第9話 バイク

    *


 異世界に来て半年、大海も異世界での生活に慣れた。一昨日からは拠点となっているカンマルクの街から少し離れた場所にある小さな漁村に来ている。少し前についに完成したバイクのテストを兼ねて、釣りキャンプをしにやってきたのだ。なんというか、収納魔法があるおかげでほぼ手ぶらというのが快適すぎる。バイクも釣具も好きに出し入れできるのは本当に楽だ。


 やはり初めての釣り場というのはテンションが上がるもので思いっきり楽しんでいる。リールや竿も充実してきた。それになにより仕事に追われず生活もできているのもありがたい。マーガリンと二日酔いポーションのおかげで、普通の生活をするなら一年過ごせるくらいの金額が毎月入ってきている。


 このエリアで釣れる魚もカンマルクとほぼ同じだけど、いい感じの藻場があって昆布を発見できた。その場で錬金術スキルで乾燥させて仕舞ってある。


 この世界で半年過ごして分かったのは、錬金術スキルが魔法寄りなせいで化学的なアプローチが非常に貧弱だということだ。そのせいで効果が落ちていたり、発見できずに居るレシピが多い。それも大海が色々と説明したおかげで改善の兆しが見えてきている。


「うーん。今日は潮もきいてないし全然駄目だなあ……」


「にゃーん……」


「いい感じの時間になったし、お昼でも食べて帰るか」


 そしてカンマルクへ戻る予定の今日も、猫型精霊のテトと釣りをしていた。テトは半年も一緒に居るのにほとんど大きくなっていない。拾ったときと同じく子猫サイズのままだ。やっぱり本当に精霊だったんだと変に納得する。


「うーん。パンはまだまだあるし、ああそうだ。あれでも食べるか」


「にゃーん?」


 大海が収納魔法から取り出したのは、パンとレタスに鯵のみりん干し。それに食器。もちろんこの世界でまだみりんは発見できてないけど、かなり前にテレビ番組でやってたみりんの代用法をためしてみたのだ。白ワインとはちみつを混ぜるというものなんだけど、これがまた思った以上にいい感じだった。


「なああん!」


 このみりん干しはテトのお気に入りで、見ただけで興奮してにゃあにゃあ言うのだ。


「ちょっと炙って柔らかくするから待ってな」


 大海は炙り終えたみりん干しをさらにほぐし入れる。テトは待ちきれないのか入れた側から、どんどん食べてしまう。猫なら本来はみりん干しなんていう味の濃いものは挙げられないけど、猫型精霊のテトはへっちゃらだ。


 ガツガツと食べているテトを見ながら、大海は自分の分を用意していく。といってもパンにレタスとほぐしたみりん干しをはさんでサンドイッチにするだけなんだけどね。


「あ、こらテト。それは俺の分だよ」


 パンにはさむ前のほぐしたみりん干しを少しテトに取られたけど、概ね上手く出来上がった。みりん干しとパンというあまり見ない組み合わせだけど、これが本当に美味いんだよ。一口食べた所で、マグカップとコーヒーを取り出して注ぐ。


 考えてみれば同じ魚の干物でもスモークサーモンのサンドなら美味しそうなわけだし。つまりマカラルの白ワイン干しのサンドと言いかえれば良いのかな。うん、なんだかカフェの香りがしてきた。そんなことを考えている間に完食してしまった。


「よし、帰ろうか」


 食器を片付けてバイクを取り出す。日本で乘っていたようなリッターバイクのような大型のものではなくて、どちらかと言うと郵便配達や出前で使うような小さくて軽いものだ。キックスタートでンジンをかけると、パパパンという軽快な音を立て始める。


 大海がバイクに跨ると、テトもぴょんと飛び乗ってハンドルの間に取り付けてある専用のカゴに入る。大海は鼻を突くアルコール燃料特有の臭いを感じながらギアを入れる。


 大海のバイクは、カンマルクの街へと向かって走り始める。道も悪いしバイクの性能も低い。時速で言うとせいぜい二〇キロくらいしか出ないけど、それでもこの世界の地上移動手段としてはかなり高速だ。馬を潰しながら乗り換えつづけてやっと同等といったところだろう。



 その性能のおかげでバイクが完成した時には、カンマルクを支配する貴族や国王なんかがバイクと、製造方法を教えろと言ってきた。


 軍事的な目的に使おうとしていることはわかりきっていたし、そもそもこの世界の技術では作れないだろう。そうなると大海の時間は大幅に取られるし、世界のパワーバランスも狂ってしまうだろう。戦争の火種に加担するなんてまっぴら御免な大海は当然断った。


 断わることで多少面倒な事になるかと思ったけど、以外にもクイィージーの使徒。使徒の意志は神の意志ということであっさり引き下がってくれた。


 やるやん。クィージーの評価もついにオキアミにまで上昇した。ニョロニョロ脱出おめでとう。



 大海は三時間ほどかけてカンマルクへと帰ってきた。当初の目的のバイクの確認は完璧で往復で一〇〇キロ以上走っているはずだけど何の問題も起こることはなかった。


 バイクを収納してテトを抱き上げる。もはや我が家といってもいい一夜の夢亭。もう長期契約で来年まで部屋を借り切りにしている。ドアをあけると、待ち構えていたかのようにミラが駆け寄ってきた。


「タイカイさん。昨日、錬金術ギルドの人から言伝ことづてがありました。船を作ってくれる船大工が見つかったって」


「そうかありがとう」


 作る船は四〇フィートクラスになる。メートルで言うと全長一二メートル。一〇人乗りくらいのクルーザーとなる。


 そうなると、出力もそれなりに必要になる。当初考えていたプランは使えないから、魔法的な動力も必要になる。流石に錬金術の金属加工ではこの大きさのエンジンは作れないしね。他のプランを検討してはいる。


 ちなみにこの世界の動力船というと、シーサーペントのような生き物に船を引かせるというのが一般的らしい。でも、この方法は大海には使えない。どう考えても海竜みたいのがバシャバシャしてたら魚散っちゃって釣りにならないだろうからなあ。


「そうそう。タイカイさんが作ってくれたビール。大人気なんですよ!」


「そうなのか? それなら良かった」


 こっちに来たときに屋台で飲んだエールは大海の好みには合わなかった。この一夜の夢亭で出していたのも同じで、ハーブやスパイスで風味付けしたものばかりだった。これはこれでアリなのだけどね。


 それでも大海からすればホップを使った現代的なビールが飲みたかった。最初に市場を見て回った時はホップは見つけられなかったから諦めかけていたのだけど、なんと錬金術ギルドの薬草棚で見つけることができた。


 確かにホップは今でも生薬しょうやくとしても使われるし、中世ヨーロッパでも民間医療で使われていたという話をきいたことがあったのを思い出した。


 モルト作りは普通に行われていたから、ホップを入れて醸造するだけだった。あとは瓶詰めする時に炭酸を発生させるための砂糖を追加すれば瓶ビールの完成だ。大海の収納にもかなりの数の瓶ビールを、キンキンに冷えた状態で保存してある。


「あの、ビールもっと沢山仕入れたいってお父さんが言ってたんだけど……」


「ああ、構わないよ。とりあえず一〇〇本位出しとくね」


 大海はミラと貯蔵庫へ行ってビールを収納から一〇〇本取り出す。結構な勢いでビールも売れている。今は錬金術ギルドにもらった大海専用の研究室でほそぼそと作ってるけど、どこかの醸造所と提携して事業化するときが来たのかもしれない。これでまた収入源が増えれば、釣りにかけるお金が増やせるな。


 それよりも先にやることは決まっている。アスピドケロンに負けない竿と釣り糸の作成。そのためには、ちょっとした旅をする必要がある。そのためのバイクだ。

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