初仕事

 夜の闇に包まれた学院内で会長は虫取り網を片手に高らかに叫ぶ。

「ということで、猫探しだ」

「どういうことで?」

 その隣には会長と同じ虫取り網を持たされた結弦。その足元には既に黒猫に変化した円香がいる。

「ん? 飼い猫が迷子になったので探して欲しいという依頼があっただろう」

「初耳なんですが……というか、こういう類の相談も請け負うんですか?」

「何をいう。猫を飼ってる人にとって飼い猫は大切な家族だよ。それにこういう依頼で着実に信頼を積み重ねていくことが重要なのさ。考えてもみたまえ。我々の目的は常識では考えられない経験をした人から相談を得ることだよ? 『どんなばかばかしいことでも生徒会は耳を傾けてくれるんだ』と思ってもらえる雰囲気を作っていかねば」

「一理あるような……ただ便利に使われているだけのような……」

「まあ、タダで使える手ごまだと思われている可能性は否定しない」

「そこまでは言ってないですよ?」

「しかし、猫探しというのは生徒会にうってつけの依頼だからね。こういう楽な仕事でポイントを稼いでいこうじゃないか」

 会長はえらく自信に満ちた態度だ。

「こういうの慣れてるんですか?」

「いいや? 初めてだが?」

「じゃあその自信の根拠はどこから」

「私は足元から」

「そんあ風邪薬のコマーシャルみたいに」

 といいつつ会長の足元を見るとピシッと姿勢正しく座る猫の姿の円香。その目をじっと見てから再び会長の方を見る。

「あの、もしかして」

「猫のことは猫の力を借りるのが一番だ」

 やっぱりか、と結弦は絶句した。

「なに、心配することはない。アレを見たまえ」

 会長生は徒会棟の裏側を指さす。そこには5匹の猫がたむろしていた。

「この学校を寝床とする野良猫が多いからね。情報には事欠かないよ」

「そこを心配しているわけではないです」

 結弦は足元にいる円香に目線を合わせるためにしゃがんだ。

「実際、猫が何言ってるのかわかるのか?」

「この姿ならね。まあ、見てなさい」

 というと円香は優雅な足取りで猫の群れの元へと歩くと、ニャアンとあざとい声で呼びかけた。

「猫被ってるなあ」

「言いたいだけでしょ。言わんとしてることはわかりますけど」

「まあ、見た感じオス猫の集まりだし、ああいう可愛げのある感じで行けばなんでも話してくれるだろう。私も仲間の居場所ぐらいだったら話してしまう」

「それはダメでしょ」 

そんな可愛げ全開で突撃した円香だが、野良猫たちはあっちいけとばかりにそっけない反応を示す。円香は一瞬たじろいだものの、めげずにもう一度話しかける。

 すると、座っていた他の猫たちが皆立ち上がり皆低い声でウーッとうなり始めた。

「なんか、怒られてないかい?」

「怒られてますね」

 にゃーにゃーと押され気味に話かける円香と野良猫たちの低い唸り声の応酬が何度か続いた後、円香は猫のむれに尻尾を向け、トボトボと気落ちした様子で結弦たちのもとへと戻ってきた。

「どうだった?」

 聞かなくても分かるが一応聞いてみる。。

「“ガキには用はないんだよ。もっと大人の魅力つけてから来い“って追い返された……」

 円香は泣きそうな声で言った。

「猫語を理解できていることはよくわかったよ。そのダメージの受け方で」

「異性の評価に厳しい猫たちだね」

「私、可愛くない……?」

「猫の価値観はちょっとわからないからさ」

 猫の個体の区別がつかない結弦には、それしかかける言葉が見当たらなかった。

「次いきましょうか」




 次の群れは初等部校舎の周辺にいた。

「じゃあ、関さん。辛い目に遭ったばかりかもしれないが頼むよ。大丈夫、あそこにいるのはメスの猫たちだ。同性同士仲良くやれるさ」

「ええ……任せてください……」

 再度、円香は群れへと向かって歩く。すでに円香の声音には生徒会棟の近くにいた群れの時のような自信は消えていた。

「うにゃぁ……」

 群れに向かって呼びかけると群れの中の一匹が返事をした。鳴き声からはさっきの群れとは違って友好的な雰囲気を感じた。

 その後の様子を見る限りでは円香とその猫は会話を弾ませているように見えた。心なしか円香の鳴き声も少し昂揚している。

 数分のやりとりを交わした後、円香は軽い足取りで会長と結弦の元に戻ってきた。

「収穫はあったかい?」

「ええ!」

 円香は上機嫌な声で言った。

「猫って歳を重ねた方がモテるんですって!」

「何を聞きに行ってたんだい!?」

「若いうちは気にするなって言ってたわ!」

「よかったね! その知見が役立つ未来が来ないことを祈るよ!」

 君を人の姿に戻すための活動だろう、と会長はツッコミを入れた。



 次の群れを探している最中。

「おやおや~? そこにいるのは~?」

 生徒会一行はふわふわとした声に呼び止められた。

「蜂須賀か」

 声の主は千鶴だった。千鶴は結弦に気づくとニコリと笑ってから生徒会一行に近寄ってくる。円香はその気配を察してか、いつのまにか近くの茂みに姿を隠れていた。

「高木先輩に生徒会長じゃないですか。どうしたんですか生徒会男子メンバーがお揃いで」

「蜂須賀さんこそ、ここは料理部の部室からだいぶ離れているけど、どうしたんだい?」

「実は幼馴染が迷子になったらしいので探しに……ってあれ? あたし、生徒会長に自己紹介しましたっけ? しかも料理部に入ってることまで」

 千鶴はキョトンとした顔をする。

「生徒会長たるもの、初等部から高等部まで、全員の顔と名前、所属している部活ぐらい覚えているものさ」

「おお……おお……おお~~~~……す、すごいですね………」

「蜂須賀さん。気持ち悪いという感想を無理に抑えなくてもいいよ。今すっごい顔しているから」

 千鶴は腐敗臭をかいだときみたいに顔の片側だけを歪めていた。

「というか、掛谷のやつまた迷子になったのか」

 ダメージを受けている会長に変わって結弦が口を挟んだ。

「ほんと困っちゃいますよ~。部活を早めに切り上げてゆっくりしよ~って思ってたのに“すまん。迷子になった“って電話がきて……っと、それはともかく。どうして先輩方はお揃いで? 見廻的な感じですか?」

「僕たちも迷子探しと言ったところだ。人じゃなくて猫だけど」

「へえ! 猫ちゃん探しですか! どんな子ですか?」

 千鶴の目の色が変わる。結弦が会長に目配せをすると、会長は胸ポケットから猫の写真を取り出して千鶴に見せた。

「ふむふむ」

 千鶴は猫の写真をじっくり見つめた後、両方の手の親指と人差し指で輪っかを作って目を瞑った。まるで仏像のようなポーズである。

「……何やってるんだ?」

「脳内メモリーを検索中しています。あたしは脳のリソースのほとんどを恋バナと動物のことに割いている女。ちらりと見かけた程度の子であっても、あたしはその子のことを鮮明に思い出すことができます」

 結弦が千鶴と知り合ってはや一年、初めて耳にする特技だった。

「その才能を少しでも勉強に割いたら進学試験に苦労しなかったんじゃないかな」

「はい、うるさいですよー! 集中してまーす! 聴こえませーん!」

 進学試験とは中等部から高等部に内部進学する際に課せられる試験である。余程のことがなければ落ちることのない試験だが、千鶴はその“余程のこと“が起きかねない程度に内部進学を不安視されていた。結弦は試験の一ヶ月前に千鶴に泣きつかれ、彼女の勉強の面倒を見たことがある。大変だったなあ、と結弦が当時のことを思い出していると、千鶴は「むむっ」と閉じた目を開いた。そして。

「しばしお待ちください」

 と言って、暗闇の中に消えた。



 一時間後。

完全下校時刻、つまり校門が閉まる時間も間近になった頃、会長と結弦が帰り支度をしていたところに生徒会室のドアが勢いよく開けられた。

「見つけましたよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 落ち葉まみれになって表れた蜂須賀の手には確かに探していた猫が抱えられている。

「すごいね、本当に見つけたんだ」

 会長は感心したように言う。

「……それほどでも」

「今の間はなんだい?」

 千鶴は愛想笑いをすると、逃げるように会長から視線を逸らして結弦の方を見た。

「いやあ、だいぶ探すのに苦労しましたよ~。本当にこまったさんめ」

 猫の腹に顔をうずめてスーッと鼻で息を吸う千鶴。

「本当によく見つけたな」

「へっへーん、どうですかー? どうですかー? 高木先輩! 私ってばお役にたっちゃいました?」

「そうだな、うん。結構助けられた。助かったんだけどさ」

「ん? なんですか?」

「掛谷は見つかった?」

 結弦の一言でピシっという音を立てて、生徒会室の空気が凍る。依頼主に連絡をしようとしていた会長は携帯電話を片手にこちらを見て固まり、千鶴は猫を吸ってご満悦の表情のまま固まった。

「……」

「……」

「……」

 生徒会室に3人分の沈黙が流る。蜂須賀に抱えられたまま、もぞもぞと動く猫だけが時が止まってないことを示していた。

「あっ」

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