第4話|スパイスと懐かしさ
― 黒蜜スタウトに込めた、祖父との記憶とぬくもり ―
冬の仕込みは、少しだけ感傷的になる。
夜が長くて、空気が乾いていて、
人と話す時間よりも、考え事が多くなる。
そんなとき、ふと黒蜜の瓶を開けると、
あの人の背中を思い出す。
祖父の話だ。
僕の祖父は、酒が強い人だった。
でも、やたら甘党だった。
コーヒーには角砂糖をふたつ。
おはぎは、こしあんしか食べない。
冬になると、焼酎をお湯割りにして、
「ちょっとだけ甘くしてくれ」と言ってきた。
そのとき、祖母が使っていたのが、黒蜜だった。
小さなスプーンで一杯。
焼酎の湯気の中に、黒糖の香りが広がると、
祖父は「これがええんや」と、まるで子どもみたいに笑った。
その笑顔が、今も泡の奥に残っている。
冬のビールに、何を入れるか考えていたとき、
僕は自然と、黒蜜とスパイスの棚の前に立っていた。
クローブとシナモン。
祖父の湯呑みから立ちのぼっていた、あの香り。
香りは、時間を巻き戻す力がある。
酵母が静かに働いている間、
僕はずっと、祖父のぬくもりを思い出していた。
完成した黒蜜スパイススタウトは、
静かな冬の夜に飲むためのビールになった。
強くはないけれど、芯がある。
甘さの中に、ちょっとした苦みと、少しの寂しさ。
あの人がくれたぬくもりを、
そのまま泡に乗せたような気がした。
試飲会で、一人の年配の男性がつぶやいた。
「このビール、誰かを思い出す味がするね」
その言葉に、僕はなにも答えなかったけれど、
心の中で、そっと栓を閉めた。
大切な記憶って、温かくて、ちょっとだけ寂しい。
だから冬の味は、それでいいんだと思う。
📝 ひとことメモ:
甘さの奥にある静けさは、誰かのぬくもりのかたちをしている。
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