3話 王国一の格闘家

 年に一度、中央王都で開催される武闘大会。自らの格闘家としての人生を締めくくるには丁度いい舞台だと思った。年齢も六十五となり、これ以上自分の拳を極めても体が衰えていくと分かっていた。


 だからこそ、本気で臨んだ。参加者五百十二人の中、ベストエイトまで拳一本で勝ち残って見せた。剣も魔法も使わずにこの結果は異例のことだともてはやされたが、結果は結果だ。一生をかけたこの拳は、あの王国の騎士団長には届かなかった。


 正々堂々と正面から戦い、儂は敗れた。この結果に悔いはないし、最後の相手が奴で良かったとすら思っている。余生は穏やかに過ごそうと、そう思っていた。


 しかし、最近になって国中を驚かせる記事が流れ出した。


【ライムライト家の長女、拳で魔獣の群れを屠る!】


呵々かかっ、随分と骨のあるご令嬢もいたものだ」


 ライムライト家の長女といえば、魔法の才を持たず家を継ぐことができなかった哀れな令嬢という程度の認識でしかなかった。記事を読めば、妹を守るために拳を振るったなど書かれている。


「魔法が使えないから拳と来たか! 久しぶりに心躍る記事をみたわい。面白いではないか」


 ライムライト家の長女、名前はパキラといったか。こやつは将来大物になるぞ、などと勝手に思いながらその日は久しぶりに拳を振るう場を求めて、魔獣狩りへと赴いた。


――――――

――――

――


 そして翌日。儂のもとに一通の手紙が届いた。こんな老骨に今更何の用だ、と思いつつ送り主を見る。そこに書いてあった文字は、目を見張るものだった。


【ライムライト家 執事長 ガベラ・トパーズ】


 始めは何かの間違いかと思って破り捨てようとした。だが、宛先には確かに儂の名前が書いてあった。


【拝啓 クチナシ・ネープル様】と。


 四大貴族様から手紙を送られるようなことなどした記憶はない。だが、それでも突然貴族様から手紙が来れば身構えてしまうものだ。恐る恐る手紙の内容を確認する。


そして数分後……。


「カッカッカッ! 久しぶりに笑い転げそうになったわい! ライムライト家め、とんでもないご令嬢を世に放ちおって!」


 手紙の内容を要約するとこうだ。


【長女であるパキラ・ノース・ライムライトが拳術の指南をしてくださる方を探しているので、クチナシ様にライムライト家まで来て欲しい。期間中の衣食住や報酬については、相応の物を用意しておく】


「フン、十二の若さで魔獣の群れを屠るご令嬢から直々の指名ときたか。ならば、この老骨に鞭打ってやる甲斐もあるというものよ」


 ひとしきり笑った後は即決だった。この拳にまだ意味があるというのなら全力でそれを全うしてやろう。その気概で、指定された日時にライムライト家に赴いた。


――――――

――――

――


「そろそろ、ですわね」


「はい。くれぐれも、無礼のないように」


「あら、そんなことを心配していらっしゃるの? そんな心配は無用ですわ。」


 左腕の怪我が完治し、本調子に戻った次の日。わたくしたちは庭園である人物を待っていた。


 数分後、正面の門が開きその人物が姿を現す。身長は百七十センチほど。引き締まった身体に、老いを感じさせる白い髪。だがその佇まいには一切の隙は無く、歴戦の猛者であることが一目で分かる。


「お待ちしておりました。クチナシ・ネープル様。私は執事長のガベラ・トパーズと申します。以後お見知りおきを」


「パキラ・ノース・ライムライトですわ。クチナシ様のお話はかねがね伺っておりますわ。今年度の武闘大会において、拳術のみで素晴らしい結果を残されたと」


「クチナシ・ネープルと申します。ライムライト家からの直々の御招待、身に余る光栄であります」


「……さて。挨拶はこれくらいでよろしいですわよね? クチナシ様、そこまで畏まった口調で話す必要はありませんわ。何故なら、わたくしは教えを乞う身ですもの」


 そう言った瞬間、クチナシ様の表情が緊張したものから一気に愉快なものを見るような表情に変わった。


呵々かかっ、そうかそうか。では、こちらは普段通りでいかせてもらおうではないか。執事長殿、今後この話し方を続けても無礼にはなるまいな?」


「お嬢様がそう申されたのです。問題ないでしょう」


「フン。では早速稽古をつけてやろう、と言いたいところだが……」


「パキラ。貴様にはまだ筋肉が足りておらん! その年齢にしては良い身体をしているがまだまだだ。今後、三年は身体づくりに励んでもらうぞ!」


 その言葉を聞いて、こちらも俄然やる気が湧いてきた。端から拳術の真髄に迫れるとは思っていませんでしたもの。そのくらいは当然ですわ。


「ええ…‥! じっくりと時間をかけて、クチナシ様の教えに恥じない肉体にしてやりますわ!」


「良い表情だ。こちらも血沸き肉躍るというものよ! 貴様の未来に期待しておるぞ!」


 こうして、わたくしのリハビリと称した拳術を学ぶ日々が幕を開けたのですわ。

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