悪夢の中で

白椿

悪夢の中で

隠形鬼はこの頃悪い夢をよく見る。今日もいつものように冷や汗と共に目を覚ます。

『はあっ...!夢か...また嫌な夢を見たな』

ベッドから体を起こし時計を見る。時刻はまだ夜中の3時。とっくに町中は寝静まっている時間だ。気分を落ち着かせるたま部屋を出てリビングに向かう。冷蔵庫を開けてお茶を出すと、それをガブっと飲む。ハアハアという荒い息と共に冷や汗をタオルで拭くと、隠形鬼は一旦ソファに座りぼーっと過去の思い出を思い返した。まだ人間だった頃、隠形鬼の住む街では梅毒が流行っていた。衛生面の最悪な場所だったため、生まれた子供は皆すでに梅毒で顔が悍ましい状態になっているのは日常茶飯事だった。ただ1人隠形鬼だけは、幸い顔に異常を持って生まれることはなかった。普通ならそれは喜ばしいことのはずなのだが、周りの友達はそれが気に食わなかったのだろう。隠形鬼はいじめられてきたのだった。自分は何も悪くないのに。ただ生まれてきただけなのに。普通の子どもらしい友達を作って楽しく遊ぶことすら叶わなかったのだ。そんな不条理への悲しみと怒りから20歳を迎えたある日とうとういじめっ子も守ってくれなかった周りの大人たちもみんな殺してしまった。どんな方法で殺したか、殺すまでにどれほどの時間がかかったのか、そんなことは細かく覚えていない。ただかなり惨い方法で殺したような気はする。悪夢の正体はそんな殺された者たちが恨みがましい表情で隠形鬼の体に触れてくるというものだった。今隠形鬼の心に眠っているのはそのことへの後悔だけだった。謝りたい、すぐにでも。できればあの世に行ってでも直接。虚ろな目で天井を見上げていると、ぼんやりと何かの幻影が隠形鬼の視界に入った。それは隠形鬼を見下ろすようにして立っている。それはあの時の隠形鬼を唯一自分だけ梅毒で顔が悍ましい状態になっていなかったが故に周りから忌み嫌われていた自分自身を唯一愛してくれた従兄弟だった。隠形鬼は彼のことを兄のように慕っていた。幻影となって現れた彼に隠形鬼は感謝の意を述べた。

『あの頃の私を...梅毒に唯一かかっていなかったことが原因で忌み嫌われていた私を...愛してくれて...ありがとう...』

涙で視界が霞む。もし梅毒なんて流行っていなければ、美しすぎる容姿が原因でいじめられることはなかったのだろうか。子どもらしい普通の幸せを手に入れて、毎日を楽しく生きていたのだろうか。そして何より、周りから忌み嫌われて殺されそうになった隠形鬼を庇ってこの従兄弟が殺されることはなく、今も幸せに生きていたのだろうか。そんなことを考えると申し訳なさで胸がいっぱいだった。涙を流す隠形鬼の頭を従兄弟は優しく撫で、そっと語りかける。

『泣かなくて良いんだよ、少なくとも君の両親は君を愛してくれているだろう?僕だって同じさ。君は1人じゃない。だから生き急がないでやることを全てやってからゆっくりこっちへおいで。みんな待ってるから』

『......っ、うん...!』

隠形鬼が涙をグッと堪えて頷くと、従兄弟は優しく微笑みながらその姿を消した。それを最後に夢は終わりを告げた。


翌朝ソファで眠っていた隠形鬼はゆっくりと目を開けた。

『なんでこんなところで寝て...ああ、そういえば昨日はひどい悪夢を見たんだったな。それで気持ちを落ち着かせるために

下に降りてきたんだったな』

隠形鬼は寝起きでぼんやりとした頭をフル回転させて記憶を思い出していった。

『どんな夢だったのか...覚えていないな。だがとても気が楽になったように感じる』

隠形鬼は胸にそっと手を当てると微笑み、小さくつぶやいた。

『ありがとう...兄さん』

大切な人へ思いを馳せ、隠形鬼は朝食の準備をするためにキッチンへ向かうのだった....

END

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悪夢の中で 白椿 @Yoshitune1721

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