第28話 贖罪の祭壇

 乾いた風が吹き抜ける峡谷の奥、その先に“贖罪の祭壇”は静かに佇んでいた。


 かつて神と契約したとされる古代文明の聖域――今や忘れ去られ、封印された場所。レオンたちは険しい山道を越え、誰も踏み入れたことのない禁断の地へと足を踏み入れた。


 岩壁に刻まれた文字、黒く焼け焦げた石像、崩れかけた祈祷の台座。すべてが、そこにあった“信仰”の果てを語っていた。


「ここが……本当に“贖罪の祭壇”か」


 レオンが呟くように言うと、カレンがそっと隣に並んだ。彼女の手には、教会に残されていた禁書が握られている。


「間違いないわ。文献に記されていた印、そしてこの場所の結界構造……全部一致してる」


 イグナスが辺りを警戒しながら、そっと声を落とした。


「だが、気配がおかしい。……誰か、いや“何か”がここを見張っている気がする」


 その言葉と同時に、地の底から低い唸り声のような音が響いた。


 岩盤の割れ目から現れたのは、異形の存在だった。人の形を模してはいるが、その瞳は虚ろで、身体の節々から黒い瘴気を撒き散らしている。


「……堕ちた信徒か。かつてこの祭壇に仕えた者たちの成れの果てだな」


 ガロンが剣を構えながら言った。


 その瞬間、戦闘が始まった。


 ◆ ◆ ◆


 激しい戦いの中、レオンは“贖罪”の意味を問い続けていた。


 自分が殺した命。その報いを受けるべきだと、ずっと思っていた。だが、こうして仲間たちと背を預け合い、共に困難を越えるたびに、その答えは少しずつ形を変えていった。


 ――贖罪とは、過去を背負うことではなく、未来を選ぶことなのかもしれない。


「来るなッ!」


 イグナスが放った火球が、堕ちた信徒たちを焼き払う。その中をレオンが駆け抜け、祭壇の中心へと辿り着いた。


 そこには、黒曜石でできた柱と、封印の鍵が刻まれた魔法陣があった。


「レオン、急いで! この祭壇、何か呼びかけてくる!」


 カレンの声が震えていた。彼女の身体から、淡い光が溢れ出している。


「やはり“器”としての力が……」


 彼女にしか反応しない結界。それは、かつて神の加護を受けた者にしか開けぬ“贖いの門”である証だった。


 レオンは彼女の手を取り、共にその光の中心へと踏み出した。


 ◆ ◆ ◆


 意識が遠のいた先、二人は白い空間に立っていた。


 そこは時間も重力も存在しない、純粋な記憶の世界。レオンの周囲に、かつて犯した罪の断片が次々と浮かび上がる。


 泣き叫ぶ子供、無言で崩れる建物、血に濡れた手。


「……これが、俺の罪のすべてか」


 その問いに応えたのは、レオン自身だった。


 否、かつての自分――“殺し屋”だった頃のレオンが、彼の前に姿を現したのだ。


「お前が贖う? 滑稽だな。俺たちは、もう救われる資格などない」


「それでも……俺は選ぶ。誰かのために剣を振るう。それが、贖罪なんだと今は思える」


 かつての自分と向き合うその瞬間、レオンの胸に光が宿った。


 罪は消せない。だが、乗り越えることはできる。


 その覚悟が、祭壇に新たな力を与えた。


 封印が解かれ、世界に静かな波紋が広がっていく。


 ◆ ◆ ◆


 レオンとカレンは意識を取り戻し、祭壇の中心に立っていた。


 すでに瘴気は晴れ、堕ちた信徒たちも静かに崩れ落ちていた。


「……やった、のか?」


 イグナスが呆けた声を漏らす。ガロンも剣を降ろし、肩で息をしていた。


「レオン、あなた……変わったわね」


 カレンの言葉に、レオンは微笑んで頷いた。


「いや……取り戻しただけかもしれない。失ったものを、もう一度この手で」


 夜が明けるように、空がほんの少し明るくなっていた。


 “贖罪の祭壇”はその役目を終え、今は静かに佇んでいる。


 だが、この場所が示したのは、終わりではなく始まりだった。


 レオンの旅もまた、新たな章へと進んでいく。

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