英雄探偵の恋、怪盗少女の嘘
ツインテール大好き
第1話
オレは探偵、『ヒィロ・グレイハウンド』。
広大なラグドユグニア大陸の大部分を領土とするドラコニア連邦国家。その所属国の中でも最東に位置するアルテミスト王国の首都<イリシス>から南西、大陸でも有数の鉱山都市<ストンヘイン>――から南に離れた小都市<レッドピーク>――の郊外にある小さな町<グレイトタウン>で探偵業に勤しんでいる。
グレイトタウンの12番地に聳える、古ぼけた2階建ての集合住宅<ライラック・ハイツ>。床が抜けそうな大量の書棚と出自不明の怪しげな調度品に囲まれたこの201号室が、オレの事務所であり、かの高名な探偵『ジャック・グレイハウンド』がかつて拠点にしていた部屋でもある。
何故、あのジャックの部屋をオレは事務所にしているのか。その先はあえて言うまでもないだろう、それはオレがジャックの弟子であるからに過ぎない。
何? 『ジャック・グレイハウンド』を知らない?
まったく、不勉強な記者にあたったものだ。
では説くとしよう。『ジャック・グレイハウンド』とは何者か、それは――。
ドアを叩く音が、乾いた室内に響く。
「おっと。来客か」
組んでいた足を直し、安楽椅子から立ち上がる。室内にオレ以外の人影はない。
……おちおち、将来インタビューを受けたときの予行練習をしている暇もないな。オレくらいの探偵になると、こういう悩みも出てくる。
ゴンゴンッゴンゴンッ。ドアを叩く音が大きくなる。長い棒状の物で叩いているようだ。
「どうぞ!」
オレが声を張り上げると、訪問者が部屋にあがる。
オレは来客用の紅茶(自分の分は勿体ないのでない)を淹れながら声をかける。
「レディ・アンデルセン、今日はどんな用件で?」
杖の音が止まり、背後の老女が息を呑む。
「まだ声もかけてないのに何故訪問者が貴方であるかわかったのか。そう疑問に思いましたね?」
彼女が驚くのも無理はない。探偵は些細なことからも、隠された正体を暴く。
ヒントは示されていた。例えば、その杖の音。それと……。
「何を大仰に……」
アンデルセン貴婦人は、ゆっくりと口を開く。
「呆れて言葉も出ないわ、ヒィロ。わたくしほどこの事務所に通っている人間はいないのだから、気がつかなかったら、それこそおかしいわ」
「何を言っているんですか。先月は大工のシエスさんのほうが多く訪問してました。先月の暴風雨はひどかったから建物の修繕にあちこち奔走したし。あのときはライラック・ハイツも――」
「もういいわ。そんな与太話は後にして頂戴」
アンデルセン貴婦人がソファーに腰かける。
オレはティーカップを差し出して、
「確かに、あなたは頻繁にここに訪れている。だがもしも、既に依頼内容までわかっているとしたら――」
「わたくしの依頼はいつも同じでしょう?」
「うっ……」
少しくらいかっこいいインタビューごっこに付合ってくれてもいいのに……。
「と、いうことは、またなんですね」
「そうなのよ。またなの」
アンデルセン貴婦人の依頼はいつも決まっている。
不思議なことに彼女の身の回りでは常に失踪事件が絶えない。その度に、オレにこうして依頼に来るのだ。
或る日のそれは、それはアンデルセン貴婦人の同居人であったり、家族であったり、愛犬であったり、パグのミィちゃんであったりする。まあ今のところミィちゃんの割合が100%であるが。
「心配だわ~。ホントじゃじゃ馬なんだから」
もっと柵を強化した方が良いとか、色々言いたいことはあるが。
(この婆さん案外金持ちだから、無下に出来ないんだよなぁ)
グレイトタウン在住で愛玩目的だけのペットを飼っているのは、生活にかなり余裕がある証拠だ。
「ミィちゃんが見つかったらまた家に連れてきて頂戴。お礼はそのときにするわ」
定期的に――週二回ほど――オレの事務所を訪ねるのも、単なる雑談の一種と捉えられているのかもしれない。
「……まあ、いいですけどね」
生活面で大分助けられているのは事実だし。
「頼んだわよ。ヒィロ」
アンデルセン貴婦人が立ち去った後、結局貴婦人が手をつけなかった紅茶に口をつける。 冷め切った紅茶を啜り、窓から朝日を眺める。
さてと今日はインタビューの練習をして一日を過ごす予定だったが、予定変更だ。
――今日はオレのエリート探偵としての姿を、諸君のお目にかけるとしよう!
クローゼットからカーキのインバネスコートを身につけ、玄関脇に吊されている帽子に指をかける。昔ジャックに貰った灰色のディアストーカーハット。
3度ゆっくり指で回してから、頭に被る。よし、依頼開始だ。
玄関を出て鍵をかける。
階段を下り、共有部を抜けて、路地に、そして――瞳の先で、シルバーブロンドが揺れる。バスケットを片手に携えた華奢な後ろ姿が瞳に映る。
丁度、彼女も出かけるところだったらしい。
彼女が長い髪を靡かせて、振り向く。その艶やかな所作に、思わずオレは息が詰まる。
視線を引き込むシャープで怜悧な瞳にビスクドールのように精妙な顔付き。一見すると冷ややかにすら感じる表情を、瞬く間に優しい柔和な笑みに変えて、彼女が口を開いた。
「おはようございます! 探偵さまもお出かけですか?」
「……うん、そうだよ」
突然の事態に硬直した口をどうにか動かす。
ど、どうしよう……め、めちゃくちゃキレイだ……。今日も死ぬほど可愛い。それ以外の感想が出てこない。
「探偵さま、どうかしましたか?」
「ううん、何でも無いんだ。何でも……」
そう答える合間に、オレの視線は端正な顔と、その直下の豊満な胸を何度か交錯する。
そう、このオレ『ヒィロ・グレイハウンド』を語る上で決して外せない存在がもう一人。
ライラック・ハイツの101号室、オレの部屋の真下に住む女性、『アイリス・アトリー』。彼女が101号室に住み始めたのは、つい半年前のことだが、それ以来オレの興味関心のほとんどを彼女が占めている。口にするまでも無く、見ればわかるだろう、絶世の美少女だ。このグレイトタウンに住んでいるのが奇跡なほどに。
一呼吸整える。
「おはよう。アイリスさん」
「はい、おはようございます」
改めて挨拶をすると、太陽のような笑顔を返してくれる。
彼女は外見が美しいだけでなく、すこぶる明るく温かい性格なのだ。
「それにしてもアイリスさんはいただけませんね。アイリでいいですよ、って何度も言っているのに……」
「そ、そんな呼び方をしたら! なんだかとても親しい間柄みたいじゃないか!」
狼狽えるオレとは反対にアイリスさんはキョトンと首をかしげる。
「いいじゃないですか。わたしと探偵さまの仲なんですから」
彼女のオレに対する好感度は……いや、自分で言うのもなんだが、かなり高いような気がする。どうも彼女は探偵という職業に対しての好奇心が強いようだ。
初めて会ったときも、
『ええ!? あのジャック・グレイハウンドのお弟子さんなんですか! 凄いです!』
――こんな調子だったし。
と、言ってもこれは彼女に限った話ではない。アルテミスト王国は近年、有能な探偵の輩出に力を注いでいる。これも『ジャック・グレイハウンド』の影響が色濃いわけで。
「探偵さまは今日もお仕事ですか?」
グレイトタウンには探偵はオレしかいないし、彼女の探偵に対する尊敬も相まって、結果『探偵さま』とオレを呼んでくれる。
その優越感たるや、呼ばれるだけでとてつもない自己肯定感がオレを襲う。このときのために生きてると言っても過言ではない。
「そうだとも。非情に不可解な失踪事件が発生したらしく、調査に赴くところさ」
帽子のツバを摘まんで、なるだけカッコよく喧伝すると、
「そうなのですね! 探偵さまは凄いです!」
無垢な瞳に両手を合わせて讃えられる。
「えへ、えへへ」
つい口元がニヤけてしまった。
「わたしもお仕事に行ってきますね。……探偵さま、また後で今日のお話を聞かせてください」
小さい口をオレの耳に近づけて、そう囁くと、ふわりと甘美な香りと共にアイリスさんは自身の職場に向かった。彼女はグレイトタウンのメインストリートにあるカフェで働いている。
何度か訪ねたことがあるが、彼女がいれたコーヒーは他の店員がいれたものより格別においしい(気がする)。
オレはぼんやりした頭を左右に振り払う。
「さて、オレも猫探しに行かなければな」
ミィちゃんの脱走ルートは気まぐれで、アンデルセン貴婦人が言うとおりのじゃじゃ馬だから探すのは中々に骨が折れる。
けどおかげでこうしてアイリスさんに会えた。
これは絶対に秘密だし誰にも気づかれていないことだが、オレは彼女のことが大好きなのだ。
「アイリスさんはさ」
「ワンワン!」
「オレのこと好きだと思う?」
「ワン!」
「同じアパートに住んでて会話する機会も多いしさ」
「……(丸まってる」
「もしかして告白したら案外上手くいったりして!」
そんな生活を夢想する。男なら誰だって考えるだろう。あんな美女と付合えたらって。
「…………(お休み中」
こいつ……オレが真剣な話をしているのに寝やがった。
街頭のベンチでミィちゃんを発見したオレは一緒に横になって日向ぼっこをしていた。
「こいつはこのままレディのところに持って行こう」
犬を抱きかかえて、来た道を引き返す。アンデルセン貴婦人はグレイトタウンで一番と噂される広い邸宅に住んでいる。
「丁度昼時だし、昼飯をご馳走してくれそうだな」
アンデルセン貴婦人の御主人は首都で造船をしているらしく、食卓には滅多に食えない珍しい食事が並ぶ。しかも、たまに余った食材も貰える。
なのでオレの生活の半分は貴婦人によって成り立っていると言っても過言ではない。
残りの半分は大工のシエスさんからの給金。グレイトタウンには若手が少ないからとよく建築物や舗装の修繕に連れ回されるが、その分羽振りが良い。
肉体労働は探偵の仕事ではないように思うかもしれないが、近年に探偵の定義が定まるまでは何でも屋に近い業態だったので、昔気質のシエスさんからしたら人手が足りないときに探偵の手を借りるのは常套手段のようだ。
そんなこんなでアンデルセン貴婦人のランチに混ぜて貰い、ついでに庭を整えて事務所に戻ってみれば日が沈んでいた。
「さてと、夕食でも作るか」
推理通り、貴婦人は珍しいキノコと不気味な魚をくれた。
キノコと魚は一緒に丸焼きにして身をほぐして食べよう。
珍しい食材には申し訳ないが、これくらいしか料理のレパートリーがないのだ。
夕飯には早いので、時間つぶしに椅子に座り本を読む。
ジャックがこの書斎に残した本は多種多様であり、大衆小説から天文学、心理学などの学術書まで揃っている。
オレは読書がとりわけ好きなわけではないが、手持ち無沙汰になるとこうして関心のあるなしによらず適当に読み漁る。
適当に一冊。中身は短編小説だった。とある国の王子の像が、渡り鳥と協力して自らの金箔と宝石を街の貧しい人に分け与える。みすぼらしい姿になった王子は溶かされ、ツバメは死んでしまうが、天使に拾われて彼らは楽園で永久に暮らした。
片隅でオレは昼間貴婦人と会話した内容を思い起こしていた。
『そういえば近頃ADSの方々がレッドピークを巡回しているらしいの』
『ADSが? レッドピークを?』
レッドピークはグレイトタウンにほど近い、この地域の中心都市だ。北部で流行りのブランドのブティックや新聞社の支部がある。
鉄道開業の噂があり、わざわざ王国北部から移住する者がいるくらいには話題に尽きない都市ではあるが。
『物騒よねぇ。何かあったのかしらねぇ?』
『確かにレッドピークはこの地方では栄えた都市です。それでも北部地域からすれば辺境に過ぎない。ADSが介入するほどの事案があるとも思えませんが』
事実、近辺で長らく大きな事件が起きたことはない。
だがこの町に事務所を構える探偵としては些事だとしても気になるといえば気になるのだが……。
「……ん?」
そこに小さく扉を叩く音がする。
どうやら来客のようだが。
こんな時間に来客があるのは珍しい。当然、予定もない。
「誰だこんな時間に」
警戒を強めつつ、玄関に向かう。扉の前で一呼吸をつき、内鍵を外して厚い一枚板のドアをそっとを開ける。
――瞬間、室内に突風が舞い込む。しかし、吹きすさぶ寒風よりも、オレの心を引きつけたのは。
「ア、アイリスさん!?」
パタパタと揺れる腰まで伸びた長いシルバーブロンド。密かにオレが想いを寄せている美しい村娘。
訪問者は『アイリス・アトリー』。その人だった。
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