第26話 兄弟の対峙
空間が割れるような音と共に、第五書庫の祈りの間が異形の空間へと変貌していく。まるで記憶と現実が混ざり合うように、過去の亡霊たちが実体を帯び、レオンとカレンの前に立ちはだかった。
その中心に立つ男――クラウス。
白銀の髪に、黒曜の瞳。レオンの兄にして、かつて組織の中で“死神”と恐れられた男。
「久しぶりだな、レオン。お前が自分を変えたと聞いて、正直、笑いがこみ上げたよ」
クラウスの声には、嘲笑と憐憫が混ざっていた。
レオンは剣を抜く。鞘から滑り出た金属の音が、静寂を切り裂く。
「……兄さん。あんたが生きていたのは、嬉しかった。だが、こうして敵として立ちふさがるなら……俺は、あんたを倒すしかない」
剣先が、クラウスを真っ直ぐに指す。
だが、クラウスは鼻で笑った。
「倒す? お前が俺を? 自分の罪すら断ち切れず、村の陰で震えていた小僧が、俺に刃を向けるとはな」
周囲に漂う瘴気が濃くなり、仮面の男たちが一斉に動き出す。
レオンは剣を構えたまま、背後にいるカレンに向かって叫んだ。
「カレン、奥の祭壇へ行け! あそこに“鍵”があるはずだ! あの場を再現してるってことは、元を断てば、幻も消える!」
「でも、あなたは――」
「行け! ここは俺が食い止める!」
言葉と共に、レオンが駆け出す。
仮面の男たちが一斉に剣を抜き、襲いかかる。
一閃。
木剣ではない。今のレオンが握るのは、本物の刃。それでも、その剣は“殺す”ためのものではない。
──“守る”ための剣だ。
◆ ◆ ◆
クラウスが手をかざすと、闇のような魔力が渦を巻く。
「その目、昔と同じだな。どうしても人を信じたがる。どうしても自分の罪を認めたがらない」
「違う!」と、レオンは叫んだ。
「俺は……全部背負う。だからこそ、守りたいんだ。もう、誰も犠牲にしたくない!」
斬撃と斬撃がぶつかる。
かつて共に訓練を受けた二人の戦いは、まさに鏡合わせだった。
レオンの剣は直線的で、迷いのない一撃。
クラウスの剣は曲線を描き、相手の意思を揺さぶるような攻撃。
「変わったな、レオン。だが……甘いままだ!」
クラウスの剣がレオンの肩を浅く裂く。
だがレオンは怯まない。むしろ、その目には確固たる意志が宿っていた。
「甘くて何が悪い……! それで誰かを救えるなら、それが俺の“正義”だ!」
◆ ◆ ◆
一方、カレンは祭壇の中央にたどり着いていた。
過去の幻がまだ残る空間で、彼女は少女の姿の“かつての自分”と対峙していた。
その小さな手が、祈りの言葉を繰り返す。
「……やめて」
カレンが呟く。
「もういいの。あなたは……誰にも従わなくていい。自分の意志で、生きていいの」
少女の姿が、ゆっくりと彼女に顔を向ける。
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「ありがとう……」
声にならない声が、カレンの心に直接響いた。
次の瞬間、祭壇が淡く光り出す。
まるで呪縛が解けたかのように、幻が一気に崩れ落ちていく。
◆ ◆ ◆
同時に、仮面の男たちの姿が音もなく崩れ去り、空間の歪みがゆっくりと元に戻り始める。
「……これは……」
クラウスが後ろを振り返ると、祈りの間の“記憶”が霧のように消え去ろうとしていた。
「カレンが……乗り越えたんだ」
レオンが血を滲ませながら立っていた。
だが、まだ終わりではなかった。
「兄さん、これで終わりにしよう。過去の呪いも、俺たちの因縁も」
レオンが最後の構えを取る。
クラウスは一瞬目を細めた後、ふっと肩を下ろした。
「……そんな目をするようになったのか。昔の“弟”とは、もう違うな」
そして、クラウスは自ら剣を下ろす。
「今日のところは引こう。だが、俺は贖罪など信じない。“正義”と“秩序”は別物だ。お前がそれを知る日が、いずれ来るだろう」
その言葉を残し、クラウスの姿は霧のように溶けて消えた。
残された空間には、再び静寂が戻った。
◆ ◆ ◆
数分後、レオンとカレンは祈りの間の外に出ていた。
傷ついたレオンの腕をカレンが包帯で巻きながら、ぽつりと呟く。
「……兄弟って、複雑ね」
「そうだな。でも、どんな形であっても、繋がりは残る」
「きっと、また会うことになるわね。彼とも」
レオンは頷いた。
過去との戦いは、まだ終わっていない。
だが――確かに、前に進んでいる。
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