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≫≫特異対策室、陸上くがうえかがみ

仮名暮町かなぐれまち?どこそれ、聞いたこと無い。」

「結構辺鄙な田舎町らしいからな。――次のお前の調査地だよ。」

「うへぇ……、この時期にそんな所嫌なんですけどぉ。」

「みんな嫌だからお前が行くんだろ、鑑。」

「なんてこった、人使いが荒い。」

「あはは、悪いな。――まぁあとは単純に、この町おかしいんだ。」

「はぁ、おかしい?」

早朝、出勤してすぐ。朱雀すざくちゃんから呼び出しを食らった。

「歪の目撃証言が絶えない。人型個体も結構出てるらしい。恐らく町の住人の中に何かおかしいのが居るんだろ。」

「おかしいって……。それどころの話じゃ無いんじゃない、この資料の量。」

「まぁ多分な。だからまぁ、見つけ次第それも消してくれ。」

「うわ……、人殺ししろって事?」

「別にそんなことは言って無いだろ。お前の解釈次第だ。」

「嫌なこと言うなぁ朱雀ちゃん。一緒行こうよぉー。」

「やだ。断る。外出たくない。」

「……ちぇ。」


 特異対策室。公安の付属組織であり、その存在は非公開とされている。ごく一部の人間しか知らない、特殊組織だ。

 基本的にはそうだなぁ……、例えば。

心霊スポットで死人が出たとしよう。それの真相解明、場合によっては超常現象的なものを潰すのが仕事だ。

 そうこの組織、幽霊を祓ったり、人ではない何かに対処するために作られた組織なのだ。

そんな現実味の無い組織が、公安の付属組織として存在しているのかと言われそうだが、実際存在している。

 私、陸上鑑はその一員だ。


「仮名暮町……って、ここマジでおかしいじゃん……。」

 朱雀ちゃんから渡された資料に目を通しながら私は深い溜め息をついた。つかざるを得なかった。

「おかしいだろ。早いうちに手を打った方が良いと思うんだ。」

「まぁそれは確かにね……、けどなんで尚更朱雀ちゃんが行かないのこれ。こんな酷い事案だったら朱雀ちゃんが対応したほが良くない?」

「別に誰でも良いだろ。戦闘能力はお前の方が高いし、妥当だ。」

「うわ、ねぇ行きたくないだけでしょ。」

 朱雀ちゃん――樋本ひのもと朱雀すざくという私の上司は、何も言わずただ薄ら笑いを浮かべた。年に見合わない小さな体躯に、赤っぽい癖のある髪が特徴的な人である。この人はここの室長だ。ちなみに私は一応副室長にあたる。人手不足で強制的に役職が繰り上げられたのだ。嫌になる。

「その町、行方不明者と自殺者の数が人口に見合ってないんだ。変死体、とまではいかないが、数年に2件ぐらいのペースで変わった事件も多い。歪の報告件数もかなり多いし、過去数回人型個体も確認されてる。」

「……磁場の問題とかじゃなくて?」

「それもあるとは思うが、他にも何かあるらしい。恐ろしい町だろ。」

「はぁ……、もういっそ全部焼き払っちゃえば?」

「報告書書くんだったらそれも良い。鑑に任せるよ。」

「げっ、うぅ、真面目にやります。」

 街の写真が数枚と、町周辺の地図。学校の有無や住人の数、町がある所以、この町の特出した点を見つけるために一気に資料に目を通す。

「あぁそうだ。」

 朱雀ちゃんが、向かい側のデスクに座って頬杖をついたまま私の方を見た。手首につけた水晶のブレスレットが光を反射して眩しい。私は目を細めながら、何も言わず朱雀ちゃんの言葉の続きを待つ。

「そこの町に”リピディア”という喫茶店がある。プリンとかホットサンドが美味い店らしいぞ。経費で落としてやるから行ってみたらどうだ?」

……思わず息を呑んだ。どうやら朱雀ちゃんは私の使いこなし方を完璧に理解しているらしい。私はにっこりと笑って、椅子に掛けていたジャケットを手に取った。

「朱雀ちゃん、そこの資料後でデータで送って!私もう電車乗っていくから!」

「言われなくてももうやってある。着いたら連絡しろ。」

 そんな呆れ気味の朱雀ちゃんの声を背に、私はスキップで駅まで向かった。


「……とは言ったけど思いっきり道間違えたなぁ。」

 電車で1時間ほど揺られてからバスに乗り換え、小学校の前で降りた所までは良かったのだが、無作為に突っ込んだ雑木林の中で思いっきり道に迷ってしまった。歩きまくって辿り着いたそこには、あまり見たことの無いプラネタリウムの廃墟があったので中に入って少し休んでみる。赤いベルベット生地の座席は、所々埃が付いていない席があった。それを選んで腰を下ろす。もしかしたら誰かが出入りするのだろうか。まぁ私が子供だったらここは絶対に秘密基地にするなーと思う。

 スクリーンの前に放られていたまだ新しい映画の情報誌を手に取り読んでから、私は眼鏡を外した。それから私は外した眼鏡のレンズをじっと見てみる。レンズは薄くて、度なんか全く入っていない。私はハンカチをジャケットから取り出して軽く表面を拭いた。紫色っぽい輝きを放つそのレンズの光が目に入って、目の裏に痛みを感じる。眩しいのは嫌いだ。


 私は特異対策室副室長とかいう大仰な肩書を持っている癖に、超常現象的なものを見た事が無い――というか見えないのだ。この特異対策室のメンバーは基本的に私以外何らかの第六感がある。ここで少し、私の愉快な同僚たちについて話そうと思う。  

 まずは勿論朱雀ちゃんだろう。彼女は陰陽師だったか霊媒師だったかのご令嬢で、歪や霊の視認は勿論、除霊などもお手の物である。

 次に特筆すべきは私の後輩だろうか。超能力が使える奴が1人いる。物の記憶が読み取れる、らしい。サイコメトリーというんだっけか。故に殺人事件とかの調査に引っ張られることが多くほとんど対策室には居ない。可愛い後輩だ。

 最近入って来た新人もまぁまぁとんでもない。あの子は確か……、魔道具?が作れたはずだ。未だにちゃんと覚えられない。


 だがまぁ、あの子のおかげでホワイトボードに直筆記入だった成果表――月にいくつの討伐対象(歪、霊、超常現象的なやつ)をやっつけたかを記録する表のことだ――は、それぞれの能力か支給された武器と連携されるようになったらしい。昨日の夜も新人くんが根気強く私に魔道具の説明をしてくれた。

――『例えば朱雀室長が持ち前のお札とか呪文とか使って霊を1体祓ったとしますよ。祓い終わったその瞬間に、朱雀室長がいつも身に着けている水晶の数珠を経由して「祓った」という結果が対策室のカウント器具に送信されるんです。それで、カウンターの中にノルマ分それぞれ違う石が入ってますから、それが1つ落ちるんです。1体祓いましたからね。鑑先輩の場合、リボルバーガンですね。あれが発砲されて歪が、もしくは霊が祓わ……どちらかというと消されたって感じなのかな。まぁ、やっつけたとしたら、鑑先輩の石が1つ落ちるんです。』

 ……何回説明されてもよく分からない。

朱雀ちゃんの石は真っ赤な宝石で、私の石は黒っぽい鈍く光る石。サイコメトラーの後輩の石は青く透き通ったガラス玉の様なやつで、新人のは紫色っぽい星形の陶器で出来た飾り物に見えた。


 まぁそういう非現実的な能力がある人間が、この特異対策室に派遣されたりスカウトされたりすることが多いのだ。基本的に多くても5、6人しかいない小さな部署である。

 さて私は?――全くそういう力が無い。1番ハードルが低いと言われている歪の視認さえできないため、この眼鏡で対応している。いわば私はただの、機密情報をたくさん知ってるだけの一般人なのだ。だが一応即戦力というかそういう扱いである、それはなぜか。

――この部隊、まともな身体能力を持っている人間が少ないのだ。

私はもともと、名前のせいで陸上競技をずっとやっていた。故に足は速い。それに加えて、大学に入ってから始めたサバイバルゲームとパルクールのおかげで身体能力が結構高いのだ。そんな私は大学卒業後、軽い気持ちで公務員になることを決め、公安勤務が始まる2日ほど前唐突に朱雀ちゃんとの顔合わせがあった。この部隊は日常的に銃火器を使うため、サバゲで持て余していた私にとっては好都合だったし、もとよりあまり頭が良い方では無いので、結構分相応な部署に飛ばされたのだ。

「……私も超能力欲しいなぁ。」

 そんな風に昔話に思いを馳せているうちに眠くなってきた。私は膝の上に乗せていた雑誌を開いて、顔の上にかぶせた。手には眼鏡を握りしめて短い昼寝をすることにしたのだ。田舎町はいいなぁ、静かで。そう思いながらも、遠くから誰かの足音が近づいてくるのが聞こえる。放っておこう、眠たいし。


 夢を見た。こんな昼寝で夢を見るほど深く眠ってしまっていたなんて、朱雀ちゃんにバレたら何て言われるか分からないけど、私だってこんなに眠ってしまうとは露ほども思っていなかった。正直移動が長かったというのもあるだろうが……って、言い訳しているのバレたか。えへ。

 まぁ言ってしまえばよく見る夢だった。黒い、歪の様に見える真っ黒い液体に、背中からじわじわ飲み込まれる夢だ。溶ける様な、体の中に歪が入り込んでくる様な、そんなイメージと感覚がどうにも気持ち悪い夢だ。

「お前はなんでそっちに居るんだ。」

「お前がそっちに居る資格なんてないだろう。」

「お前はこちらに来るべきだ。」

「お前もこうなれ。」

「――こちらは気分がいいぞ。」

 うるさい黙れ。その声で喋るんじゃない。そう怒鳴り散らしたいが、何故か夢の中の私は歪に呑まれることを拒もうとしない。ただただその液体たちに呑まれることを気持ちよさそうに受け入れている。もしかしたらこの体は自分の物じゃないのかもしれないと思った辺りで、目の中に歪が入って来る。液体に眼球を触られているのに痛みはない。不思議な感触だ。唇を液体になぞられ、うっすらと開けてしまった時が最後、とんでもない勢いで喉にそれが流れ込んでくる。体中が黒くなっていく感覚、というのだろうか。自分の体が何かに侵食されていく感覚があり――。

  どごん

 毎回、私の商売道具のリボルバーガンの銃声が頭の中で響き渡り、体が軽くなる。頭が割れそうなぐらいの痛みと共に、きーんと遠くで音が鳴っている。それからゆっくりと瞼が動くようになる。今日は顔に雑誌を被っていたから何も見えるものは無かったが。

 ただ今日少しいつもと違う点と言えば――傍に誰か立っていたことだろうか。

 

「……息してない。」

 思ったよりも早く、眠りに落ちる前遠くで聞こえていた足音の主が私の方に来た。あどけない声と発想で、私は思わず笑ってしまう。それとももしかして、あんな幼稚な悪夢で私は本当に息が止まっていたのだろうか。それもそれで笑える。乾きかけた舌を上手く回して、声を絞り出した。

「――してるよ。失礼な。」

 さぁて、そろそろ働くとするか。

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