🍯第2章|溶けるまでの距離
第4話 「“地域貢献”って誰のため?」
「“地域貢献”って、誰のためなんだろうね」
その言葉が落ちた瞬間、空気がわずかに揺れた。
場所は図書室の片隅、プロジェクトの定例ミーティング。
葵たちは、文化祭に向けた“スイーツ試作イベント”のチラシ案を囲んで話し合っていた。
「このキャッチコピー、“日ノ杜の未来を、ひとくちに。”って、どう?」
花音が手描きの原稿を差し出すと、沙良が「かわいい!」と声を上げた。
だけど柊は、眉をひそめてひとこと。
「……未来って、そんな軽く使っていい言葉?」
「え?」と、沙良が戸惑う。
「“未来”とか“地域のため”とかって、響きはいいけど、
実際に誰のことを指してるのか、具体的に考えた?」
葵は、少しだけ言葉に詰まった。
「……考えてるよ、ちゃんと。町の人たち、観光客、これから住むかもしれない人……」
「じゃあ、彼らの“利益”は? “継続性”は?
食材の仕入れ、価格、需要、製造体制は?」
机に静かに置かれたのは、柊が自分で作ったという“提案シート”。
そこにはビジネスモデル、資金繰り、ターゲット層の推定などが細かく記されていた。
「すごい……」
沙良がつぶやいた。
だけど、葵の胸には、ちくりとした感情が残っていた。
「たしかに、そういうのは大事だと思う。
でもそればっかりだと、“私たちがやりたいこと”が削られていく気がする」
「やりたいことが曖昧なまま、他人を巻き込むのは無責任だよ」
柊は静かに言った。
「……じゃあ、なにが責任ある活動なの?」
葵の声に、少し熱がこもる。
「町の名前を借りる以上は、その重みを考える。
“いいことやってる風”じゃなくて、結果を出す。
俺はそういうのが、ほんとの地域貢献だと思ってる」
沈黙。
風鈴の音のような静けさが流れた。
その日の夕方。
葵はひとり、風鈴屋のカウンターに座っていた。
目の前には、いつもの桜蜜ラテ。
だけど甘さが、今日は妙に遠く感じた。
「なんかあった?」
さやかのやわらかな声に、葵は少しだけ肩を落とした。
「“いいことやってる風”って、言われちゃって……」
「うん、そう聞いたら傷つくよね」
さやかは、マグカップのふちを拭きながら、少し微笑んだ。
「でもね、葵ちゃん。たとえば蜂蜜を作るには、
ミツバチが何万回も花を飛び回って、ほんの少しの蜜を集めるの。
それって、いちいち“正しいか”なんて確認してない。
ただ、“おいしい花”を目指して飛んでるだけ」
「……“おいしい花”」
「そう。夢中で飛んで、飛びすぎて、たまに失敗する。
でも、それを何回も繰り返して、初めて“味”になるの。
それがこの町の蜂蜜であり、私たちの仕事でもある」
葵は、ラテの表面に浮かぶ泡を見つめた。
やさしく揺れて、でもちゃんとそこにあった。
「……私、飛んでみたい花があるんです。
その花がほんとに“味”になるかはわかんないけど、
“この町で飛びたい”って思ってる」
さやかはうれしそうにうなずいた。
「じゃあ飛べばいい。ミツバチみたいに、ね」
その夜、葵はプロジェクトノートに、
初めて“悔しさ”を言葉にして書き残した。
《わかってもらえない気持ちは、はちみつみたいに、
時間をかけて溶かすしかないんだろう。》
ページのすみに、小さく“第2章”と記した。
それは、思いだけでは届かない世界への、最初の一滴だった。
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