2話 生まれてきた意味

「左腕の完治にはあと一週間、ですのね……」


 自分の左腕を眺めながら、そう呟く。怪我が一通り治るまでは自室で安静に過ごすよう言われてしまい、とんでもなく暇を持て余しているわたくしがそこにいた。


 自室に備え付けられている鏡を見る。そこには、怪我をする前と何ら変わりない自分の姿。百五十センチ程の身長、貴族の令嬢らしく金髪縦ロール、父から受け継いだ朱色のまなこを持ったいつものわたくし


「こうしてみると、何も変わりないように見えますわねぇ……」


 服によって隠されているだけで、実際は左腕には包帯がぐるぐる巻きである。少し左腕を動かせば鈍い痛みは走るし、なるべく早く治ってほしいものですわね……。


 せっかく一週間の時間ができたので、今までの自分を振り返りつつ、今後のことを考えてみましょうか。


 これまでのわたくしは魔法を扱えないという、その一点でこの家を継ぐことができなくなってしまっていましたわね。魔法を扱えるかどうかは先天的なもので決まるので、今のわたくしにはどうしようもないのですわ。


わたくしが不甲斐ないばかりに、サニアには負う必要のないものを背負わせてしまいましたわね……」


 後から生まれてきた妹のサニア。サニアは、はっきりと言って魔法の天才と言っても差し支えないでしょう。生まれつき持っている魔力の量が、他の人と比べて圧倒的に多かったのですわ。


 それに物事を吸収するのも早い。彼女の肉体が成熟して、魔法を使えるようになるのが楽しみですわね。そういう訳で、ライムライト家を継ぐのはサニアということになったのですわ。


「そんな大事な妹を守れたのですから、わたくしが生まれてきた意味もあったのでしょう」


 自分の左腕を眺めながら、誕生日のことを思い出す。


 この痛みは、サニアを守り抜いた証ですもの。そう考えると、この痛みも心地いいものに思えてきますわね。


「……いや普通に痛いですわ。早く治ってくれませんこと?」


 この拳があったおかげで、大切な家族を守ることができた。たとえ魔法が使えなくとも、この拳さえあれば。




 ……拳さえあれば、家族を守ることができる?




 そのことに気が付いた瞬間、わたくしはハッとしたのですわ。


 これが、わたくしにできること。わたくしの生まれてきた意味。魔法が使えなくとも、この拳さえあれば大切なものを守り抜ける……!


「そうですわ! わたくしが拳を振るえるようになれば家族を守れますわ!」


 そうと決まれば善は急げですわね。早速じいやを呼びましょう。


「じいや~? ガベラじいや~? いらっしゃる~?」


「お呼びですかな、お嬢様」


 ものの数秒で部屋の前から返事が返ってきた。自室の扉を開け、じいやを部屋に招き入れる。


「あらじいや、近くにいらしたんですの?」


「いえ、二階で窓の掃除をしておりました」


 二階への階段ってこの部屋からそこそこ距離があったと思うのですけれど……という疑問はさておいて、本題に入ることにした。


「じいや、わたくし拳術けんじゅつを指南してくださる方はいらっしゃらないかしら?」


「これまた唐突な……。しかし、剣術けんじゅつですか。ならば、左腕のお怪我が治りましたら国の騎士団の方を手配しておきましょう」


「騎士団? 何を言っていますの? わたくしが振るいたいのはけんではなくこぶしですわ」


 自らの拳を握りしめながら、わたくしはそう言った。じいやは珍しく、頭を抱えていた。


「一応理由をお聞きしますが……なぜ拳なのでしょうか、お嬢様」


「そこはほら、アレですわよ。リハビリってやつですわ」


「はぁ……。承知致しました。では、格闘術の心得があるお方を探してみましょう」


「本当ですの!? やはり持つべきはじいやですわね~!」




 翌日。世間の情勢を知るために、いつも通り新聞に目を通す。将来外交をする時のために新聞を読む癖をつけておけとの教育である。そして本日、新聞の大見出しには……。


【ライムライト家の長女、拳で魔獣の群れを屠る!】


「これは一体なんですのおおおおおお!?」


 叫んだ。朝っぱらから叫んだ。わたくしが堂々と新聞の表紙を飾っている。わたくしの知らないところでわたくしが話題になっている。


「お嬢様、朝から大声で叫ぶのはお辞めください」


 一体どこから湧いてきた。じいや、あまりにも神出鬼没すぎませんこと? いや、今はそんなことよりもだ。


「じいや! なんなんですのこれ!?」


 じいやに向けて新聞の表紙を見せつける。既に知っていたのか、じいやが特に動じている様子はない。


「はい、お嬢様が新聞の表紙を飾っておられますね。お嬢様に仕える執事として、とても誇らしいです」


「そういう話ではないでしょう!? 誰がわたくしの話を漏らしたんですの!? わたくし、ただでさえ魔法が使えない可哀そうな令嬢みたいに思われているんですのよ!? こんなに堂々と新聞に載ったらまた変な噂が立ってしまうじゃないですのー!」


「お嬢様の話でしたら、ご主人様が誇らしげに語っておられましたね。昨日さくじつ、王都に出張した時に話が広がったのかと」


 お父様……。昨日は一日姿が見えないと思ったらそんなことをなさっていたのですね……。


「はあ……。どうしましょう。これでわたくしがライムライト家の暴力女とか言われ出したら……うっ、想像すらしたくないですわね……」


「安心してください。世間ではお嬢様を見直す声の方が多いようですので」


「“見直す声の方が多い”? ということはそうでない声もあるということですの?」


「お嬢様。この世には知らない方が幸せということもあります。どうかご理解ください」


「それほとんど答えを言っているようなものなのですけれど!?」


 じいやの気遣いがこんなにも辛く感じたのは生まれて初めてですわ……。


「こうは言いましたが、悪いことばかりではありません。この話が広まったことで、お嬢様に拳術を指南してくださる方が探しやすくなりましたので」


「あら、そうなのですの? では、わたくしは楽しみに待っていますわね~!」


 わたくし、嫌なことはいいことで上塗りしてやり過ごすタイプですの。なのでさっきの話はきれいさっぱり忘れましたわ。


 ――――――

 ――――

 ――


 一方その頃。同じ新聞を見ているライムライト家の次女が一人。


「お姉様の勇姿が新聞一面に……! やっと世間がお姉様の素晴らしさに気が付いたのでしょうか……! いえ、これだけでは足りません。私が生涯をかけてお姉様の素晴らしいところを伝えていかねば! 待っていてくださいね、お姉様。私がお姉様を更なる高みへと連れていきます……!」

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