第2話 人里を目指す

 少なくとも帰れないことは確定か……。自宅マンションに保管してる釣り道具たち……。もったいないなあ投資金額としては高級国産車を軽く新車で買える金額を突っ込んでいたのに。それに管理人には内緒で風呂場でこっそりと飼ってたヌマエビの行く末も気になる。大海たいかいが飼い続けても最終的にはエビ撒き釣りの餌ではあるのだが。


〝それは心配いらぬぞ。私のほうで元から存在しなかった人間のように処理しておくゆえな〟


「元から居なかった人間か……。両親も親戚ももう居ないから問題ないけど、それでも何も感じないわけではないな……」


〝すまぬな……。その分、そこの女神が手厚く保証してくれるであろうよ。ちぃと能力などと呼ばれるようなものでも思いのままであろうぞ。そうよな?〟


〝も、もちろんですよ……。どんな力がほしいですか?〟


「うーん。とりあえずどんな世界なのか教えて貰える?」


 クィージーに説明してもらった内容を総合してわかったこと。大海がこれから生きていく世界はいわゆる中世ファンタジーな世界だということだ。


 大海は昔からやってみたかったことがあった。オーストラリアでカジキマグロを釣ってみたかった。メコン川にいる世界最大級のナマズ、メコンオオナマズも釣ってみたかった。アマゾンへ行ってピラルクーも釣りたかった。ヨーロッパのパイクに、カリブ海のターポンなどなど……。こうなった以上、異世界の魚を釣り尽くしてやろう。だけど……。


「それだと釣具もしょぼいのしかないのか……。カーボン竿も良いリールも……」


〝まあそうですね。自分で作るしかないでしょう〟


「作れるのか⁈」


〝錬金術でなんとか?〟


「ならそれを使えるようにしておいてくれ。その錬金術が使えると他になにができる?」


〝ごちゃごちゃ言わないで、錬金術だけもらってさっさと出て行きなさいよ‼〟


〝やはり最高神から言ってもらうべきか……〟


 クィージーは大海の質問に苛立ってきているのだろう。確かにネチネチ聞かれるのが不愉快なのはわからなくはない。だけど、大海からしてみれば今後の人生が掛かっているのだ。簡単に引き下がる訳にはいかない。


〝えっとぉ。最高レベルの錬金術スキルで出来るのは、小規模な金属の加工と、薬品などを生成するための熱を自由に扱う能力、それに薬品や素材に関する知識ですねえ〟


「その金属の加工というのは?」


〝三辺の長さが大体肘から指先くらいまでの立方体までの金属ならどんな種類でも、イメージ通りに加工することが出来る感じ〟


 三辺が肘から先の長さの立方体ということは、結構な大きさまで加工できる。釣り針なんかはもちろん、リールやなんならアルコール燃料の船外機も作れるかもしれない。


「錬金術で良さそうだけど、異世界モノで定番の収納魔法みたいのはない?」


〝はいはい。錬金術に収納魔法と言語理解。ついでに鑑定スキルもお金もあげるから、それでもういいでしょ?〟


「充分だ!」


 答えた直後、大海は強い光につつまれる。視界が真っ白になって眩しくて思わず目を瞑る。


 数十秒ほど経っただろうか、眩しさが薄れていきゆっくりと目を開くと、林のなかの少し開けた場所に立っていた。立ち並ぶ木々は割と見慣れた感じの広葉樹だ。足元を見ると膝上くらいの丈の草が生えている。


「そういえばお金をくれるって言ってたのはどこにあるんだ?」


 大海は服についているポケットをくまなく探してみたけど、お金らしきものは見当たらない。クィージーに騙されたのだろうかと思ったところで、収納魔法の事を思い出した。


「収納魔法って、どうやって使うんだ?」


 大海が『収納出来るならクエ竿を収納したいよな』と考えた瞬間、手に持っていたクエ竿が消える。そして頭の中に収納魔法に収められている品物のリストが思い浮かぶ。そこにはクエ竿と並んで、革袋(お金入り)があった。それを取り出したいと考えると手の中にずっしりと重い感覚が現れる。


「へえ。こんな感じなのか便利だな。というか、お金っていくらあるんだろう?」


 革袋の中身を数えてみると金貨が九九枚と、銀貨が一〇枚だった。銀貨一〇枚で金貨一枚分ということだろうか。それで金貨一〇〇枚分なんだろう。なんか微妙にケチ臭さを感じるけど素寒貧スタートよりは全然ましだろう。最初に手に入れるべきなのは錬金術をするための道具だな。


「錬金術の道具はそれなりの規模の街へ行かないと無理だろうな……。その前に、まずは人の住んでいるところを探さないとか……」


 周りをもう一度良く見渡して見たところ、一方はより深い森になっているようで、さらに上方には巨大な尾根が覗いている。その反対側は相変わらず林のようで山のようなものも見えない。大海は迷うこと無く山の無い方へ向かって歩き始める。山が見えないということは、こちらが下流で海の方に出るのに違いない。


「海沿いなら街は必ずあるだろうけど、誰も住んでない山も多いからな」


 大海の読みは当たっていたらしく、しばらく歩いたところで道を見つけた。道沿いを歩いていれば集落が見つかるはずだ。


 ここからは枝で怪我をすることも無いだろう。ライフジャケットを脱いで収納魔法で片付けると大海は歩き始めた。道とは言っても踏み固められた土の道だけどね。ところどころわだちの跡もあるから馬車なんかも通っているだろう。見える範囲では今はひとっこひとり居ない。


「道がある以上、どこかの街には通じているだろう」


 それから三時間ほど歩いて、大海は自分の判断が間違っていたのではないかと不安になってきた。確か不動産広告の駅から◯分という広告の基準が一分八〇メートルだから、三時間歩くとおよそ一〇キロ近く進んでいるはずなのに、集落どころか生き物のの姿を見ていない。


「でも、道はちゃんとあるんだよなあ。それにこんなところで野宿もできないし歩くしか無いかあ」


 気を取り直して歩き始めて三〇分程で林の先にちょっとした岩山が見えてきた。太陽はすでに頂点を超えていて、あと数時間もすれば夜になるだろう。大海は道の選択を間違えたのかと不安になる。


「おいおい。勘弁してくれよ。あの岩山を超える前に夜になっちまうよ」


 大海は絶望にもにた感覚を覚えながら、せめてあの岩山の所で野宿をしようと歩き続ける。林を抜け岩山の姿がはっきりと見えてきたところで大海は気付いた。


「あれは……。岩山にトンネルが通っている?」


 確かに岩山にはトンネルが通っていた。どうやら大海が歩いてきた道は、間道だったらしく他の方向へと伸びている道には、今まで見かけることのなかった人や馬車が行き交っている。


 一気にモチベーションが上がった大海は足早にトンネルへと向かって進んでいく。トンネルの前には武装した兵士が立っていて、通る人のチェックをしているようだ。大海もトンネルをとおる為に待っている列の最後尾に並んだ。


 大きなハルバートを脇に立てかけて警戒している兵士と、人々をなにやら魔道具のようなものでチェックしている兵士。通っていく人の様子をみていると、あの魔道具でチェックだけ受ければ通行料とかは必要が無いらしい。


「次、どうぞ」


 観察している間に大海の番がやってきていて、板の上に平たい石が貼り付けてあるような見た目の魔道具が差し出される。


「えっと、どうすれば?」


「この魔道具の上に手を置いて貰えれば大丈夫です」


 大海は言われるままに魔道具の上に手を乗せる。すると平たい石が薄っすらと緑色に光る。


「大丈夫ですね。通っていいです」


「これはいったい?」


「手配石ですよ。犯罪を犯した人には呪いが飛ばされますので、その呪いの有無を調べるものです」


「なるほど」


 大海が感心していると、後ろに並んでいる人から「早くしてくれ」と声がかかる。確かに待っている人が居るのに無駄な質問をするわけにはいかない。気になるところだけどトンネルの中へと進む。


 トンネルの長さは一〇〇メートルほどだ。馬車も通るだけのことはあって道の幅は六メートルくらいあるし、高さも結構高い。そのおかげで照明などはないけど暗さはあまり感じない。


 トンネルの出口が近づいて来るが、明暗の差で良く向こうは見えない。ただ真っ青な水と白波は見える。どうやらトンネルを抜けた先は小高い丘のような場所になっているらしい。


「海だ」


 大海の目に飛び込んできたのは湾と呼んだほうがしっくりくる大きな入り江と、そこに浮かぶ大小さまざまな船。それに大きな港を持った街。これが大海がこれから生きていくことになる世界かと、しみじみと海を見る。


 その時、湾の出口辺りで一匹の巨大な魚が飛び上がる。虹色に輝く鱗をシーラカンスに似た姿。距離があるせいで予想だけど五、六メートルはあるだろう巨大な魚体。大海は一瞬でその魚に魅入られれた。


「決めた! あいつを釣ってやる」

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