第36話 清掃兵器…
『城』または『塚』と呼ばれるそれは3型以上のデブルス核が生成する群体だ。
粉塵デブルス・カビデブルスなどがデブルス核の吸引力によって構築された外骨格。それはデブルス核という主人にして心臓を守る、鎧にして城塞。
しかし一見して堅牢に見える城壁には無数の穴があり、そこからは
絶えずガスが吹き出している。
デブルス核が細胞分裂のたびに排出する毒ガス…それこそが多摩区から、
そして世界中から青空を奪っている元凶に他ならなかった。
忌々しいガス穴だが、特務清掃員三人にとっては、まことに都合のいい存在だった。何しろそこから侵入すれば、確実にデブルス核に辿り着くことができるのだ。
特務清掃員の纏う作業装甲をもってすれば、デブルスガスの毒性を防ぐことなどたやすい。だがそれもバッテリーが持続する間だけに限られた話ではあったが。
「このトンネルは、核の作ったものではないね」
ガス穴を見回し、響司は言った。
「そうスね…清掃力で拡張した痕跡がある。
多摩区の特スイ…秋村翔吉はなかなか優秀だったワケか」
「ああ。ショーちんの遺してくれたこのルートがなきゃ、
2時間ちょっとで深層部に来るなんて無理だったと思うよ」
新人特スイの孤独な戦いと誠実な仕事の痕跡に、三人の特務清掃員は
それぞれ感じ入らずにはいられなかった。
不意に、ザワザワと闇が蠢く。
カメラアイ越しには白昼の地上と同じ明るさでダンジョン内部を視ることができる。しかしその光景のおぞましさは闇に紛れていてくれた方がマシかもしれなかった。
ナメクジめいた形状の小型デブルス獣の群れが壁から天井から…
行く手のすべてをびっしりと埋め尽くしているのだから!
「うえ~またこいつらか」
「個体が肥大している。これは核が近い証拠だね」
響司が冷静に洞察する。デブルス核からの栄養供給により、
城を構築する雑魚デブルスは深層部に近づくほど巨大化・強力化するのだ。
「しゃーねェ。さっさと片すか」
鐵也のけだるい呟きを合図に、浄と響司もそれぞれの清掃用具を構える。
そして一気呵成にナメクジ状デブルス駆除に乗り出した。
響司の言うとおり、それまでのナメクジ状デブルスとはサイズと生命力が違う。
見た目のおぞましさも倍だ。
三人は通常清掃ではキリがないと判断し、あっさりと清掃方法を切り替えた。
「さっきは俺が広範囲洗浄したし、次は鐵ちゃんね」
「…フン」
電磁モップを構えると、鐵也は儀式めいた仕草でそれを振るう。
広範囲洗浄の動作コードだ。時間的な問題で音声コードは省略したらしい。
曼荼羅めいた図形が黄金の光で描かれ空間に焼き付く。
図形の中心に浮かぶ数字が粛々とカウントを始める。
「5」
「4」
「3」
ドンッッ!!
鐵也の広範囲洗浄が発動する前に、ダンジョン全体を揺るがす地響きと揺れが襲った。その衝撃により空中に現れた曼荼羅は霧散する。鐵也の集中が切れたためだ。
全身が総毛立つような…それでいて高揚するような。
奇妙な感覚が3人の全身を貫いた。
「…ッ!なんだ?!」
「鐵ちゃん!響司さん!清掃バリア展開!」
浄の声に我に返り、その指示に従って鐵也と響司は電磁バリアを展開する。
なぜそうしたのか浄にも誰にも分らなかった。ただ「そうしなければならない」と
特スイ第六感が叫んでいた。
直後、ダンジョン深部から紅蓮の炎が迸った!!
それは津波のように、雪崩のように、嵐のように
ダンジョン深部から地表までを一気に駆け上がる。
山ほど蠢いていたナメクジデブルスは、一匹残らず一掃されていた。
「こりゃあ…なんだ?」
「清掃バリアが効いたということは、溶岩流ではないようだが」
「分からない。とにかく深層部へ行ってみよう」
浄は翔吉の遺したダンジョン地図を見た。この先にあるのは『空洞?』の文字。
そこで地図は途切れていた。
(さっきの炎はなんだ?ショーちんもあれにやられたのか?)
3人は黙々と歩を進める。
先ほどの炎の激流…あれはデブルスの攻撃ではなかった。
数限りなくデブルスと戦い、その清掃技術を磨いてきた彼らには分かる。
あれは『清掃力』だ。
「!皆神くん、金城くん!あれを見たまえ!」
響司が指し示す地下通路の先は、紅く燃えていた。
「地獄の一丁目ってな趣きだなァ…」
「ま、行ってみようよ。清掃力じゃ俺たちの味方かも」
「絶対に希望を捨てないところはキミの長所だと思うよ…」
3人が長いガス穴の回廊を歩いて辿り着いた先は、果たして
秋村翔吉の地図が示すとおりの巨大な地下空洞であった。
見上げれば10階建てビルがまるまる収まりそうな高さの天井には
ぽかりと天窓めいた大穴が空き、そこに向かって風が動いている。
外に通じているようだ。
そこから迷い込んだのか、中空には小型の太陽が赤々と輝いていた。
吹き荒れる熱風は大気ではなくエネルギーの流れだ。
神々しく燃え盛る熱量と清掃力の嵐。
「清掃兵器…」
響司が低く呟く。
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