第5話 「甘くて苦いコンビニ会議」

午後5時をまわって、空がオレンジから藍に変わるころ。

日ノ杜高校から徒歩5分の場所にある、町で一番大きなコンビニの前。

制服のまま、買ったばかりのドリンク片手に、プロジェクトメンバー5人が集まっていた。


「……で、会議ってここ?」

花音がピザまんをかじりながら言った。


「いや、正確には“反省会”。しかもゆるいやつ」

と葵が笑う。


この日、初のレシピ試作会議を行ったものの、なかなか意見がまとまらず空回り気味だった。

試作案もどれも中途半端で、味の方向性すら決まっていない。

雰囲気だけがモヤモヤと残ったまま、解散するには惜しくて、葵は「ちょっと話そう」とみんなを誘った。


缶コーヒーを片手に、大地がぽつりとこぼす。


「……なんかさ、俺たちって、ちゃんと“同じ方向”見れてるのかなって思って」


「方向って?」

沙良が訊き返すと、大地は視線を落としたまま言った。


「いや、柊くんはちゃんとしてるし、すごいと思うけどさ。

正直、俺にはついていけないっていうか……なんか“評価されるための企画”になってる気がして」


空気がふと、静まる。


すると柊が、ストローをくるくる回しながら言った。


「……俺も、たぶん力入りすぎてた。

“結果出さなきゃ”って、焦ってたのかも。

前の学校で、地域連携プロジェクトってのが“成績と進学”に直結してたから、

つい、こっちでもそういう目で見ちゃってた」


「でもさあ、それだけじゃ楽しくないよね」

花音が口を挟む。


「このメンツでやるなら、“うちららしさ”がほしい。

ゆるくても、手作り感あって、なんか笑えるやつ。

正解じゃなくて、ちょっと“抜け感”あるほうが、私好きだな」


沙良が静かにうなずく。


「うん。失敗してもいいけど、“やってよかったね”って思いたい。

誰かにすごいって言われるより、“また一緒にやろう”って言いたい」


葵は、コンビニの自販機に背を預けながら、ふっと笑った。


「みんな、ちゃんと考えてたんだね。

よかった……“自分だけが理想ばっかり語ってた”気がして、落ち込んでたから」


そのとき、大地がぽそっと言った。


「……俺、蜂蜜、実はあんまり好きじゃなかった」


「え!?」

全員が一斉に驚く。


「クセあるし、ぬるっとするし、べたべたっと……でも、風鈴屋の“秋蜜”だけは、なんかうまかった。

甘さっていうより、“あのときの空気の味”って感じで」


「わかる……!」

葵が食い気味に反応する。


「甘さってさ、味じゃなくて“記憶”なんだよね。

どこで、誰と、どんな気持ちで食べたか。

だから、スイーツ作りも同じ。レシピだけじゃ足りない。

“その一口の背景”まで作らなきゃ、きっと意味がないんだと思う」


みんなが、誰ともなくうなずいた。


会議では出てこなかった言葉たちが、今ようやくテーブルの上に置かれていくようだった。


「じゃあ、もう一度考えてみようか。

“うちららしいスイーツ”って、どんな味?」


夜風が吹いた。

コンビニの駐車場に吊るされた防犯ベルが、微かにちりんと鳴った。


その音に、どこか風鈴屋の音を思い出した葵は、小さく笑った。


“もしかしたら、今この場所が一番、町の未来に近いのかもしれない。”


缶コーヒーの苦さと、仲間の言葉のあたたかさが、

今夜だけは、ちょうどよく混ざり合っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る