第2話 アウル・ナイトシェイド
コスモベースの隔離された部屋の扉の前で、女教師ミムラは彼女専用の通信器に送信されてきたデータに目をやり、顔をしかめた。
音声反応がある……アウルがまた、歌っているんだわ。
美しい少女のへ 巖頭に立ちて
黄金の櫛とり 髪のみだれを
梳きつつ口吟む 歌の声の
神経き魔力に 魂もまよう
岩場にたたずむ金色の櫛を持った美しい少女の歌に船頭が魅せられると、船が川の渦の中に飲み込まれてしまう。
ローレライ、そんな歌詞で綴られている地球の伝説の歌を。
「アウル、ミムラよ。部屋に入りたいの。だから、その歌をやめて」
あの子の歌は人の五感を狂わせる。それゆえ、戸口に付けられたインターフォンに向けて、女教師は諌めるようにそう告げた。厳しいが親愛のこもったその声音を待っていたかのように、歌声はぴたりと止まり、吸音制御室の扉が開いた。
アウル・ナイトシェイドは、座っていた椅子の足を軽く蹴るように立ち上がり、扉の向こうから近づいてくる女教師に向かって笑顔を作った。
双子の姉のジルよりも少し青白い肌と寂しげな黄金の瞳。華やかな姉と対照的に弟のアウルの印象は、静かな湖面の底を思いおこさせるように静かだった。
太陽と月。コスモベースの誰もが、ジルとアウルをそんな風にとらえていた。
「良かった。退屈でたまらなかったんだ」
心底ほっとした様子のアウルを見て、ミムラもつられるように笑顔を浮かべる。
「こちらも良かったわ。Semi−インターシップに乗れなくて、もっと、しょぼくれてるかと思っていたから」
搭乗を拒まれてしまった宇宙船の名を聞いて、アウルは少し口をとがらし、事実上、軟禁されてしまった吸音制御室の大型モニターの方へ目をやった。
天の川のたもとに浮かぶ青い惑星“地球”に向け、星座の光の帯の中を進んでゆく宇宙船。その側面には“semi−intership”の文字がある。
「さっきからずっと、通信衛星から送られてきた映像を見ていたんだ。訓練生で1番の成績の僕が、なぜ、あの船に乗れないのさ?本当なら、僕もあの船に乗って地球に向かうはずだった。こんなに理不尽な扱いを受けるなんて、ぜんぜん納得がいかないよ」
「アウル、あなたには分からないの?」
ミムラの問いに金の瞳の少年は、無愛想にこう答えた。
「僕が歌うから? ローレライを」
「そうよ、あなたの歌は人の心を惑わす。もし、semi−インターシップの操縦席でそんなことが起こりでもしたら、訓練生たちの安全を私達は守れなくなるわ。それが、分かっているのに、どうしてあなたは、あの歌を歌い続けるの?」
「なんだか、落ち着かないんだ。歌っていないとすごく不安で……」
アウルは、それっきり口をつぐみ、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「歌うのをやめない限り、アウル……私はここからあなたを出してあげるわけにはゆかないわ」
彼女に背を向け、大型モニターに移された宇宙船の映像に見入る、アウル・ナイトシェイドの後姿に目をやり、ミムラは、はっと大きく金の瞳を見開いた。
彼女がアウルに教えた伝説の歌、ローレライ。
ゆったりとした4拍子のメロディーが耳に響いてくる。
口笛……?
アウル、なぜ、そこまであなたは、その曲にこだわるの?
ローレライの調べを口笛で奏でながら、アウル・ナイトシェイドは遠く離れた太陽系の銀河の海に思いを馳せていた。次第に強くなってゆく不安の思いを胸に抱きながら。
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