第3話ー新たな力ー
2人の従者がヒヤヒヤする中、主たちの剣を交えての口論は続く。
「お兄様、いい加減バカなフリするのは、道化のフリを続けるのは骨が折れませんか?ずっとクリューノ兄様に勝ちを譲り続けるのは、いささか疲れませんか?」
「———貴様っ、」
フッと笑みを浮かべながら話すシンシアに、表情を歪めるシェイル。
「あぁ、そういえば、これも存じ上げておりますよ。
クリューノ兄様は “ 魔力を持っていない ” 。
———そうですよね?シェイル兄様」
シンシアの言葉に、シェイル以外の2人の従者の動きが止まる。
フィーゼに関しては、え?と思わず声を漏らすほどだ。
「だから10年前のあの時、
お兄様はフィーゼと契約しなかったんじゃない。できなかったのです。
———当然です。そもそも彼が見えていないのだから」
シンシアの言葉にシェイルは何も言わずにグググっと剣に体重をかけて、じわりじわりと押さえ込もうとしている。
「でもシェイル兄様には見えていた。それなのにクリューノ兄様を気遣って、見えないフリをしたのでは?だから彼とは契約しなかった。…違いますか?」
「お前に何がわかる?お前なんかが憶測だけで、勝手に兄さんを語るなっ!!」
「っ!?」
さすがに挑発が過ぎたのと、残念ながら男女の真っ向勝負の力の差に押し負けてしまったシンシアは、後ろにグラッと体制を大きく崩す。
しまった———!?
懸命に体制を立て直そうと努めるシンシア。
その一瞬の隙をついて、シェイルはニヤッと不敵な笑みを浮かべ、ここぞとばかりに剣を大きく振り上げていた。
「死ねぇぇぇえ———!!」
「っ…、」
「お嬢っ!?」
主の危険を察し、後ろに控えていたフィーゼが、とうとうシェイルとシンシアの間に割って入ったのだった。
「…っ、」
フィーゼ、何して———?!
シンシアは突然目の前に現れた彼の背中に視界を塞がれ、動きが鈍る。
そんな状況下でシェイルの剣は勢いも収まらぬまま、そのまま力いっぱい振り下ろされたのだった。
「ダメ———っ!!」
シンシアの声がその場に鳴り響く。
やめて、このままじゃフィーゼが———。
目の前で繰り広げられる光景に何もできないシンシアは、ただただ不安そうに、もどかしそうにそれを見届けるしかない。
———その時だった。
【大丈夫。貴女も、貴女の大事なモノも、
僕が全部護ります】
シンシアの耳元で誰かがそう囁く声が聞こえたのだ。
それはとても優しく、どこか懐かしい声だった。その言葉に応えるように、シンシアはこくりと一つ頷くと、そっと目を閉じて集中する。
彼女の目の前では、まさにフィーゼに向かってシェイルの剣がまさに振り下ろされようとしているその瞬間、
シンシアはパッと目を開くと、
「【砕けろ】」
ポツリと一言声を発した。
すると———、
“ パーンッ! ”
と、シェイルが手にしている剣身の部分が、木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「な、んだ、何が起こった?!」
突然の出来事にシェイルは
それはフィーゼも同じだった。
確かに今、何が起こった———?
振り下ろされる剣を前に思わず身構えていたところに、後ろにいるシンシアから “ 砕けろ ” という声が聞こえた。
その次には剣がその通りに、砕けた、だと…?
俄にはとても信じがたい光景を目の当たりにして、フィーゼは口をあんぐりと開けて呆けていた。
いや、その場にいる全員が、今のこの状況を上手く飲み込めていない様子だった。
「フィーゼ!!」
「ぉわっ!?」
従者が無事だとわかった瞬間、シンシアは目の前で自分の盾になってくれたフィーゼの背中にギュッと抱きついたのだった。
ぇ?え?俺、今、どんな状況?コレ。
突然感じた背中の温もりにフィーゼは頭を真っ白にさせながら、ふと腰の辺りに目を落とすと、か細い華奢な腕が後ろから回されている。
どう考えてもコレは先ほど庇った主のもので———。
へ?な、なんで、お嬢が、俺に抱きついて———??
フィーゼの思考回路はショート寸前だった。
「よかった。大丈夫?どこも怪我してない?」
背中越しに聞こえた声がなんだか泣きそうな声に聞こえたものだから、従者は跳ね上がっていたテンションをスンっと0に戻す。
「フッ、俺なら大丈夫だ。お嬢はいつも心配し過ぎ」
声のトーンは落ち着いているが、頬は赤く染まり、鼓動の速さまでは勢いが収まりきっていないのだった。
さっきの一件とはまた違う意味で主に戸惑う従者。
まったく、どうしちまったんだ?ウチの主は。急に大胆な…、と思う反面、今が背中越しでちょうどよかったとホッとするのだった。
それもそのはず。きっと今、とてつもなく締まりがない顔をしていることだろうから…。
「フィーゼはいつも無茶ばっかりするんだから、心配だってするよ」
シンシアはフィーゼの背中に顔を埋めながら呟く。
そんな中、この状況下にふと視線を感じたフィーゼは、そーっと辺りを見渡す。
「…っ、」
不意に目が合ったシェイルの従者にパッと目を逸らされる。
その様子を見て何かを察したフィーゼは、
「ちょっ、お嬢、今は一旦離れよう。ガッツリ見られてる」
と、シンシアに呼びかけるのだった。
———俺的にはめちゃめちゃ美味しいんだが…、こればっかりは仕方がないか。
フィーゼは名残惜しそうに、まだこの状況がよくわかっていないシンシアに離れてもらうのだった。
「ったく、僕の前でふざけたマネを。恥を知れ、この痴女!!」
「ち———?!ご、ごめんなさい、私、つい、」
シェイルの言葉で、やっと時間差で全てを理解したシンシアは、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら慌ててフィーゼから距離を取る。
とはいえ、フィーゼは先ほどのシェイルの言葉が聞き捨てならなかったようで———、
「我が主になんという口の利き方か?!」
と、凄むと、
「今度は剣じゃなく、その腕叩き折って、二度と剣はおろか、何も握れねぇようにして差し上げましょうか?シェイルお坊っちゃま」
と、激しい勢いで吐き捨てるのだった。
「っ…、」
本当にそうしかねない剣幕のフィーゼに、シェイルは思わず怯んでしまう。
「…るな、…っざけるな、ふざけるな!!ハッ、一介の従者ごときに、何が怪我はないか?大丈夫か?だ。一国の公女が聞いて呆れる。
一体、何をそんなに騒ぎ立てる必要がある?
“ たかが精霊一匹 ” ごときに」
「———っ、」
シェイルが吐き捨てたその一言は、シンシアの心臓を激しく脈撃たせた。
「何だ?その目は。愚妹の分際で調子に乗———」
シェイルが言い終わる前に、
「砕け——— んグッ?!」
シンシアは再び、先程と同じ言葉を放とうとした瞬間、
「はい、そこまで〜!!」
フィーゼはパッとシンシアの口元を手で塞ぎ、最後までは言わせなかったのだった。
それを見てシェイルの従者もやっと口を開く。
「シェイル殿下も、もうおやめください。その剣ではもう戦えません」
と恐る恐る主を止めるのだった。
そうして2人の従者たちはスッと主たちの間に割って入る形で、そのまま2人に距離を取らせる。
「行きましょう、シェイル殿下。クリューノ殿下がお部屋で待っておられますよ」
「チッ、全く、こいつのせいでとんだ無駄な時間を過ごした」
従者に促されるように苦々しい顔でシェイルはその場を去ったのだった。
去り際、従者はシェイルに気付かれないようにそっと後ろを振り向いて、申し訳なさそうにシンシアとフィーゼに小さく頭を下げていったのだった。
「…ハッ、命拾いしたな。主はどうしようもないが、従者の方はわりと聡明なようだ」
シンシアは低い声でボソッとそう吐き捨てると、2人の背中を淡々と見送るのだった。
「———あの、お嬢??」
フィーゼは、自分が知る彼女からはそうそう聞かない言葉に、伺うように、恐る恐る声をかける。
「…ん?どうしたの?フィーゼ、そんな不安そうな顔して」
スッと振り向いたシンシアは、そう言って首をかしげて見せる。
それを見たフィーゼは、ふぇ?急に口調が戻って———、と、戸惑いながらもよく知るいつもの彼女に戻ったようでホッとしながら話を続ける。
「どうしたもこうしたも、さっきの力は一体何なんだ?一体何をした?!」
「何って…、」
「言葉一つで剣を木っ端微塵にしたんだぞ?」
フィーゼは先ほどの光景を思い返し、背筋をゾクっとさせる。
あんな高度な魔法、初めて見た。まだ学園でも教えられてないものを、お嬢が秘密裏に会得していたとも考え難い。
あんな、誰かを傷付けるようなめちゃくちゃな魔法は、
“ あなたが一番嫌う ” はずだから———。
フィーゼはそう思いながら、いまだ不安そうに彼女を見つめる。
「…あなたは本当にお嬢なのか?」
不安そうに訴える従者にシンシアは一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな表情に戻る。
「フフッ、何?主を疑ってるの?
どっからどう見てもあなたが大好きなシンシアお嬢様、でしょう?
ほら、抱きしめてみる?———そうね、今度はあなたから。…あ、さっきは後ろからだったから、今度は前からにする?」
フィーゼに向かって躊躇いもなく両腕を広げるシンシア。
一瞬ドキッとする従者だったが、フルフルと小さく頭を左右に振ると、フィーゼはそのまま何も言わずにそっとシンシアに手を伸ばす。
そんな彼を迎え入れようと微笑みを浮かべ胸を開く主を前に、彼の思いは裏腹だった。
———悪い、もう限界だ…。
従者は許可なく彼女から耳飾りを外したのだった。
すると、シンシアの身体は途端に地面に吸い寄せられるようにグラっと傾いたのだった。
「…お嬢?!」
おい、大丈夫か?と、フィーゼは咄嗟にそれを受け止めてやる。そして同時にあることに気がついてしまう。
…足、ってか全身震えて———、いや、痙攣してる??
フィーゼは慌ててシンシアの顔を見つめると、普段の色白の肌にさらに拍車がかかっている。見るからに血の気が引いているのだ。
彼女の身体はフィーゼにも見抜かれてしまうほど、明らかに限界を迎えていたのだった。もうその場に立っていることさえままならないほどに…。
「お嬢、…お嬢?!」
シンシアはそのままフィーゼの腕の中で意識を手放した。
「っ、バカ、無茶しやがって、」
フィーゼは苦々しい面持ちでシンシアをギュッと抱きしめる。
「…ごめん、俺が守ってやらなきゃいけないのに、また貴女に護られた」
フィーゼはそう呟くと、静かに目を伏せ、悔しそうに奥歯をギリっと噛み締めるのだった。
それからフィーゼはシンシアを抱え上げ、彼女の部屋へ戻るのだった。
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