シグレは悪い夢を見ているようだった。
「燦然世代………」
想像できなかった。この都市にそのような狂った宗教団体があるなんて。シグレは生唾を飲み込んで、トバリに差し出された文書に張り付いていた顔を上げた。シグレはあのテロは未知のテログループによるものだと、その動機は調査中だが都市に何らかの不満を抱いており、それに抗議するために犯行に及んだと認識していた。シグレが施設にいた頃にニュースで知った情報だ。とは言ってもテロに巻き込まれたトラウマが触発されるため、それ以降メディアとの接触を絶ってしまったわけだが。愕然とした様子のシグレをトバリはじっと見つめていた。その眼差しは見定めるというより、捕らえて離さないといった様子だ。
「昨夜、キミを襲撃した男は燦然世代の悪魔祓いだ。キミをスタンガンで気絶させ、燦然世代の根城へ誘拐するつもりだったんだ」
トバリは自分の腕に拳を振り下ろして、スタンガンを当てるような仕草をした。シグレは自分に向けられた閃光を思い出し、身震いした。あの男も、大規模テロを起こした犯行グループの一員だったのか。シグレは憤怒と憎悪から唇を強く噛み締めた。
「……どうかな、大丈夫?少年。まだまだキミに話さないといけないことがあるけれど、今のうちにやめておく?」
トバリは大きな目にシグレを閉じ込めていた。シグレは彼女のオーラに、ここでやめておくことは不可能だと悟った。
(なんにせよ、ここで逃げるつもりなんかない)
「いえ、続けてください」
シグレは恐れを振り払い、顎をくっ、と引いた。そんなシグレを見て、トバリは眼差しを僅かに柔らかくした。
「うん、いい返事」
トバリは机に並べてあった資料を一枚手に取った。そしてシグレに手渡した。
「…これは、ボクたちの正体を記載したもの。そしてオフリミッツが生まれた本当の理由が書かれたもの」
トバリはシグレの肩に手を乗せ、魅惑的な唇をシグレの耳に寄せた。
「少年、どうか…ボクたちを受けとめて」
シグレは背中がぞくぞくと粟立った。それがトバリの囁きによるものなのか、自分を見つめる彼らの視線によるものなのかは判断がつかなかった。
○
セントラルエリア復興作業中に発生した作業員死亡事案及び近日連続発生している未成年誘拐事件について
セレスチャル大規模銃乱射・爆破テロの中心被害地の復興作業中に、作業員約八名が遺体となって発見された。調査により被害者全員が銃弾による致命傷を負わされていたことが発覚している。現場に残された足跡と毛髪から容疑者を特定、現在服役中の燦然世代の者と面会を行い、容疑者が燦然世代の人間であることが判明した。この事件を機に、燦然世代が『セレスチャル:セントラルエリア』内に潜伏している可能性が浮上。教団の者(Aとする)による自供により存在が明らかになった燦然世代だが、Aは二世信者であったため教団の根城や教主の所在を認識してはいなかった。しかし、燦然世代は大規模テロのときの逮捕者ですべてではないことが既に判明している。
九命猫は今回の報告からセントラルエリアの調査を開始する。それに伴い、セントラルエリア全域の一般人の立ち入りを禁止する。活動が許可されていない警察官の立ち入りも禁ずる。我々は立ち入り禁止区域を『侵入禁止区域(オフリミッツ)』とし、燦然世代の活動本部を発見、駆逐するまで封鎖することとする。
近日未成年が誘拐された、行方不明となった等の報告が急増している。被害者の多くは侵入禁止区域付近で姿を消したと判明した。警察はこれらの誘拐事件が『燦然世代』が関わっているとみて調査を進めている。九命猫が発足してから三年が経過し逮捕、保護された燦然世代の信者は合計150名を超えているが、燦然世代の本拠地は未だ発見に至っていない。捜査に暗雲が立ち込めつつある中、復興作業中の銃撃事件と未成年誘拐事件が同時期に発生した。九命猫は主な活動区域を侵入禁止区域へと移し、燦然世代の頭目の足取りを掴むことを目標とする。
それに伴い九命猫に新たな部を設立する。
以下に新しい部署と、入隊する者の名を記す。
◎対最優先事項部
一課 ※カルト団体『燦然世代』残党謀殺部隊 (cult ″Radiance World″ murder units)
略称 R.W.M.U
この部隊は訓練を受け、政府に認められた者が入隊を認められる。侵入禁止区域内で燦然世代と対峙した場合、対象を保護及び射殺することを目標とする。
二課 ※カルト教団『燦然世代』残骸回収・処理部隊(cult ″Radiance World″corpse recovery and disposal units )
略称 R.W.C.U
一課が任務を遂行した後、侵入禁止区域内の証拠及び残骸の回収を行う。
本部にて回収された残骸の分析、処理を行う。
回収班と処理班に分けられる。
この部署は名前のみ公開される特殊秘密部隊である。この部署に所属する者は侵入禁止区域での活動を認められる…………
─────────────────────
○
トバリから手渡された文書には、幾度となく修正された跡が残っていた。シグレは心がざわついた。こんな秘密を、自分が知ってしまって良かったのだろうか。この都市は自分が知らぬ間に、こんなにも豹変してしまっていたのか。公的機関が殺人を目的とした組織を創るなんて。
「目に余る燦然世代の悪行にボクたち警察は痺れを切らした」
トバリが静かに語り始めた。
「大規模テロに関わった悪魔祓いという立場の人間は、既に全員死刑が執行されている。そしてこれから逮捕されるであろう者たちも死刑が決まっている。悪魔祓いとなってしまった信者は、いわゆる洗脳状態にあり、対話を行うことが出来ない。だから警察はオフリミッツ内で活動する悪魔祓いを、対峙すれば即射殺するよう取り決めたんだ」
だからR.W.M.Uが創られた、とトバリは続けた。
「未だに燦然世代の大元の足取りは掴めていないし、どれくらいの規模で存在しているのか判明していない。でもヤツらは確実に生き延びようとしている。…最近未成年誘拐事件が多発していると書いてあっただろう?あれは恐らく若い人間を教団に連れて行き、無理やり燦然世代の信者にして存続を図ろうとしているための凶行だ」
トバリはシグレの腕に優しく触れ、赤目の男に掴まれた部分を撫でた。
「キミを襲撃した男はキミを誘拐しようとした、とさっき言っただろう。あれもヤツらの
トバリはシグレの腕に触れたまま大きく息を吐き、微かに手を震わせた。
「間に合ってよかった……………」
その様子を見ていた他のメンバーは睫毛を伏せたり、拳を握りしめたりした。彼らからは悔しさがひしひしと感じられた。一体今まで、どれほどの人の生命を救い、どれほどの人の死に触れてきたのだろうか。
「『対最優先事項部 一課』。表ではセレスチャルの復興作業の指揮を執るなど大規模テロ関連事象に深く関わる組織だが、真の顔は警察が新しく創設した燦然世代を潰すための暗殺部隊…」
それが俺たちだ、とホムラは服の中に隠していた銃を取り出した。ガチャ、と重い金属音がシグレの鼓膜を揺らす。ホムラは慣れた手つきで銃身を確認し、再び銃を服の中へ滑らせた。
「あ…」
シグレはその仕草に声が出なくなった。その一連の仕草で彼がよほど長い時間、それに触れてきたのかが容易に想像できる。
「ここにいるのはあのテロで大切な人を失い、生きることに一度絶望した者たちばかりだ」
ホムラは顔を僅かに歪ませた。シグレは彼が激しい怒りを抱いていることがわかった。
「ああ、そうだ。俺は大好きな家族を…!あいつらに殺されて…!!」
カスミはそう言うと拳を思い切りテーブルに叩きつけた。いくつかの資料が衝撃で浮いて床に落ちた。
「全員殺してやる!!必ず、俺の手で
カスミは激情した。復讐、その言葉がシグレの脳内に木霊した。カスミはコハルに肩を撫でられると、毛が逆立った猫のような気迫を緩やかに沈め、ソファに埋もれた。唇を噛み締め、額に拳を押しつける様は彼のやるせなさを物語っていた。コハルは悲しげにカスミの様子を見つめた後、シグレに向き合った。
「……あなたと私、似た者同士。あなたもあの教団が憎い?殺したいほどに?」
月のように神秘的なコハルの双眸がシグレを捉えた。シグレの中に復讐心という狂気が芽生えていく。
「シグレ…、君も俺たちと同じだろうか」
もしそうならば俺も君を歓迎する、とホムラが迷いを断ち切ったような表情で告げた。シグレの中で眠っていたそれは、同じ志を持つ者達によって目覚め、深くシグレの心臓に根付いた。
「僕は…」
シグレは昨夜眉間をトバリに撃ち抜かれた悪魔祓いを思い出した。醜く歪む赤黒い目。純白の衣に包まれた男のそれは、まるで体外に飛び出した心臓のように激しく存在を主張していた。目が離せない、体の内側から蝕まれるような未知の苦しみを感じる。このまま耐えるだけでは、苦しみに身体を乗っ取られてしまう。そうであるならば
怒りという苦しみを貪り、生きる力へと変えてしまえ。
「あいつらを、『燦然世代』を…!殺したいほど憎んでいる…!!」
瞼の裏に浮かぶのはいつだって両親が息絶えた瞬間だった。自分を庇い心臓が止まる音が聞こえる距離で死んだ父、自分を守ろうと手を伸ばして頭を潰された母。自分の手も、彼らも、視界も全て真っ赤だった。
もしもあの惨劇をもたらした奴らを、この手で葬れるなら。暗く狭い部屋で蹲り、自分の無力と理不尽に泣いていた日々に報いることができるなら。何度願っただろうか。そして今垂涎のチャンスが目の前にある。
(これが僕にとっての夜明けかもしれない)
神にもたらされた生きる意味を遂行するため、復讐心を生きる糧に。シグレは復讐に生きる彼らの手を取った。
○
トバリは活動拠点のベランダにいた。生ぬるく、微かに水の匂いを纏った風が全身を撫でてゆく。他のメンバーはシグレの歓迎パーティーと称して盛り上がっているようだ。カスミが作った夕食も美味だった。しかし、トバリは思い悩んでいた。
「…こうするしかない」
トバリは自分に言い聞かせるように呟く。風に揺れる白い髪が彼女の大きな瞳を魅せた。常人とは違う瞳を瞬かせ、トバリは空を眺めた。つい数年前より格段に見やすくなった星の光がそこにあった。それでも記憶の中にある壮大な星空には遠く及ばない。
(もう…二年)
トバリが九命猫の一員となって、気づけば二年が経過していた。血の繋がりを持つ者を失い、行く先を奪われて正気を失いそうになったことが懐かしい。トバリは瞼を閉じて、先程の話し合いを想起した。自分の中に存在している、燦然世代への恨み憎しみを顕にする仲間たち。彼らが感情をあれほど剥き出しにするのを久しぶりに見た。
(カスミに至っては珍しいことでもないけど)
トバリは張り詰めた空気の中、一人蚊帳の外と言わんばかりに彼らの様子を俯瞰していた。
「復讐…、復讐ね……」
そう、復讐。大切な人を理不尽に奪われ、安寧の日々と未来を奪われた彼らに湧いてしかるべき感情。ただ、まだ若い彼らが負の感情に支配され続けるのは危惧すべきだ。若く爆発的な憎しみは簡単に世界を変える。トバリはそう考えている。
「………」
トバリたちはイレギュラーだ。この都市が復讐の機会を提供し、後押ししている。全ては都市のため、この国に生きる人々のためであると。
(憎しみは簡単に焚きつけられるが、消えることはない)
それを政府は理解しているのか?
「ここにいたのか」
カラカラと戸が音を立てて開けられた。忽然と消えたトバリを探しに、ホムラがやって来た。
「……ひとつ聞いていいか」
ホムラはトバリに率直に尋ねた。
「なぜそこまでシグレに執着しているんだ?」
「…………そう見えたかな?」
トバリは神妙に笑った。ホムラはすかさず疑問をぶつけた。
「君らしくないと思った。普段ならば侵入者には厳しく叱責し、容赦なく送還させていただろう。それが彼らのためだとも言っていた」
ホムラは珍しく語気を強めて言った。
「だが昨日から君はおかしい。いくらシグレが虐待を受けているからと、自ら保護する義理なんて無いはずだ。それに半ば強制的に入隊を促すなど…。トバリ、一体シグレに何を見出したんだ。彼にそこまで目をかける理由は何だ?」
ああ、やっぱり。
キミは唯一無二だ。
トバリはくすりと笑うと、ホムラの耳元で囁いた。
「賢いキミなら、すぐにわかるよ」
トバリの妖しげな笑みに、ホムラは観念したようにため息をついた。
「話す気は、無いんだな」
トバリは笑みを湛えたまま、夜空を眺めた。遠く遠く、天を穿たんとする彼女の瞳には一体何が映っているのだろうか。
しばらくの沈黙の後、トバリは口を開いた。
「キミは、目の前に虐められた仔猫がいたとして、その子を救えるのは自分だけだと確信していたら………助けてあげるでしょ?」
「?」
(そう、
トバリはホムラに向き直って、彼の胸をつついた。指先に彼の鼓動を感じる。
「忘れないで。ボクたちに求められているのは人助け。大規模テロに苦しめられ、今なお生きている人たちに手を差し伸べることがボクらの仕事」
トバリは手のひらでホムラの頬をなぞった。
「キミもボクも、失ったものに縋るのは止めないと」
この子に限ったことではないけれど、とトバリはおぼろげに感じた。ホムラはトバリの言葉に何も言わなかったが、確実に煩わしさを感じているようだった。
(酷なことを言っているのはわかっているよ)
トバリはそのまま室内に消えていった。ホムラはベランダに残された彼女の残滓が風に消えるまで、しばらく立ち尽くしていた。彼女の指先が触れた場所が、やけに冷えた気がした。
夜を明かすために 御涼東 @sz_30
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