第1話 この男ひどすぎる


 盛大に混乱したが、改めて。

 一度ブランシュにはご退出を願った。しばらく一人で頭と心と体ともひとつ心を整理したかったからである。


「……はああああああああああああああ」


 思い切り頭を抱えて溜息を吐く。むしろ溜息しか出ない。よりによって最低最悪の男に転生してしまった。

 そうだ。これは異世界転生。大学時代よく漫画や小説で読んでいたジャンルだ。



 しかもこれは、その中でも死に戻りのジャンルな気がする。



 根拠は、俺が直前まで見ていた夢だ。その中で、ギルバルト――俺の子供であるディアンとカーラは間違いなく成人していた。俺が必死に掘り起こした記憶でも一致している。間違いない。


 だが、あの俺専属執事ブランシュが言うには、二人はまだ七歳だと言う。


 つまり、あの夢は夢ではなく、一回死んだのだ。ギルバルトは。

 そして何をまかり間違ってか十年以上前に逆戻りしたというわけだ。


「……って俺、二回も死んでるんかい」


 大学生の時に理不尽に殺され、転生した先でも何者かに殺されたっぽい結末。あの刺された時の灼熱は、忘れたくても忘れられない。思わず腹を、そして背中を押さえてしまった。

 って、不運過ぎないか。

 前世の人生は比較的穏やかで平凡で、でもそれなりに幸せな日々を過ごしていたはずなのだが。家族仲も良かったし、兄や妹とも喧嘩はしても何だかんだで一緒にいるのが楽しかった。

 ただ、寿命の迎え方がハード過ぎる。しかも二回目もハード過ぎる。おまけに子供達とは不仲という最悪の状態。


「……そういや、みんな元気にしてるかな」


 前世の俺が死んだ後、一体どうなったんだろうか。

 悲しませてしまっただろうか。突然の死の上、事件に巻き込まれて刺殺だなんて受け入れがたいだろう。俺だったら、家族の誰かがそんな死に方をしたら受け入れられない。

 悪いことをした。もう少し早く帰れば良かった。

 だが、悔いても戻ることはない。

 なのに。



「……ギルバルトは戻ってるんだよなー!」



 いいなあ! 俺だって戻れるんなら家族の下に戻りたい! やあ! って手を上げて抱き着きたい。親より先に死ぬなんて。親孝行だってまだまだだったのに。後悔だらけだ。

 しかし、戻るなんてそんなのは無理だ。現に、俺の心の奥底が、俺はギルバルトだと認めてしまっている。


「……転生した後、前世の記憶は無かったってことだよなあ」


 そして、死に戻りをキッカケに思い出してしまった。正直、思い出したくなかった。残してきた家族のことを考えると心がずどんと重い。


「……ま、とにかく。今はこの状況をどう考えるか、だな」


 デンツィーレ家は代々騎士の家系で、今の団長は当主は退いているギルバルトの父親。俺は副団長。俺は何と、騎士としては普通に慕われているらしい。

 性格としては寡黙、勇敢。騎士にはなかなか相応しい性格だ。誰かが襲われていたら率先して助けてた記憶もある。なかなか偉い奴だ。

 それなのに。



「……なんっで子供のことは無視するかねええええええ!」



 許すまじ!

 両親に大事にされてきた俺としては、このギルバルトの所業が全くもって許せない。自分の子供を可愛がらないどころか、挨拶もしない、目も合わせない、会話をしようともしない、食卓も共にしない、話しかけてきても「忙しい」の一言で突き放すなどなどなどなどなどなどなどなど。


「……こいつ、どうしようもねえな!」


 騎士としては優秀でも人間としては最低だ。親としてではない。人間として最低だ。


「しっかし、何でそんな態度取るのかわからないんだよな」


 いささか記憶は混乱しているが、俺は間違いなくギルバルト。だったら、子供を遠ざける理由だって分かるはずだ。

 それなのに、何故かそこだけはどれだけ記憶を探ってみても思い当たらない。まるで鍵をかけられた様に閉じられているのだ。


 よっぽど忌々しい理由でもあるのか。


 だが、記憶にある限り、この子供達、割と良い子だった気がする。幼少期から思春期までそんな粗末な扱いを受けて育ったのならば成長するにつれてグレてもおかしくない。

 しかし、周りとの人間関係は良好だと報告を受けていた場面があった。

 それを聞いて、ギルバルトは――俺は一体何を思っていたのか。さっぱり思い出せない。


「何で子供のことだけシークレットだらけなんだよ」


 七歳からやり直せるとはいえ、もう七歳。七年も放置していたというのならば、子供の方も敬遠しているだろう。

 だが、家族仲が悪いなんて嫌だ。そもそも、子供にさみしい思いなんてさせたくない。ましてや、親に嫌われているなんて子供達に考えさせたくもなかった。


「父親の経験はないけど、……家族の経験ならある」


 ならば、ここから巻き返すしかない。かなり困難な道だが、絶対に成し遂げてみせる。

 きっと前世の記憶を思い出したのは、俺をこうして奮い立たせるためだ。ギルバルトの記憶しかない時代の不甲斐なさを反省し、神がチャンスを与えてくれた。そう思いたい。いや、絶対そうだ。異世界転生って神が関わっていること多かったし。


「よし! じゃあ、まずは朝の挨拶からだな!」


 善は急げと秒で着替える。

 その際、色々チェックするために鏡を覗き込み――ほうっと思わず溜息が出た。



「俺、イッケメーン」



 強面過ぎず、優男過ぎず。きりっとした眉に切れ長過ぎない藍の瞳。鼻筋は通り、赤茶の髪は綺麗に整っていた。威厳を醸し出す表情だが、にっと口角を上げるとわりと屈託ない笑みに変わる。

 平々凡々だった前世の容姿とは打って変わってイケメンだ。そういえばこのギルバルト、独身時代はモテてたなと記憶を引っ張り出す。何と贅沢な。

 そして。


「……妻のこと、愛してたんだよな」


 侯爵家のギルバルトと子爵家のダイアナ。

 身分が少し釣り合わなかったが、土下座して互いの両親に一緒に頼み込んだ。

 幸いギルバルトの両親も大恋愛の末の結婚だったため反対は無かった。子爵家もお人好しの代名詞の家で、よろしく頼むと妻を託された。

 それなのに。


「……大病を患った上での難産だったんだもんな」


 子供は諦めた方が良いと医者に言われたが、妻は決して首を縦に振らなかった。愛する人との子供を守りたいと、貫き通した。ギルバルトも妻の意思を尊重した。

 双子だった。

 最後の一人が誕生した後、妻は嬉しそうに笑い――そのまま亡くなった。

 あの時のことを思い出すと、俺の胸がひどくぎしぎしと痛む。記憶でも人目をはばからず号泣していた。本当に愛していた。

 こうして色々思い出していると、俺とギルバルトが混ざり合って変な感じだ。自分のことの様に感じながら、どこか遠くを見る様にも感じる。いつか一つになるのだろうか。前世の記憶はある意味厄介だ。


「……母親のこと、子供に伝えたいよな」


 本当に優しく明るい人だった。

 母親のことを何も知らなくても、どんな人かと興味は湧くはずだ。それさえ話してやれないギルバルトは父親失格である。


「ま、それも今日までだ!」


 どれだけ無視されても、どれだけ邪険にされても、今度は俺が親子仲を修復する。



「よーし! やるぞー!」



 あーっはっはっはっはっは、と高らかに笑う俺に、扉の外で待機していたブランシュが血相を変えて飛び込んできたのは無かったことにした。


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