エピローグ

 季節は春を迎えようとしていた。遠く山の端にはまだ雪が残るが、村の畑には芽吹いた新芽が顔を出し、朝露をまとって陽光に揺れている。


 レオンは剣を肩に担ぎながら、ゆっくりと村の坂道を登っていた。彼の後ろには、数人の子供たちが、木剣を抱えて元気に駆けてくる。


「せんせー! 今日も稽古つけてよ!」


「おう、でもまずは素振り百回な」


「ひゃ、百ぅ!?」


 子供たちの元気な声に混じって、レオンは柔らかく笑う。その顔には、もうかつての影はない。過去を知り、許されることなくとも、それを抱いて歩む決意が、彼の背中をまっすぐにしていた。


 ◆ ◆ ◆


 カレンは村の小さな診療所で働いていた。


 薬草を煎じる傍ら、村の人々の相談に耳を傾ける日々。幼い娘のクラリスをあやしながら、彼女は自分自身の赦しを、日々の中で少しずつ紡いでいた。


「ねえ、ママ。パパは昔、悪い人だったの?」


 ある日、クラリスがそう尋ねた。


 カレンは驚いたように一瞬黙ったが、やがて優しく微笑んだ。


「そうね……でも、悪いことをしたからって、ずっと悪い人のままじゃない。変わろうとする心が、本当の強さなのよ」


「ふーん……よくわかんないけど、パパは優しいもんね」


 その一言に、カレンは静かに目を閉じた。レオンの歩んできた旅路は、確かにここに繋がっている。


 ──贖罪とは、罰ではない。過去を知り、それでも前を向いて生きる意志。その果てに、ようやくたどり着ける光がある。


 ◆ ◆ ◆


 ある夜、焚き火を囲んで、レオンとカレンは静かに語り合っていた。


 空には満天の星。風は穏やかに頬を撫で、火の粉が空へと舞い上がる。


「……あの時、クラウスが命を賭けてくれなかったら、きっと俺たちは今ここにいない」


「ええ。あの人の選択は、赦しじゃない。罰でもない。きっと、“希望”だったのね」


「希望、か」


 レオンは夜空を見上げた。


 「昔の俺なら、希望なんて笑い飛ばしてた。けど今は、子供たちが笑う顔を見てるとさ……その言葉を、信じてもいいかなって思えるんだ」


 カレンは、そっと彼の手に自分の手を重ねた。


「それが、あなたの“贖いの果て”ね」


 レオンは目を伏せるように微笑んだ。


「でも……まだ途中さ。多分、死ぬまでずっと“贖い”なんだろう。けど、それでいい。生きてる間、何度でも誰かの未来を守る。それが、俺にできることだから」


 火が静かに燃え続ける音だけが、二人の間に残った。


 ◆ ◆ ◆


 翌朝、レオンはまた子供たちに剣術を教えていた。


 その姿は、かつての孤独な剣士とはまるで別人だった。彼の剣はもう、人を傷つけるためのものではない。守るため、繋ぐため、そして次の世代へ託すためのものだった。


 ふと、村の外れに咲く一本の白い花が風に揺れる。


 それは“ルカリス”と呼ばれる、かつて贖罪の祭壇にのみ咲いたとされる幻の花だった。


 レオンは子供たちの訓練を終えると、その花のもとへ歩いていった。


 静かに膝をつき、手を合わせる。


「……クラウス、お前の贖罪は、ちゃんと届いたよ。俺たちは、お前が願った未来を生きてる」


 風が吹き、花が揺れ、まるで彼の声に応えるようだった。


 ◆ ◆ ◆


 その日、空は澄み渡り、光が大地を包んでいた。


 かつて幾万の罪が交差したこの世界に、いま確かに希望が根付いている。


 そしてレオンもまた、過去を抱えながら、未来へと歩き続ける。


 贖いとは、終わることのない旅路だ。


 それでも、信じることができる。


 ──たとえ悪人に生まれても、人は変われる。


 ──たとえ償えぬ過去があっても、未来を選ぶことができる。


 これは、そんな一人の“転生悪人”が辿り着いた、小さな平和の物語。


 そしてその物語は、いまも続いている。

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転生悪人、贖罪の剣を握る サボテンマン @sabotenman

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