転生悪人、贖罪の剣を握る

サボテンマン

第1話 地獄を望んだ男

 雨が降っていた。東京の片隅、朽ちた倉庫街に響くのは、警察のスピーカーと、遠ざかる市民の足音だけだった。


「コウヤマ・ユウト、君はすでに包囲されている! 抵抗は無意味だ!」


 ──無意味?


 コウヤマは薄く笑った。手の中のナイフは、まだ温かい。最後の被害者の血が、ゆっくりと彼の指先を濡らしていた。


 目の前には、少年の亡骸。命を奪った実感は、不思議と軽かった。むしろ、今この瞬間のほうが心臓が強く打つ。破壊の快感が、脳を痺れさせていた。


「……俺が、死ねば終わるんだ」


 彼は足元の死体に目をやると、背後に迫る警官隊の足音に背を向け、空を見上げた。雨粒が彼の頬を叩き、血と混じり合って流れていく。


 雷鳴が轟く。次の瞬間、銃声が夜を裂いた。


 世界が暗転する。


 ◆ ◆ ◆


 目を覚ましたとき、そこは闇に包まれていた。


 音もなく、風もなく、ただ、何もない空間。自身の体すら曖昧で、触れられない感覚が支配する。


 ──死んだのか。


 そう思った瞬間、空間に轟く声があった。


「よく来たな、コウヤマ・ユウト」


 その声には、奇妙な威厳と慈悲のような響きがあった。


 視界が徐々に明るくなり、目の前に一人の男が現れた。巨大な体躯、赤い袍、金の冠──その顔は、恐ろしくもどこか優しさを秘めていた。


「……閻魔大王?」


「おお、現代の者にしては察しが良いな。ここは“審判の間”。貴様のような、特異な魂を裁く場所だ」


 男は手元の巻物を広げ、静かに読み上げる。


「殺人十七件、器物破損、死体遺棄多数。社会秩序を乱し、人心を蹂躙し、愛という概念を嘲笑った存在。実に罪深き魂だ」


 コウヤマは苦笑いを浮かべた。


「……褒め言葉だな」


「そう思うか?」


 閻魔はまっすぐに彼を見つめた。その瞳には、炎のような熱があった。


「では、問おう。貴様にとって、“後悔”とは存在するか?」


 コウヤマは少しだけ沈黙した後、首を横に振った。


「ねぇよ。俺は、自分が選んだ道を歩いた。ただそれだけだ」


「ならば地獄行きか、と思っただろう。しかし──それでは意味がない」


「……何の話だ?」


「貴様には“転生”の刑を与える。人として再び生き、その命で罪を償え」


「ふざけ──」


 叫びかけたその瞬間、光がコウヤマを包み込んだ。身体が解けるように消えていく。


 重力も、時間も、意味も失われ、彼の意識は白の中に溶けていった。


 最後に聞こえたのは、閻魔の低く響く声だった。


「償いとは、生きること。地獄よりも苦しい道を歩め」


 ◆ ◆ ◆


 ざらりとした感触が、指先に伝わってきた。


 次に目を覚ましたとき、彼は木の下に倒れていた。体は小さく、腕は細く、視界もどこか低い。明らかに“別の体”だった。


 彼はゆっくりと起き上がり、近くの水たまりに顔を映した。


 そこにいたのは──金髪碧眼の少年だった。


「……マジかよ」


 彼の贖罪の旅は、今、静かに幕を開けた。

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