ローレライ2025
RIKO
第一部【宇宙編】
第1話 ローレライの歌
たとえば晴れた夜、ふと見上げた星の彼方からこちらを眺めている誰かの存在を知ってしまったら、それはとても“不可思議”なことなのかもしれない。
けれども、230万光年離れた小さな星の中で、地球の片隅から零れ落ちた伝説の調べに耳を傾け、口ずさんでしまった異星人の少年がいたとしたら……
Ich weiss nicht was soll es bedeuten,
Das ich so traurig bin.
Ein Maerchen aus alten Zeiten,
Das kommt mir nicht aus dem Sinn.
Die Luft ist kuehl und es dunkelt
Und ruhig fliesst der Rhein,
Der Gippel des Berges funkelt,
Im Abendsonnenschein.
なじかは知らねど 心わびて
昔の伝説は そぞろ見にしむ
寥しく暮れ行く ラインの流
入日に山々 赤く映ゆる
M31−アンドロメダ星雲の光の穂先に浮かぶ宇宙基地−コスモベース“COSUMO BASE”教育知育区域。
その吸音制御室のデータに目をやり、女性教師ミムラはかすかに眉をひそめた。
「ローレライ? これって、一週間前に……太陽系の辺境の星−地球―から収集したかび臭い伝説の歌じゃないの。一体、誰がこんな歌を歌っているの。それに、卒業試験も近い時期にコスモベースに残っている生徒がいるなんて、どういうこと?」
黄金の瞳に緑の髪、鋭く上に切れ上がった猫のような耳。明らかに地球人とは違う容姿の女教師の問いに、同僚の教師は彼女と同じ瞳の色を少し濁らせて答えた。
「ナイトシェイドの弟の方でしょう。 あの子の持つ能力が適正試験でひっかかって、卒業試験の宇宙船−インターシップ−に乗ることを禁じられてしまったんですよ」
ジルとアウル、双子のナイトシェイド姉弟は、コスモベースでも1、2を争う優秀な生徒として名を馳せていた。順当にゆけば、この卒業試験で彼らは正式なインターシップの乗組員になり太陽系惑星の探査の職を手にするはずだったのだが、実際はそうはならなかった。
「“歌ってはいけない”と、口をすっぱくして言っておいたのですが、最近のアウル・ナイトシェイドは、とても情緒が不安定で、少しも教師たちの言いつけを守ってはくれないのです。特にあの“地球の歌”を覚えてからは、その傾向が激しくなって、吸音制御室から出せない状態になってしまったのです」
同僚の言葉にミムラは、もう一度、吸音制御室のデータに目をやり、小さく息を吐いた。
「アウルは歌うのが好き。けれども、アウルの歌を聞いた者は、視界を失い訳も分からずにあの声に魅了されてしまう。それは、このコスモベースを大混乱に陥れてしまうでしょう。ローレライの伝説の話に自分を重ね合わせて、それがアウルを刺激してしまったのだとしたら、あの子にその話をしてしまった私は、大きなミスを犯してしまったのかもしれないわ」
* * *
「アンドロメダ銀河の星雲圏から外に出るわよ。これより、私たちの船、Semi−インターシップは、ワームホールを超光速で通過し太陽系へワープします」
Semi−インターシップ。それは、コスモベースでも選りすぐりの優秀な子供たちが、“教育知育区域”と呼ばれる訓練機関での履修を終えるための−卒業試験−用に開発された宇宙船だ。
小型ではあるが、教官を伴わない訓練生のみの飛行に適合させ、安全性を重視しており、緊急用のオートパイロットや非常脱出装備等は、通常のインターシップよりぬかりがない。
視界の中から押し出されてゆく、アンドロメダ星雲の長い楕円の光芒を惜しむように、ジル・ナイトシェイドは金の瞳を少し細め、Semi−インターシップの操縦席のフロントガラスを見つめ続けた。
白く透き通った肌、襟もとでさらさらとたなびく艶やかな緑の髪、そして宇宙年0.66(地球では16歳)とは、思えないほどの大人びた端正な顔だちと明晰な頭脳は、優秀さにおいて今年の訓練生の中でも特に群を抜いていた。ただ一人、彼女の双子の弟、アウル・ナイトシェイドを除いては。
アウルと一緒に、卒業試験のインターシップに乗りたかったのに……
Semi−インターシップへの搭乗を禁止されてしまった弟を思い、ジルの心は沈んでいた。
だが、
“ワープ終了、ワープ終了”
その報告音と共に突然、目前に広がった6000億もの光の粒。
「見て、天の川よ!」
天の赤道のはるか北、カシオペア座から南十字星にまで流れ込んだ星の銀漢。ワープ航法の終着点に指定した、太陽系銀河の星の洪水を目にして、ジルは歓声をあげた。
「地球まであと少しだよ! 映像でしか見れなかったあの星を真近にできるなんて、本当にすごい」
背中ごしに聞こえてきた他の訓練生の陽気な声に、ジルは明るい笑顔を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます