6-1-2.

「相変わらず悪いお人ね。こんな小さな子たちをからかって。使節団の時にもねちねちと嗅ぎまわりすぎて、白い目で見られておりましたのに。素直に、助けにきたとおっしゃればよろしいのではなくて?」

 慌てて振り向くと、立っていたのはふたりだった。

 水のヘヴィーレイン女公爵と、闇のダークナイト公爵だ。

「いつもながら余計なことばかり……こちらにも、話の組み立てというものがあるのだよ」

 ダークナイト公爵が顎に手をあてて、苦虫を噛み潰したような顔でヘヴィーレイン公爵を睨みつける。それから、わざとらしい咳払いをして難しい顔を作り直すと、わたしを見下ろして大きく両手を広げた。

「クレイマスターの少年少女よ、真実を……知りたくはないかな?」

 目の前で両手を広げている、どう考えても胡散臭いこの人を信じるか否か。

 ちらりと、エル兄様とシェリル姉様に視線を移す。

 エル兄様は小さく首を横に振り、シェリル姉様はさっと目を伏せた。ふたりは、信じるつもりはないらしい。

 それじゃあ乱入してきたふたりの話を遮って、急いで領地に戻って情報を集めるのかといえば、やはりわたしには、それが最善策とは思えなかった。

「申し訳ありませんが、急いでいるので失礼します」

 エル兄様が前に出て、毅然とした態度で告げる。

 行こう、と促されて、シェリル姉様とシェリル姉様の専属メイドがそれに続く。

「そっちのお嬢さんは興味があるようだが、どうするかね?」

 エル兄様の足を止める効果も狙ってか、ダークナイト公爵が冷たい声を出す。

 みんなの注目を浴びたわたしは、しっかりとダークナイト公爵に視線を合わせた。

 胡散臭いし、怪しすぎる。これまでのことを思い出しても、よくわからない人たちだ。

 ヘヴィーレイン公爵の言う通り、少し前にこの人が率いる使節団がやってきた時は、わたしばかりがあれやこれやと質問されて大変だった。

 クレイマスターがパーティーで火と風にあれこれ言われている時にも、このふたりが仲裁に入ってくれた記憶はない。

 しかし反対に、使節団としての質問にしても、パーティーでの場にしても、この人たちはクレイマスターを侮ったり、罵ったりはしていない。それも事実だ。

 エル兄様の言うように、王家はもちろん、他の公爵家全体がクレイマスターに疑いをかけているのなら、このタイミングでここにやってくる意味はない気がする。

 なにしろ、交渉相手になりうるはずのお父様とお母様は、捕まっている。

 ただの性格の悪い嫌がらせである可能性もなくはないが、そういう方向に壊れた人たちではないように思えた。

「正直言って、おふたりはものすごく怪しいし、とても信じられません」

「これはこれは」

「うふふ、とっても正直なお嬢さんね。はっきり物を言う子は、嫌いじゃなくってよ?」

 でも、と付け加える。視線はダークナイト公爵から外さない。

「おふたりがわたしたちを、ただからかうためにやってくるとも思えません。わたしは話を聞いてみたいです。急いでいるのは本当なので、わたしとわたしの専属メイドだけ残って、話を聞く形でも構いません」

 エル兄様とシェリル姉様には、一足先に領地に向かってもらう。

 そしてわたしはここで話を聞く。それぞれが考えた最善を尽くしてもいいと思った。

「お嬢さんは、いくつだったかな?」

「……五歳ですが、それが?」

「聞いたかな、ヘヴィーレイン」

「ええ、もちろんですわ。五歳のお嬢さんは、私の常識ではこんな話し方はできないものでしてよ。これはダークナイト様のおっしゃるように、本当にアタリかもしれませんわね」

「いちいち、こちらの手を漏らすものではないよ、まったく」

 ふたりが何を言っているのか、よくわからない。

 わからないけど、ふたりはふたりで、何か目的があってわたしたちに会いに来たみたいだ。

 ふたりが、やいのやいのとかけ合いをしているのを見て、わたしはエル兄様に視線を移した。エル兄様は小さく息を吐いてから、わたしの隣に戻ってきてくれた。

「わかりました、話はみんなで聞きます。ただし、手短にお願いします。シェリルも、それでいいね?」

 シェリル姉様が小さく頷くのを確認して、エル兄様が改めて、ダークナイト公爵とヘヴィーレイン公爵にソファをすすめる。

「結論から言おう。そちらのお嬢さんのご名答だな。今回のこれは、レイジングフレアとハリケーンの陰謀だ」

 ダークナイト公爵は表情を変えない。本気で、そう言っている。

「まあ、信じられませんわ!」

「茶化すな、ヘヴィーレイン。手短にと言われただろうに」

「ええ、もちろんですわ。私が信じられないと申し上げたのは、あまりにも軽率にそれを宣言されたダークナイト様の浅はかさに対してですのよ。本当に信じられませんわ。ここに間者が潜んでいないとも限りませんのに、お気は確かですの?」

「……ちっ」

「まあ! ご自身の浅はかを棚に上げて、舌打ちをなさるなんて!」

 ヘヴィーレイン公爵が、両手を頬にあてて、いやいやをするように首を振る。

 ただし、その口元は心の底から楽しそうにゆがめられている。

 台詞と仕草と表情が、どうにもかみ合っていない。

 この人、めちゃくちゃ厄介な性格の人だ。

 しかも多分、ダークナイト公爵が好きなんだろうな……恋愛感情かどうかは別にして。

 わたしは少しげんなりしながら、続きを待った。

「クレイマスターとて馬鹿ではない。我が子の専属に間者をのさばらせておくほど、愚かではあるまいよ。この件については以上だ。先を続けて構わないな、ヘヴィーレイン公爵殿?」

 満足そうに、ヘヴィーレイン公爵が笑顔を作り直す。

 エル兄様とシェリル姉様は、完全に苦い顔で引いてしまっている。わたしだって、同じような顔をしているはずだ。

 何のためにこの場に座っているのか、一瞬わからなくなりそうだった。

「狙いは、神樹と精霊の回収だ」

「クレイマスター領に、四属性の精霊がお集まりになっているでしょう? 特に火と風の精霊がクレイマスターの味方をしていることが、あのおふたりは我慢ならないようですの。精霊が逃げ出すようなことをしておいでなのに、それはぽーんと棚に放り投げて、とんでもない言いようですわよね」

「黙れ、ヘヴィーレイン。国家機密をぺらぺらと」

「……精霊魔法の理をねじまげる外法、ですか?」

 ほお、とダークナイト公爵の瞳に、ぎらぎらした光が宿る。

「何をどこまで知っているのかな、クリスティーナ・クレイマスター殿?」

「まあ怖い。でもそうですわね、これは私たちでさえ最近つかんだ情報ですのに、躍進めざましいクレイマスター家とはいえ、五歳のお嬢さんの口からまろび出てきていい単語ではありませんわ。あなた、何者なのかしら?」

「クリスは悪いことはしていません! これはエアさん……風の精霊から聞いた話です」

 エル兄様が、慌てて口をはさむ。

 ダークナイト公爵は、じろりとエル兄様をねめつけてから、わたしに視線を戻し、「どちらが兄だか姉だかわからんな」と口の端を持ち上げた。

 さすがに、わたしに前世の記憶があることに気付きはしないだろうけど、ものすごく目が笑っていない。この人もだいぶ、性格が厄介な人だ。

「神樹が復活した今、精霊の力は強大だ。しかし、精霊の存在意義とはすなわち、神樹を守ること。神樹を先に抑えてしまえば、手は出せまい」

「という風に、レイジングフレアとハリケーンのおふたりは考えているようですわ」

「それなら、大丈夫だと思います。精霊たちは全員クレイマスターに残っていますから、先に抑えること自体が難しいっていうか」

「うん? 勘がいいやら悪いやらだな。お嬢さんがさっき、自分で言ったばかりだろうに」

「精霊魔法の理を曲げる、外法……!?」

 ダークナイト公爵が頷く。

「さて、ここからが重要な話だ。レイジングフレアとハリケーンの公爵は、数日前にすでに王都を出ている。お前さんがたのご両親を糾弾して捕らえた上で尋問する、楽しい楽しい大事な役割を、腹心どもに任せてな」

「聞き捨てならない言いようですね」

「すでにおふたりとも、クレイマスターに向かっているのですわ。外法を操る火の軍勢は神樹の森へ、制圧に長けた風の軍勢はクレイマスターの城塞都市へ」

 怒りをあらわにしたエル兄様を無視して、ヘヴィーレイン公爵が後を引き継ぐ。

「公爵家同士で軍を差し向けるなんて、それも公爵自らそれを率いるなんてありえない!」

 シェリル姉様が叫ぶ。それはそうだ。そんなことが許されたら、とてもじゃないけど国家は立ち行かなくなってしまう。

「その通りですわ。しかし今、あなた方のご両親は、国家反逆の罪で尋問の真っ最中ですのよ? その証拠をもみ消されないために、正義を掲げた火と風が勇気ある行動を起こした、という大義名分ならいかがかしら?」

「ついでに、陛下の周りの大臣どもが、火と風に煽られて買収でもされていたとすれば、どうかな? 最近のクレイマスターの活躍を、おもしろく思わない者も少なくはないしな。陛下はクレイマスターを信じておられたが、あまりにもお若い」

「すぐに発つ! 急ぎ戻り、このことを伝えなくては……!」

「落ち着け、お坊ちゃん。今すぐ出たとして、早馬を無理やり乗りついだとしても、ことは終わっているだろうよ」

「他領のことだと思って、何を落ち着いておられるか! あなたがたは結局、もう手遅れだと僕たちをあざ笑いにこられたのか!」

「待って、エル兄様」

「クリス、何を待つものか! 聞いただろう、これ以上の問答は無意味だ!」

 ゆっくりと首を横に振る。

 本当にそんなふざけた話を伝えにきただけなら、このふたりの瞳はもっと下品に濁っているはずだ。

 ふたりの言動は看過しがたいものではあるし、どこか人を食ったような言い方ばかりなのも間違いない。

 それでも、ふたりの瞳は濁ってはいない。

 少なくとも、わたしはそう思う。

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