第2話 逃亡者
深夜の雑多なアパートの一室。蛍光灯の白い光が、薄汚れた壁を照らしている。そこに座り込んでいるのは、どこか陰のある美しさを持つ女、堺真紀だ。かつては小さな会社の事務員だった彼女は、ある日突然、全てを捨てて逃亡者となった。理由は、彼女だけが知る深い闇の中にある。
部屋の隅では、一羽のインコがけたたましく鳴いている。まるで、この部屋の張り詰めた空気を嘲笑うかのようだ。真紀は、その騒がしさにうんざりしながらも、特に注意を払うことはない。インコは、彼女が拾ってきた、言葉を話せない孤独な同居人だった。
真紀の逃亡生活は、最低限の生活費を稼ぐためのアルバイトと、息を潜めるような日々で成り立っていた。過去を断ち切りたいと願いながらも、常に誰かに見られているような恐怖感 に苛まれていた。
そんなある夜、真紀はインターネットの掲示板で、 不審な書き込みを見つけた。それは、彼女の過去を知っているかのような、挑発的なメッセージだった。送り主は「鬼畜」と名乗っていた。
メッセージの内容は、真紀の心の奥底にしまい込んでいた、決して人には言えない秘密に触れていた。恐怖と同時に、抑えきれない怒りが真紀の中で湧き上がってくる。
「一体、何が目的なの…?」
真紀は、その「鬼畜」と呼ばれる人物が、自分の逃亡生活を操っているのではないかと疑念を抱き始めた。過去の影が、再び彼女を追い詰めてくる。
数日後、真紀が住むアパートに、見慣れない男たちが現れるようになった。彼らは、明らかに真紀を探している様子だった。追っ手の気配が、すぐそこまで迫っている。
追い詰められた真紀は、 ネットカフェ に駆け込み、「鬼畜」に接触を試みた。挑発的なメッセージを送り返すと、すぐに返信があった。指定された場所は、都心から離れた廃墟ビルだった。
夜の廃墟ビルは、不気味な静けさに包まれていた。懐中電灯の光を頼りに奥へと進む真紀の心臓は、激しく鼓動している。「鬼畜」はどこに潜んでいるのか?
やがて、広いフロアに出た。その中央には、 小柄な男が椅子に座って待っていた。顔は暗闇に隠れてよく見えないが、その体から異様な存在感を放っている。
「あなたが…鬼畜?」真紀は声を震わせながら問いかけた。
男は不敵に笑った。「ようやく来たか、逃亡者さん」
男の声を聞いた瞬間、真紀は愕然とした。その声は、彼女が過去に深く関わった、決して忘れることのできない人物のものだった。
「なぜ…あなたが…?」
男はゆっくりと顔を上げた。その顔を見た真紀は、息を呑んだ。そこにいたのは、かつて真紀が心の底から憎んだ男だった。
男は立ち上がり、真紀に近づきながら小声で囁いた。「お前の秘密は、全て知っている。そして…お前を永遠に苦しめてやる」
恐怖で足が竦む真紀に対し、男は容赦なく過去の忌まわしい出来事を語り始めた。それは、真紀が誰にも言えずに抱え続けてきた、 残酷な屈辱の記憶だった。
男の言葉は、真紀の心を深く抉り、過去のトラウマを鮮やかに蘇らせる。
男はさらに近づき、真紀の耳元で小声で囁いた。「あの時のお前は、本当に綺麗だった…特に、俺にクンニをしていた時の顔はな…」
真紀の顔は蒼白になった。男の言葉は、彼女の最も隠したい記憶を強引にこじ開ける。
「お前は、あの快感を忘れられないはずだ」男は嘲笑うように言った。「逃げたところで無駄だ。お前の体は、あの時の記憶に囚われている」
男は、真紀の体に触れようとした。恐怖のあまり、真紀は悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えた。
その時、真紀の脳裏に美しい記憶が蘇った。それは、逃亡生活の中で出会った、孤独な若いニートの男の子の記憶だった。彼は、ネットカフェでオナニーをしながら、誰にも必要とされない自分の存在に苦悩していた。真紀は、彼に少しだけ優しく声をかけたことがあった。
その瞬間、真紀の中で何かが決壊した。過去の屈辱、現在の恐怖、そして、見捨ててきたかもしれない誰かの存在。様々な感情が入り混じり、彼女の中に狂気が目を覚ます。
真紀は、強引に男の腕を掴み、鋭い眼光で睨みつけた。「二度と…私に触るな!」
男は、真紀の反抗に一瞬戸惑った。
だが、すぐに不気味な笑みを浮かべた。
「ほざけ。お前は、俺の奴隷だ」
男は、再び真紀に手を伸ばそうとした。その時、真紀は懐に隠し持っていたナイフを抜き、男の腹部 に深々と突き刺した。
男は苦痛の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。 真っ赤な血が、男の体から花のように広がっていく。
真紀は、 ナイフを握ったまま血に染まった男を見下ろしていた。彼女の体は震え、呼吸は荒い。だが、 その瞳には怯えは消え、 暗黒な光が宿っていた。
その時、背後から電子音が聞こえた。真紀が振り返ると、そこには小型のカメラが設置されており、赤いランプが点滅していた。
「まさか…最初から、全て録画されていたのか…?」
真紀は、自分が「鬼畜」と呼ばれる男に追い詰められ、 殺人を犯させられたことに気づいた。全ては、仕組まれた罠だったのだ。
絶望に苛まれながらも、真紀はナイフを握りしめ、廃墟ビルから再び逃走を開始する。彼女の逃亡劇は、終わることがない。
数日後、真紀は ネットカフェ の チャットルーム にいた。画面には、「鬼畜」からの新たなメッセージが表示されている。「次は、どんな顔を見せてくれるかな、逃亡者さん?」
真紀は、 パソコンを睨みつけながら呟いた。 「お前を、必ず見つけ出して殺す」
その時、真紀の背後で、けたたましいインコの鳴き声が響いた。「バカヤロー!バカヤロー!」
真紀は、インコを冷たい目で見下ろした。言葉を話せないはずのインコが、なぜか今日に限って、 覚えた汚い言葉を繰り返している。
その陳腐な光景を前に、真紀の人生は崩壊していくのだった。
エログロデカ 鷹山トシキ @1982
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