第15話 2回目

「田中君! 我々は魔法少女だ! 宇宙を守る使命があるんだ! そんな意識では困るよ!!」


 気がつくと、俺はまた部長室にいた。

 またここからなのか。

 今度は混乱なく、俺は状況を受け入れた。


「君が彼女を呼ばないのなら、私が迎えにいく! どこの学校なのかも分かっているからね!」


 そして、どこか茫然としながら思った。

 ここで部長を取り押さえておけば、後のようなことにはならないのではないか?

 今までとは全く違う行動を起こさないと、結末を変えられない。

 俺は、窓へ向かう部長の背中に、手を伸ばした。

 

「あぁ! くそ!!」


 が、あと少し届かなかった。

 ぼーっとしている間に逃げられてしまった。

 自分の不甲斐なさに悪態をつきながら、俺は変身して中学校に向かう。

 前回も、そして今回も、俺はあと少しが遅い。やり直しのチャンスを与えられていて、それを生かせない。

 とは思いつつも、部長を追いかけるスタートダッシュが今までよりも早かったことから、俺は何かを期待していた。


「2人目の変態だ!」


 しかし、ダメだった。

 中学生の罵倒を聞いて、間に合わなかったことを覚る。

 飛行と地上ダッシュでは、どうやっても速度や距離において勝ち目がない。

 こうなったら1秒でも早く倉庫に向かうしかないわけだが、これでは今までと同じだ。おそらく、また部長を食い止めた段階で警察が来て、俺は取り押さえられる。


「やぁ、大二郎。大変なことになったね」


 走る俺に、淫獣が並んできた。

 そして、また同じ提案をしてきた。 


「わかった。それで頼む」


 どうせ間に合わないのなら、俺は最後まで見届けようと思った。

 前回の俺は、見るに堪えない光景と感覚から逃れようとして、途中で見るのを止めてしまった。そして、既遂に至ったと考え、感情のまま部長を殺した。

 だが、今回は違う。耐えて、最後まで見ようと思った。そうすることで、真実を知ることができるはずだ。

 あの倉庫で、あの時、いったい何が起きたのか。

 部長の志半ばという発言が、何を意味していたのか。

 俺の抱いた違和感の正体が何なのか。

 それを知ることで、先に進める気がした。


   ●


 黄色い魔法少女のコスプレをしたおっさんが、目前に迫ってくる。

 荒い鼻息。漂う加齢臭。

 必死に拒絶しようとする細い手は、だが簡単に掴まれてしまう。

 成人男性との圧倒的な力差に、中学生では太刀打ちできなかった。


「さぁ、可愛がってくれ……魔法少女として、私を魔法少女してくれ……」

「は? え?」

 

 荒い呼吸で囁いてくる部長の言葉を、舞ちゃんは理解できないようだった。

 無理もない。俺もよく分からない。

 形容し難い気色悪さだけが、そこにある。


「とりあえず、今日はこのままでいこうか」


 部長の手が、舞ちゃんのブレザーに触れる。引っ張られ、ボタンが弾け飛んだ。


「ちょっと……やめてくださいっ」


 必死でブレザーを押さえる舞ちゃんを見て、余計に部長は嬉しがった。強引にブレザーを引っ張るほど、舞ちゃんの反応も強くなる。それに伴って、部長の鼻息も荒くなった。

 こいつ、こっちの趣味もあったのか……。

 俺の中にあった部長像が、ますます崩壊していくのを感じた。


「いいぞ、いいよ! 早く本気にならないと、おじさんがお手つきしちゃうよ!」

 

 舞ちゃんは部長の目的が分からず、涙目になる。

 何となく、自分の身にとんでもない事が起きようとしていると。動物の本能的な部分で、女としての身の危険を感じていた。

 部長の手がブレザーの下、ワイシャツに触れた時、舞ちゃんは今までよりも叫んだ。


「ほんと嫌ですっ! やめてください!」


 同時に、舞ちゃんはがむしゃらに手を振り回した。

 

「だから、魔法少女になってくれてもいいんだって」


 その時、舞ちゃんの伸びた爪が、部長の顔を引っ掻き、目に入った。

 それはお互いにとって不意のことで、予想外の激痛に部長は悶絶した。


「あぁ!! ちょっと、そうじゃない!!」


 部長がひるみ、力が緩んだ隙に、舞ちゃんは後退りして距離をとった。

 大人の絶叫に、耳を塞いで身を縮こまらせる。

 だが、このまま見ているだけでは、また部長は迫ってくる。それどころか、逆上して何をしてくるか分からない。

 決意を固めた舞ちゃんは、慣れない構えを取った。そして、部長の股間を蹴り上げた。


「ひゃぅ!!」


 部長の顔色は一瞬にして青ざめた。

 遅れて、額に脂汗が浮く。

 

「男性の最大の弱点! テレビでたくさん見ました! これでどうですか!」

「き、君……内蔵だぞ、ここ……」


 痛み、というより、呼吸もできなくなる苦しさ。

 身体が折れ曲がり、膝をつく部長。

 やっとの思いで顔を上げ、舞ちゃんを睨んだ。

 それは自業自得のはずなのに、相手を憎悪する眼差しをしていた。


「この、ガキ!」


 集中が切れたのか、部長の変身は解けた。

 が、その寸前、部長は舞ちゃんに魔法を放った。

 大した魔力もない、微弱な攻撃。

 しかし、生身の人間には、それはあまりに強烈だった。

 短い悲鳴の後、舞ちゃんは吹き飛ばされ、その場に倒れ込む。

 立っていたのは、脂汗を滴らせ、先とは別の理由で呼吸を乱した部長だった。


「やっと、大人しく、なったか……」


   ●


「部長!!」


 事の顛末を見てから、俺は倉庫に入った。

 

「やぁ、早かったね。でも、少し遅かった」


 確かに、少し遅かったかもしれない。

 でも、俺は間に合っていたんだ。

 呼吸の荒い全裸の部長と、横たわる舞ちゃん。既遂に見えた未遂。

 俺は、冷静だった。


「そこをどけ! 部長!」


 俺は前回みたいに部長に飛びかかった……のではなく、倒れ込む舞ちゃんを抱きかかえにいった。

 構えた部長は、やや拍子抜けと言うように笑う。


「なんだね、田中君。私はいいのかね?」

「良くはありませんが……まあ、ひとまずは良いでしょう」


 ここにいては、時期にくる警察に捕まってしまう。

 今回は部長が無傷のままだが、共犯と思われる可能性を否定できない。

 警察は犯人と思った相手を見逃したりはしない。今まで何度も職質を食らってきた俺の勘が、ここから去るべきだと言っていた。

 困惑する部長をよそに、俺は倉庫の壁を壊し、外に出ることにした。

 まだ股間の苦痛が冷めていない為か、部長の反応は鈍かった。


「どこに行こうというのかね」

「失礼します」

「いや、待ってくれ、田中君」


 どこか寂しそうに手を伸ばす部長を一瞥して、俺は走った。

 部長は生きているし、舞ちゃんも無事だ。

 誰も傷つかなかった結末。今度こそ、俺は間違えなかった。犠牲者は出なかったんだ。

 もっとも、後から来る警察が、部長の返り討ちにあう危険性は否めなかったものの、さすがにそこまでカバーはしきれない。そこは警察の実力を信頼するとしよう。


「舞ちゃん、大丈夫かい?」

「田中さん……」


 掻き消えそうな声で、舞ちゃんは呼びかけに応えた。

 舞ちゃん、今度こそ君を守ったよ。

 これでもう安全だ。よく頑張ったね。

 言いたいことが多すぎて、俺は言葉に迷った。そんなぎこちない俺を、舞ちゃんは無言で見つめてくる。俺が何を言うのか待ってくれているのだと思った。

 しかし、安心してくれと笑いかける俺とは対照的に、舞ちゃんの表情は暗かった。


「……どうして、早く来てくれなかったんですか……?」


 その言葉に、心臓が跳ね上がった。

 淫獣の能力を借りて見ていたのがバレたのかと思った。

 本当はもっと早くに来れたはずだと、見透かされているような気がした。


「助けるって……言ったのに……」

 

 俺は舞ちゃんと連絡先を交換するときに、自身ありありと、そんなことを言ったのだと思い出す。

 思えば、舞ちゃんは中学生。部長に迫られ、趣味の対象で見られて、十分に怖い思いをしたのだ。

 舞ちゃんにとっては、このタイミングは間に合っていない。部長が未遂なのか既遂なのか関係なく、これはもう被害後なのだ。

 ここになって、俺はその事実に気がついた。


「舞ちゃん、違うんだ……」


 俺が見ていた間、勇敢に立ち向かっていると見えた舞ちゃんは、ずっと俺が来るものと信じていたんだ。

 それなのに、予定調和のようなタイミングで、どこか余裕を持って登場した俺を見て、察したのかもしれない。

 

「残念です、田中さん……」




 

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