第2話

「こんばんは探偵さま」

 100点満点中120点の笑顔を叩き出すその子に、オレは探偵として疑問を投げずにはいられない。

「な、なぜここに?」

 一応弁明しておくが、オレとアイリスさんは実は一緒に暮らしているとか頻繁に部屋を出入りする仲ではないのだ。

 でもアイリスさんは当然のように、

「もう、朝に話したじゃないですか。あとで今日のお話を聞かせてくださいって」

 ……あー。そういえばそんなこと言われたような……。

 でもオレはちょっとした社交辞令だと思っていたし、それが約束だったとしても時系列的に今日この日でないといけないという意識もまるでなかったし。

「ごめんなさい、ご迷惑でしたか?」

「いやいやいやいやいや、そんなことはないよ! 全然! 大歓迎!」

 不安そうに見つめる彼女に文字通りの即答をして、外は寒いからと彼女を部屋に入れる。

「お邪魔します」

(ああああああアイリスさんを部屋に入れてしまった)

 こうなるなら部屋をもっと片付けておけば良かったとか、臭いは大丈夫かとか細かいことが頭を回す。

 上着を脱いだアイリスさんは部屋を興味深そうに見回す。

「わあ、ここが探偵さまのお部屋なんですね! 本がいっぱいですごいです!」

「まあ、探偵は知識が深くないと成り立たないから。これくらいは朝飯前さ」

 おおーと納得した様子の彼女。実は半分も呼んでないけど。

「そして、ジャック・グレイハウンドの事務所でもある……そうですよね」

「うん、ここは元は師匠の事務所だったんだ」

 次に彼女は様々な備品に興味を示した。

「これは……なんでしょう? ローラースケート……にしては大きいような?」

 壁に立てかけられている車輪のついた板。オレも存在を忘れていたぞ、こいつは。

「ああ、これは師匠の知り合いが作った奇天烈な発明品だよ。板状のローラースケートだから『スケートボード』と名付けたらしい」

「なるほど、乗って滑る道具なんですね。危なそうだけど、なんだか楽しそうです! 探偵さまはこれに乗れるのですか?」

「と、当然! こいつと一緒に何人の犯人を捕まえたか数えられないよ」

 見栄を張っただけの嘘である。師匠もオレも乗ろうとして何回坂道を転げ落ちたかわからない。たぶんこれは人類には使いこなせない代物なのだ。

「今度乗り方を教えてくださいね!」

「うっ……」

 物珍しさに惹かれたのか、興味を持たれてしまったが、当然実演することは出来ない。

「コホン……それよりも、アイリスさんは今日の依頼の話を聞くためにここに来たんだよね?」

「そうです! 実はわたし以前から探偵さまのお仕事にとても興味があって、探偵さまに事件とか色々なお話を聞かせて欲しかったんです。それで今日、とうとう押し掛けちゃいました」

 イタズラ猫のように舌を出すアイリスさん。そんな仕種もかわいい。好きだ。

 いちいちフリーズしそうになる思考に抗って、極力平静を装う。

「まあオレの話なんかでよければいくらでも聞いて貰っていいけど」

「ホントですか! 嬉しいです!」

 そんな折、グルルルと腹が鳴る。

「探偵さま、ディナーがまだなのですか?」

「ああ、今から食べようと思っていたところで」

「でしたら、せっかくなのでご一緒しませんか?」

「え!? 一緒にディナーを!?」

「はい、わたしもまだだったので。部屋から食材を持ってきますね!」

 そう言って、彼女は一度自分の部屋に戻る。

 またしても言い訳をするが、本来オレと彼女は出会えば立ち話をするくらいの仲なのだ。


「ふん、ふふーん」

 布地のエプロンをかけた、とても綺麗な女性が自分の部屋で料理をしている。

 どこか浮き世離れした光景を少し離れた場所から眺める。

『探偵さまは好きにしていてください! 腕によりをかけて料理しちゃいますので!』

 そう言われても、気になって仕方がない。

「ふふんふーん」

 キッチンで手際よく料理をするアイリスさん。

 ふと、アイリスさんがお嫁さんに来てくれたら幸せだなーって思った。まあこれは全人類の悲願に違いないが。

「これ、アンコウですか? 探偵さまはどこでこんな魚を手に入れたんでしょうか?」

 目を丸くして謎の魚を手にするアイリスさん。ずっと見ているのもなんだか覗き見しているみたいで悪いかな。

 しばらく読書に集中していると、「ご飯が出来ましたよ」と呼ばれる。

 テーブルの上には、グツグツと煮立つ薄いブラウンのシチューとサイドプレートにはホワイトブレッドが並んでいた。

「アンコウの肉にたまねぎ、にんじん、じゃがいも、それと探偵さまが何故か持っていたマツタケを加えて、バターと小麦粉で味付けをしてみました。本当はせっかく高級食材を使うので、色々と味付けを凝りたかったんですけど、手持ちでなんとかしちゃいました。お口に合うといいのですが……」

「いやいや! すごく美味しそうだよ! こんなの絶対おいしいに決まってるよ!」

 あの変な魚とキノコはただ焼いて食べようと思ってたのに、まとまった料理が出てきて驚いた。

 ちゃんと料理が出来るってすごい。

「冷めないうちにいただきましょう」

 食前の挨拶をして、さっそくシチューが入ったボウルに手を付ける。

「う、美味い……!!」

 ずんとしたコクのあるクリーミーな味、とろみのあるシチューが喉を通り胃が温まる。紛れもなく美味い。

「ふふっ、探偵さまに喜んで貰えて良かったです!」

 アイリスさんのお手製のシチューを夢中でかっ込み、何度もボウルが空になり、その度にアイリスさんがおかわりを注いでくれる。

 可愛くて優しくて料理も得意で……。文句の付けようもないハイスペックだ。なんでウチの下になんか住んでいるんだろう。


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