6-2-1.

「ダークナイトさん。火と風の軍より早く、クレイマスターに戻れる方法があるんでしょ?」

「はっは。お嬢さん、あんた本当に五歳か? 四十年くらい生きてるんじゃないだろうな?」

 惜しい、二回分を足して三十年ちょっとですよ。

 なんて軽口にお付き合いしている場合じゃない。

 返事はせず、視線で急いでいるのだと訴える。

「……戻れたとして、どうする? 血気盛んですぐ冷静さを欠くお坊ちゃんと、口だけ達者なお嬢さん方に何ができるのかね? そっちのメイドは腕が立つようだが、ひとりではな」

 ソニアが何か言いたそうにしたが、小さく拳を握りしめただけだった。

 公爵家同士の話し合いにメイドが口を挟んでも、ややこしくなるだけだと判断したのだろう。エル兄様もシェリル姉様も、ぐっと押し黙ってしまった。

 確かにここにいるのは、わたしも含めて子供ばかりだ。

火と風の軍勢を相手に、ひっくり返せると思う方がどうかしている。

「この国がきちんと続くためには、六大属性のバランスが取れている方が都合がよかった」

 ダークナイト公爵が、ソファから立ち上がった。

 黙ったままのわたしたちに冷たい視線をよこしてから、ふいと背を向ける。

「俺も、クレイマスター公爵が糾弾を受けたその場にいた。あまりの茶番に虫唾が走ったからこそここに来てみたのだが、無駄足だったようだ。侮辱するような言い方をした非礼は、詫びておこう。では失礼する」

「あら。もうよろしいんですの? クレイマスターの秘密は、子供たちの誰かが握っているかもしれないと、わくわく顔でおっしゃっておられましたのに」

「余計なことを言うな……失礼する」

 あらら、残念。ヘヴィーレイン公爵がするりと立ち上がり、ダークナイト公爵に続く。

 エル兄様とシェリル姉様は動けない。

 わたしも動けてはいないが、考えているのは別のことだった。

 なんとかできない手がまったくない、とは思わない。

 先に屋敷に戻って、わたしたち専用のエンチャント装備を回収できれば、この状況をひっくり返せる可能性はある

。神樹の危機となれば、エアさんやソルトたちも、きっと力を貸してくれる。

 しかしそれには、クレイマスターの秘密を、つまりはわたしのスキルや魔法の秘密を、このふたりに話す必要がある。

「必ず、わたしたちがなんとかしてみせます」

 それでも、反射的にわたしが口にしたのは、この一言だった。

「クリス……!」

「ダメだよ、だって」

 心配してくれるエル兄様とシェリル姉様に、笑顔を返す。

「大丈夫だよ。どうなるかわからないけど、今を乗り切らないと、どうなるかわからない未来もなくなっちゃうもの。クレイマスターが襲われたり、お父様とお母様が不当な尋問を受けるのを黙って見過ごすなんて、わたしはしたくない」

 くるりと振り向いたダークナイト公爵の瞳には、さきほどわたしが外法の話を漏らした時と同じ、ぎらぎらした光が宿っていた。

「虚勢でないなら、具体的な方法をご教授願おうか? お子様数人とメイドが、どうやって二属性の公爵軍を退けるつもりかね?」

「おじさん、あんまり馬鹿にしないでね」

「おじ……なんだとお!?」

「クレイマスター領に、火と風の軍より早く戻る方法が先でしょ? こっちは急いでいるのに、長くて遠回りで失礼なおじさんの話を、ここまでちゃんと聞いてあげたんだから」

「うふふふふ! この子の言う通り、確かにこれはフェアでないのではなくて? 好き放題に講釈をおたれになって、奥の手もクレイマスターから開示させようとおっしゃるのかしら? ねえ、ダークナイトおじさま?」

「ヘヴィーレイン、貴様……ああ、いいだろう。いいともさ」

 のしのしと戻ってきて、どかっとソファに座りなおしたダークナイト公爵が、わたしの方へ前のめりになって、ふんと鼻を鳴らした。

 そして、取り出した杖で空中に魔法式を描き始める。

「我がダークナイト家は、代々国の平和を影から支えてきた。光の王家のあるところに、必ずわが闇の一族もある。何の因果か、よくよく誤解されがちだがな」

「斜めからしかお話できないその感じをやめたら、誤解はとけると思うよ。おじさま」

 おじさんからおじさまに格上げして、しれっと答えておく。

 ヘヴィーレイン公爵と目があい、お互いに笑みを漏らした。

 ヘヴィーレインさん、めちゃくちゃ厄介だけど、多分きっといい人だ。そしてそれはたぶん、ダークナイトさんも同じなのだと思う。

「お前さん、嫌な意味でヘヴィーレインに似ているな……まあいい、ダークナイトのみに許された魔法が、こいつだ」

 わたしのすぐ隣、ダークナイトさんが杖で指した先の空間に、闇が広がっていく。

 とっさに前に出ようとしたソニアを、片手をあげて制する。

「これは?」

「はっは、本当に肝の据わったお嬢さんだ。これはな、転移の魔法だ。国内ならどこでも、好きなところに転移できる」

「な、そんなことが!?」

「お坊ちゃん、こういうところは察しがいいんだな。その通りさ、こいつを使えば、気に入らない他公爵様の寝首をかくことはもちろん、機密や弱みも握り放題だ」

 まあ当然ながら、とすぐさま付け加えて、ダークナイト公爵がふんと鼻をならす。

「そんな真似をしないからこそ、我々はダークナイト家なのだ。我々はこれを、国家のためにのみ使う。そして、光の王家が道を間違えることがあれば、それを止める役割も担っている」

 絶対に悪用しない誓いを立てて、ダークナイト公爵家は闇属性だけの特別な魔法を使う。

 普段、どの属性の味方もせずに静観しているのは、ただの日和見主義ではなく、相手を見極めるためらしい。

「こちらの手は明かした。さあ、次は――」

「クレイマスターの奥の手を披露いただく番ですわよ? いったいどうやって、急ごしらえとはいえおそらく百ずつはいるであろう火と風の軍勢を、凌いでみせるおつもりかしら? お子様三人と少々腕の立つメイドでは、多勢に無勢ではありませんこと?」

 おい、いいところを持っていくな、とダークナイトさんが不満そうにする。

 してやったりのヘヴィーレインさんに改めて笑顔を返してから、わたしは立ち上がって深々と頭を下げた。

「大切な秘密を話してくれて、ありがとうございます」

 それからわたしは、エンチャント装備の詳細をふたりに話した。

エアさんやソルトたちに協力を仰げば、神樹の森とクレイマスター邸の二手にわかれたとしても、おそらく対等にやりあえるはずだ。

 もちろん、レイジングフレアの外法は警戒しなくてはいけない。

 予想より相手の人数が多い場合、迎撃しきれない可能性だってある。

 不確定要素は多いものの、わたしたちは、ふたりが考えるようなただのお子様ではない。

それをしっかりと伝えた。

「なるほど。クレイマスターの躍進は、お嬢さんが鍵だったわけか」

「きっかけはそうかもしれないけど、みんなの力だよ」

 はっきりと言い切ってから、目の前に広がる闇に触れる。

「これに飛び込めば、クレイマスターのお屋敷に戻れるんだよね?」

「ひえ、クリスお嬢様……そんな軽率に触れては危ないですよ!」

「そっちの専属が正しいな。罠だったらどうするつもりだ?」

「このタイミングまで引っ張って、罠を仕掛ける必要ってあるの?」

 きょとんとしたわたしに、ダークナイトさんが噴き出す。

「からかって悪かった。ああ、戻れる。通れるのはひとりずつだが、どうする?」

「わたし、行くよ。本当にありがとう、ダークナイトさん! ヘヴィーレインさん!」

 よかったですわね、おじさんまで格落ちしたところから、ダークナイトさんまで戻ってこられましたわよ。そんなヘヴィーレインさんの楽しそうな言葉を背中に聞きながら、わたしは闇の中に飛び込んだ。

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